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「うーし、来たぜぇ」
「来たぜ来たぜ来たぜー」
「ちっと回復薬残量が心もと無いけどなー」
「けっこう消耗したか」
「ここ、ウザイ敵大過ぎ」
エセンディア東部、白雪山脈の山の中腹。迷宮、『不帰城』。
俺達のパーティ、『キノコ大好キー』は迷宮の深奥、ラスボスの部屋の前まで到達した。
ただ、俺達のパーティは本来5人なんだが、ここにはひとり足りなくて、今、4人だ。
ラスボスに向かう前の最終点検、アイテムと装備品を確認しながらボヤく。
「なんでトモロが来てねーんだよ?」
「知らね、連絡もねーし」
「トモロがこの『不帰城』を見つけたっていうのにな」
「あいつの親、ゲームにうるせえって聞いてるわ」
「うるせえっつーか、俺、会ったことあるけどな、トモロの親」
「何? 勉強しろって煩いティーチャーママ?」
「いや、人んちの親にこーいうこと言うのも、どーかと思うんだが」
「なに? そんなスゲーお方なの?」
「……あんな気違い、初めて見た」
「うーわ、寒気がした」
「あれじゃ、トモロもおかしくなるわー」
男5人のむっさいパーティ『キノコ大好キー』は全員顔見知りというオンラインゲームでは珍しいパーティだ。
全員同じ学校の同じ学年だ。で、同じゲームで遊んでる。
今、高校2年で来年には3年。3年になったらもうこうして遊ぶこともできないか、と言ってたところで、じゃあ最後になんかしようぜ、ということになった。
3年になったらゲーム卒業か。みんな受験か就職が待つ1年になるから。この面子でゲームするのも、この冬休みが最後かもな。
そんな中で『不帰城』の噂を聞いてその在処を調べたのがトモロだ。
不死系が多くて、出現するお宝もたいしたことなく、経験値も特に美味しくも無い。なのでこの迷宮は人気が無くて人も少ない。
場所も雪山の中で、ここに来るまでが面倒だし。
「まったく、謎を解明だって言ってた発見者がここにいないってのはなー」
「なにやってんだか」
「トモロが1番楽しみにしてたっつーのに」
聖騎士のサタヤンがランスに耐久力回復の巻物を使いながら文句を言う。
「もうちょっとだけ、待ってやろーぜ」
「あいよー」
ただ、このゲーム、『Beyond Fantasy memories』、いわゆるVRMMOなんだが、前回のバージョンアップから妙な噂が流れている。
オカルトじみた奇妙な噂が。
「ほんとにここのボスが、アレ、なんかねー?」
侍のコレキヨがボス部屋の扉を見ながら言う。不死系の多いとこのボス部屋らしく、骨を組み合わせて作った白いデカイ扉は不気味でカッコいい。
「トモロはそー言ってたけどな。と、言ってもどこの掲示板から拾ってきた話なんだか」
「あり得るわけねーべ、そんなの。ラノベじゃねーんだから」
俺もそう思う。そうは思うが、もし本当だったら、とするとワクワクする。
「そのへん確かめるにも、ボス倒したら解るだろ。それに『不帰城』はバージョンアップで増えたヤツだし、俺たちまだ未クリアだから埋めとこーぜ」
「うぇいうぇーい」
しかし、トモロを待つとして、いつまで待つか。ここで駄弁っててもいいんだが。
そんなことを考えていると、メッセージが入ってきた。
出したヤツは、当のトモロだ。
「トモロからメッセ来た」
「あ、こっちも」
ゲームにダイブ中は俺の身体はヘッドギア着けてゴーグル着けてベッドに寝てる。電話やメッセがあってもすぐに取れやしない。
だからスマホはゲーム機、VSDXに繋げてある。
これでVRゲームしながら電話もメールもできる。
で、そのトモロからのメッセなんだが。
『俺を置いて、先に行け(ノД`)…』
トモロ、何があった?
『母さんにVSDXを壊された(つд;*)』
壊されたって、おい、トモロ?
『ゴーグルもヘッドギアも、金属バットでゲショゲショに( ;∀;)』
お、おぉう……、金属バットか……。
トモロの母親、怖ぇ……。
『俺も逝きたかった(T0T)』
逝ってどうする、トモロよ。
『『不帰城』のボス、シャドウリッチは、杖、王冠、玉座の3ヶ所を部位破壊しろ。それで倒すと特別報酬に選択肢が出る。ただし、そこに表示される報酬を選んじゃダメだ!』
表示される報酬を選んじゃダメ? それはどうすりゃいいんだ? タイムアップを待てばいいのか?
『選択肢に無い報酬を選ぶには、『第4の報酬を望む』と大声で叫ぶんだ! 恥ずかしがるなよ!』
いや、恥ずかしいだろソレ! なんだそりゃ?
『これが例の噂に繋がる裏ワザ、らしい。まぁ、ダメもとで試してみてくれ。健闘を祈る( ・`д・´)b』
そっか、トモロは来れないのか。楽しみにしてた奴が来れないってのはなぁ。
というかVSDXをぶっ壊されたら、トモロ、ゲームできないじゃん。まだ冬休み始まったばかりなのに。
可哀想というか、残念というか、
「トモロ、御愁傷様」
「いや、死んでないだろ、まだ」
「あのゲーム中毒が、ゲーム機壊されたら、死んだも同然だ」
「廃人にはなってるか」
「生ける屍状態だろーよ。アルバイトして貯めた金で買ったゲーム機壊されたら」
「まぁ、トモロが来れないのは解ったし」
「しょーがね、4人で行くか」
「あぁ、トモロの弔い合戦だ」
「トモロ、お前の死は無駄にしない」
「あぁ、トモロの魂は俺達の中で生きている」
「進もう、トモロの屍を乗り越えて」
「お前らひでぇな」
「単に言ってみたかっただけだろ」
トモロが来れなかったのは残念だが、仕方無い。俺は杖をクルリと回し。
「んーじゃあ、4人で行くか。隊列組んで。相手は不死のシャドウリッチ。みんな対不死の属性装備で固めてるからなんとかなんだろ。先に杖と王冠と玉座の部位破壊。そっから畳み掛けるということで。魔石爆弾も出し惜しみせずに派手に行こうか」
「「おー!」」
骨でできたいかにもなデカイ扉を開ける。迷宮ボスとやるのも久しぶりだ。
「さぁ、やるか。シャドウリッチの討伐報酬を、トモロの墓前に供えてやろう」
「「ロードが1番ひでぇ!」」
「墓前って、トモロ、もぅ埋葬済みかよ?」
バカなこと言いつつ、ボス戦開始!
やっぱみんなでボス戦て楽しいわ。
「あー、意外に長引いたな」
シャドウリッチはギャオオ! と苦しみながら豪華なローブに火がついて、炎の中でもがいてる。迷宮ボスらしい派手なヤられシーンだ。
「うん、勝った、やってやった」
「部位破壊したらモードが変わるって、けっこう凝ったボスだったなー」
「何気にMPがヤバかったんだけど」
「部位破壊狙わなきゃ、楽勝ポイ?」
「そんな感じのボスだったな」
「んじゃ、その分、報酬に期待か」
「いやー、今さらこのレベルの迷宮だとなぁ」
炎の中にもがいて消えるシャドウリッチ。
討伐完了のファンファーレ。ボス部屋は明るくなって、地面に散らばってる骨が崩れて消えていく。壊れた玉座が転がってる。
「で、問題は報酬なんだよな」
出てきた素材にアイテムはまとめて保管。あとで識別して分けるとして。金は頭割りで今、分けて、と。
バージョンアップしたことで、変化を持たせようとしたのかできた、特別報酬の選択肢。部位破壊とか弱点属性攻撃とかでこの報酬が増える。
全部取ろうとすると同じボスを3回はやらなきゃならない。倒し方に工夫もいる。その分、長く遊べるやり込み要素ってことらしい。
この特別報酬、出てきたものは、と。
『暗黒の宝玉』
『シャドウローブ』
『闇の靴下』
このうちひとつを持って帰れるわけなんだが。
「……闇の靴下は完全にネタ装備だな」
「ソックスコレクター用じゃないの?」
「シャドウリッチ、靴下履いてたのか?」
「俺、あと3つでソックスコレクターマスターの称号が取れるんだけど」
「お前、やってたんかい」
「カーソルを動かしても4つ目は出ない」
トモロのメッセでは、選択肢に出ない報酬を選べってことなんだが。
「まー、バカバカしいとは思うが、トモロの見つけた裏ワザらしいんで」
振り向いて仲間を見る。1年、同じゲームをやってきた仲間達を。
コレキヨ、サタヤン、速撃ちマック。
ロードの俺がリーダーで、ここにトモロがいれば全員集合だったけど。
「これも青春か? 夕日の海に叫ぶように、みんなでいっちょ、やってみるか?」
「試すだけならタダだし」
「じゃ、ロード、音頭よろしく」
「うし、じゃ、やるぞ」
「まて、まて、文章確認させろ」
「『第4の報酬を選ぶ』だったよな」
「何も起きなかったら、闇の靴下ってことで」
「闇の靴下をトモロの墓前に供えるのか……」
「そのネタ引っ張るのか?」
「みんないいか? いくぞー! サン、ハイ!」
「「第4の報酬を選ぶ!!」」
ゲームの中で他に見てる奴もいない。だから俺たちはけっこうバカなことしてると思う。
でもそれが俺たち『キノコ大好キー』だ。
ボス部屋に俺達の叫びが木霊したような。
このときはネタだと思ってたんだよ。噂ってのもタダのオカルトだって。そんなことあるわけ無い。それが本当なら、ニュースになってるだろうし、このゲーム『Beyond Fantasy memories』だって停止されてるハズだ。
ゲームの中に取り込まれて、帰ってこれなくなる。これが本当だったら、行方不明者が増えてるだろう。
ログアウトできなくなって、身体に意識が戻らなくなる。これが本当だったら植物状態のようになって、病院にそんな患者が増えるし、ゲームを運営してる会社に警察が捜査に入ったりするだろう。
そんな話は聞いたことも無い。
ゲームに入って帰ってこれなくなる。
こんなことが、昔に流行した小説かマンガみたいなことが、現実に起きるハズは無い。
でも、そんなことが、もしも起きたらおもしろそうって、それで噂だけが広まってるんだろう。
ま、現代にはそれだけ現実逃避したい人が、多いのかもしれない。
そんなふうに考えていたさ。
まさか、俺たちがこのゲームからログアウトできなくなるとは。
いや、できなくなるんじゃ無くて、しなくてもよくなる、が、正しいのか?
ログアウトするのが、ちょいとめんどくさくなってしまっただけ、とも言える。
なので、今も俺たちは『Beyond Fantasy memories』の中にいる。
いつか、トモロが来るのを待っている。