実力確認イベント 剣術
いや、まだだ。たかが王女を嫁にもらう約束をしただけだ。
何も問題はない。単純なハニートラップに引っ掛かり、あっという間に
王族に取り込まれたわけではないのだ!
ないのだ!
・・・ぐぬぬ、次で取り返せばいい。
挽回の余地はある。
「ところで勇者よ、まずはそなたの実力が見たい。結果次第では旅立つ前の訓練を
再検討せねばならんのでな」
きたか、実力確認イベント。これもお約束というやつだな。
望むところだ。
「近衛兵自慢の腕ききと試合をしてくれんか」
「かしこまりました」
連れてこられたのは城の中庭。
ちょっとした運動場ぐらいの広さがあり、ここで戦っても周りに被害は出なさそうだ。
「よろしくお願いします、勇者殿」
中庭に集まっていた兵士たちの中から出てきたのは身長2メートル程の重騎士。
身長ほどもありそうな大剣を腰に佩き、分厚い全身鎧を身にまとっている。
兜をかぶっているため表情はわからないが、その全身には自信のオーラが漲っている。
大丈夫、あれぐらいならクラスメイトにも居た。ああいうタイプはスピードに弱いのだ。
「こちらこそよろしくお願いします」
なるほど、思いあがった勇者の鼻っ柱を叩き折り、弱ったところを懐柔して
従順にさせようという腹か。そう易々と思い通りにはさせないぞ。
「試合ではお互いに怪我しないよう、この訓練用の木剣を使用して頂きます」
審判役の中年騎士から木剣を受け取る。
鉄芯が入っているようで授業で使った鉄の剣の同じぐらいだったため
特に違和感はない。
よし、これからが本番だ。
勇者の実力をとくと見せてやろうではないか。
と、その前に授業の復習をしておこう。
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共通学科【対人戦闘】
異世界を生きていく上で最も注意すべきもの、それは人である。
平和なこの日本にくらべて多くの異世界ではひとの命が軽い。
ひどいところでは一つのパンをめぐって10人以上が殺しあいをする。
そんな殺伐とした世界でいかに生き残るか。
この授業では精神的な負荷を可能な限り減らし、効率良く人と戦う方法を学んでいきます。
要するに悪い人は殺すしかない場合も多いんで、仕方ない場合はやっちゃっても
気にしないようにしましょう、という内容だった。
そして元戦士、片山先生(男性:29歳既婚)のコメントは実にシンプルだった。
「情けをかけて自分が殺されちゃあ元も子もねえ。迷った時は先手必勝!
全力でぶっとばせ、忘れんなよ!」
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先手必勝、先手必勝!やってみせます、片山先生!
中庭の中央、3メートルの間隔を開けて対峙する僕と重騎士。
緊張の糸が張り詰めた。そして・・・
「はじめ!」
先手必勝!死ねぇー!!
審判の合図で飛び出し、あっという間に彼我の距離を詰めた僕は上段から木剣を全力で振り下ろす。
その斬撃はこちらに反応できていない重騎士が構えていた木剣をへし折り、そのまま鎧の胸当て部分にぶちあたった。
「ぐぎゃっ!」
言葉にならない悲鳴をあげ、重騎士はそのままぶっとんでいく。
それは5メートルほど土煙りをあげて進んでから、止まった。
静まりかえる中庭。
やったか?
しばらく待ったが重騎士はぴくりとも動かない。
よし、やってる!やりましたよ、片山先生!
それから歓声が爆発した。
「も、木剣で重騎士を吹き飛ばした!?」
「すげぇーっ!!」
「なんという破壊力!」
「おい、生きているか団長!?」
「きゃーっ、旦那様かっこいいですー!!」
最後のは王女だな、暇なのか。
重騎士は衛生兵らしき人たちに担架に乗せられたが、担ぎあげたとたんに
鎧の重さで担架が破れ、地面に叩きつけられていた。
そのショックで意識を取り戻した重騎士は「痛い、めっちゃ痛い!」と泣き言を言っていたが
衛生兵にやかましいと言われ、泣きそうな顔で黙り込んでいた。
それほど重症でもないようだ。たかが木剣だからな。
王は顔を真っ赤にしながらプルプルと震えている。
鼻っ柱を叩き折ったのは僕のほうだったな、王よ。
「素晴らしい!重装備の近衛騎士団長を木剣で一撃とは!さすが勇者だ!!」
だが王は満面の笑みで大きな拍手しながら言った。
手放しで絶賛しているように見えるな。
大声をあげる事で一時的にストレスを発散させたのか。
その笑みも、何も気付いていなければいかにも満足しているように見えただろう。
敵ながらおそるべき自己統制能力。手強いな、王族。
まだ手は残しているという事か。
それにしてもあの重騎士は騎士団長だったのか。
まるで手ごたえがなかったが。
そして王は衝撃的な事実を告げた。
「次は魔法の腕が見たい。期待しておるぞ、勇者よ」
「はえ!?」
しまった、声が裏返ってしまった。
ま、魔法か・・・。も、問題ない、問題ない。
魔法でも勇者の実力を見せてやろうではないか。
・・・ああああどどど、どうしよう!?