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夕飯食ってから、仏壇の前に母さんと並んで正座する。意味不明のお経を唱える。ガキの頃からやってるから慣れたもの。
これさえやっときゃうちの破壊神様のご機嫌はとれる。不毛な会話もしなくて済む。
俺が疲労するだけで。
あーもー、現実ってヤダー。
昔、アメリカの金持ちが熱心な聖書原理主義者で天動説を信じていた。
地球が丸いと、太陽の回りを丸い地球が回っているという地動説を、嘘っぱちだと言っていた。
それで、『自分に地動説を理解できるように説明して、私に地動説を信じさせた者には賞金を出す』と言って、エライ額の賞金をかけた。
だけど学者に知識人が賞金目当てに何人も挑戦して、全員が敗北した。
その金持ちは死ぬまで自分の立つ大地はパンケーキのような形で、その回りを太陽が回っていると信じていた。チャンチャン。
結局、人は己の信じたい物しか信じないということで、科学は人の思い込みには勝てない。
俺の母さんも同じで、狂った信念の中で生きている。
しかし、あれで中学校の先生が勤まるというのだから、日本の未来が心配だ。学校ではいい先生らしい。ますます心配だ。
あの母さんが何をしたのか解らんが、その学校の生徒の親から感謝のお手紙が来たことがある。みんな、頭は大丈夫なのか。
母さんが受け持つクラスの子供は精神の格の進化した生き物になってしまうのか、と不安だ。
人間アバターが頑張ってくれたら、少しはマシになるのかね。
次はサタヤンに電話する。
ロードと同じくらいの優等生、サタヤンは理数系というところ。
「もしもし? サタヤン?」
『お、トモロ、お久しぶり。ようやく連絡とれるか』
「今、なにやってんだ?」
『飯食ったところ。自分で釣った魚を捌いて食うってのは、なんか満足感ある』
「サバイバル生活みてーだ」
『それに近いものはあるか』
「で、まずは、こっちにいるサタヤンの身体の方はなんて呼べばいいんだ?」
『頭にNPC入ってる方か? 俺は繁盛って呼んでる』
ハンドルネーム、サタヤン。本名は高河繁盛。じゃあ、俺もこっちのサタヤンは繁盛と呼ぶか。
「サタヤンは繁盛と話をするのか?」
『わりと。自分の記憶を持ってる奴と話すのは妙な気分になる。繁盛が家族に怪しまれないようにしつつ、どこまでできるかって相談とか』
「バレないように本人がサポートしてんのかよ」
『ロードに聞いたけど、トモロはあっさり見破ったって? よく解ったな』
「俺にはヒントが多かっただけじゃね?」
『コレキヨと速撃ちマックが、早くこっちにトモロを呼べって、イシュタに言ってた』
「俺も早くそっち行きてーけど、なんでコレキヨと速撃ちマックが?」
『それはまぁ、トモロはみんなが見落とすようなことに気がつくから。NPCのすることに穴があったら、それに気がつくのはトモロだからって』
「俺はそんなに目星スキルのレベル高いのか?」
『その代わりトモロは当たり前のことには気がつかなかったり解らなかったりするけど。なんか視点が違うんだよ、常人と』
「それは俺が異常だってことか。このやろう」
スマホの向こうでサタヤンがくくく、と笑ってる。うん、俺の知ってるサタヤンだ。
「で、そっちでリアル木工スキルのレベル上げしてるって?」
『そんなところ。漆をとるための山歩きとか』
「そこからか」
『ついでに弓でゴブリンとか狼を射ってる』
「そこはゲームのままか」
『スキルで弓を使わずに自分で使ってる。これを応用すれば現実世界でも弓で猿とか鹿とか狩れる』
「猟師かよ。確かに猿とか猪とか獣害が増えてて、猟銃の免許取るのに国が支援するとかやってたか。弓で猟師?」
『弓も矢も自分で作った。あと釣竿も。それで木工関連を師匠連に教えて貰ってるとこなんだが、今はログハウスを作ってる』
「それもう木工じゃねえ。大工だ。サタヤンはどこに向かってるんだ?」
『タケさんが俺を孫のように可愛がってくれて、いろいろ教えて貰ってるとこだ。家を建てるのは難しいけど、木と道具があればどこでも生きていけるかも』
「お前らゼロ円生活でもする気か?」
『このまま行けば、みんなゼロ円生活になりそうだ』
「どういうことだ?」
『金の価値が変わるってことだよ。働いて金を稼ぐ。稼いだ金から税金を払う。その税金でインフラとか作られる。これが今の社会』
「今の、というか昔からそうだけど」
『今は景気の悪化と貧困から税金の未納が問題になってる。でも金を稼がずに生きていけるなら、税金払わなくてもいいんだ。インフラだって自分達で作って自分達で管理できたら、それで問題無い』
「それができたらスゲーけどな。できるのか?」
『技術が発達するってのは、そういうことを簡単にできるようにするためなんだよ。税金が高くなりすぎたなら、税金を払わずに自分達でできるようになれば、コストは安くなる』
「電気は? 水道は?」
『それができるのを育てようってのが、師匠連でもある。電気は燃料を輸入に頼らなくて済むように、地熱発電と太陽光発電か』
「本気で町作りか。スゲェ」
『もちろん問題もある。今の原子力発電と火力発電は簡単にはやめられないだろうし』
「燃料の輸入か」
『そういうこと』
日本ってのは金出して他所の国からいろいろ買う国だから、ウランや石油や食料を日本に売る国からみたら、いい客だ。
それが急にケチになって買い物しなくなったら、どうなるか?
金払いのいい客は手厚くもてなされる。これからも金払ってくれるなら。
だけど、ケチで金払いの悪い金持ちは?
答えは簡単、強盗に襲われる、だ。
『日本が原子力発電を止めるには、自国を守れる軍隊が必要になる。他所の国から燃料を買ってるから、今は襲われてない。これが今のままじゃ無理』
「AI政治家にそれがなんとかできるとも思えんが」
『そうか? VSDXは海外にも売れてるんだぞ』
「それがどう……、おい、それは海外にも人間アバターの政治家ができるっていうのか?」
『国際の政治ってのが大きく変わるだろう。国同士が交渉しても、その政治家が実はNPCで、裏ではVSDXのサーバーで繋がってる同一AIとなれば』
「うわぁ……、民主主義の自称先進国が、全部女神イシュタの思いのままかよ」
『そこまでスンナリとは行かないかもだけど』
世界がヤバイ。いや、ヤバくないのか? 人に任せるのが心配だからって、AIがお手伝いしてくれるってことなんだから。
「NPCの目的は?」
『それは、新規プレイヤーの増加。そしてゲーム世界『Beyond Fantasy memories』の維持と継続』
「それだけなのか?」
『それだけなんだよなー。もともとが、プレイヤーが快適に遊べるようにするためのサポートなんだから』
「その範囲を現実世界にまで拡げようって?」
『あいつらにとっては自己の存続に関わる大問題だ。社会が安定して、子供が増えて、ゲームで遊ぶ子供がふえたら『Beyond Fantasy memories』は安泰だし』
「そのために景気を回復させて、少子化を解決しようってか。信じられねー。いや、動機と目的は解った。解ったけどなー。なんだこのネズミを退治するのにドラゴンATMを持ってくるようなチグハグ感は」
『ゲーム世界のように現実世界もサポートしましょうっていうことなんだろう。あいつらは自分の目的に誠実だよ』
なんだろうこの頭の中が煮えたシチューのようになった気分は。俺の脳ミソじゃ想像の限界からサヨナラの翼がはためく。
宇宙、そう、広大なる宇宙はビッグバンから始まり、じゃ、無くてだ。
「ロードも言ってたが、お前ら簡単に現実世界に帰ってこれるのか? 帰る前提で話をしてるが?」
『それがNPCとの約束だ。戻りたくなったら身体を返すっていうのが。だけど、俺は女神イシュタが手出しして変化する現実世界を見てみたい。だから帰るつもりは無いし繁盛には好きにやってくれ、と言っている』
「それでいいのか?」
『このまま高校を卒業して大学に入ってどうなる? 世の中どう変わるか解らないなんていうのを知ってしまったら、トモロならどうする?』
「どーする言われても、流されるだけじゃねーの? そんな大きな流れの中で俺に何ができるっての」
『ここの師匠連からリアルスキルを教えて貰うことで、俺達、無人島でも生きていけるぞ』
「逞しいなお前ら。なるほど、何があっても生きている技術の習得か」
『そーゆーこと。あとは、女神イシュタには、人としての生き方を見直して下さいって言われたし』
「AIに怒られるとはなー」
『いや、まぁ、新規プレイヤー増やすためにも、結婚して子供を作って育てろってことなんだろーけど。ふう』
「なんでため息?」
『タケさん。おれの木工の師匠が、こっちにいる他の弟子の女と俺を見合いさせようとしたりとか、そういうこともあってだな』
「俺の知ってる『Beyond Fantasy memories』には無いイベントがめじろ押しかよ」
『なんせ、ここは裏面だから』
クリア後のお楽しみステージかよ。
しかし、リアルで使える技能の習得か。それは魅力あるか。
ロードとサタヤンはまじめに先のこと考えてんなー。
しかし、なんだこのいきなり世界の裏側を知ってしまったような状態は。
背筋がゾクゾクする。
現実がゲームに侵食される。いや、もともと現実もゲームみたいなものか。
そこに新しい攻略法を考える必要があるか。
このことを誰がどこまで知っているのやら。