入園、授業、そして転移
タイトルが長い
わが冒険者学園は昨今急増する異世界転移において転移者の活動・帰還を円滑にする
教育を行うために創設されました。
学園にてあらゆる異世界転移の知識を学び、是非とも皆さまには
快適な異世界生活を満喫し、最終的には帰還して頂きたいと考えております。
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学園長は異世界帰りである。
入学式の学園長挨拶にて告げられた脅威の事実だ。
10代の時に異世界へ召喚され、勇者として10年の月日をかけて魔王を討伐した
学園長は、数多の金銀財宝を手にこの世界へ帰還した、らしい。
その後、異世界転移の急増と未帰還者の多さを憂い、転移者の事前教育を行うため私財
をなげうってこの学園を創設したそうだ。
「ご両親や恋人、友人、そしてこの世界のためにも、君たちには無事に帰ってきて欲しい」
帰ってくるまでが異世界。この学園の理念である。
授業料も帰還後に支払う事になっている。
僕、桜井勇一のもとに入園案内のパンフレットが届いたのは中学3年の夏だった。
なんでも予言のスキルを持った職員が作ったリストをもとに転移予定者へ
送っているらしい。転移時期の予測も前後一週間以内にまで絞られており
少なくともその3年前に入園して訓練すれば帰還率が大幅に上がるのだとか。
ちなみになぜか転生は予言できないそうだ。
「なあ、お前らの専門課程って何?」
入園式とオリエンテーションを終えた現在、年齢も性別もバラバラなクラス内で共通の話題は
もっぱら専門課程の事だった。
入園前の面接にて最も可能性の高い職業が予言され、各専門課程に割り振られる。
もっとも当たる確率は100%ではないらしいが、帰還者の報告による統計情報を併用する事で
予言の精度は向上しているそうだ。
「俺は前衛コースだよ。普通だな」
「私は後衛コースね。せっかく異世界に行くんだったら勇者がよかったなあ」
「冒険者学科ならまだマシじゃん。俺なんか魔王だぜ」
「悪役令嬢でないのが残念ですわ」
「僕はスローライフが良かったのになあ。勇者は大変そうだ」
最後のは僕だ。しかも同学年で前後7日以内の転移予定者がいない事から
単独転移が確定済みだ。ぼっち勇者・・・。
ちなみに帰還者の前例がないスローライフ、転生が前提となる悪役令嬢は専門課程が存在しない。
冒険者は転移例が最も多い事から事実上の普通科扱いだそうだ。
また、集団転移も多く、その場合は勇者のサポートを担当する機会が多い。
数少ない勇者は冒険者と同じクラスに入る事となる。
尚、共通のカリキュラムで代表的なものは以下の通りである。
・転移とは ~単独転移と集団転移の違い~
・行動指針と帰還条件の特定 ~転移したら何するの?~
・無手から始めるサバイバル術 ~原始からの知恵が今熱い!~
・スキル活用術 ~それが外れスキルなんてとんでもない!~
・モンスターとの戦闘、対人戦闘 ~奴らはみんな生きている!~
・魔法、魔術基礎 ~魔素ってなあに?からの~
・集団戦闘、パーティー編成について ~何にもしないはしたくない!~
・素材の知識 ~もったいないは正義!~
これらの内容はほとんどが転移後すぐに必要となる内容で占められており、クラス担任の
元賢者、佐々木先生によればどんな職業でも必ず役立つとの実績があるそうだ。
だが実際に転移する異世界の情報については予言では特定できないため
代表的な中世ユーロッパ風ファンタジーを基準としている。
機械文明でも役に立つのだろうか。
専門課程にはそれぞれの職業ごとに必要なカリキュラムが追加される。
代表的なものは以下の通り。
【冒険者学科前衛コース】
・距離別!剣と槍とあと色々!!
・殴る蹴る!武器が無くても戦えます!
・木を切るだけが斧だなんてそんな乱暴な!
【冒険者学科後衛コース】
・一撃必殺!弓はあなたの頼れる相棒
・魔法ってすごい!イメージ次第でなんでもできちゃう!
・回復って地味?とんでもない!
【勇者特進コース】
・王族、貴族に裏切られない、奇跡の交渉術!
・聖剣だって生きている。仲良くなれば威力も倍増!
・魔王との戦いで生き残るには
・邪神ってなんだろう?
【魔王コース】
・異世界人でも人殺しはいけません?
・ゴブリンから始める人(?)心掌握術
参考書やビジネス書のタイトルみたいになっているがそれだけ
実用的だという事だろう。職員の趣味ではないのだ、多分。
3年間のうち、2年間は前述の授業を受け、残りの1年は転移までの
準備期間となる。
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あっという間に2年間の訓練を終え、3年になった僕たちは自由行動となった。
今は体育館でクラスメイトの集団転移組み3人との自主訓練をしている。
ぼっち勇者の僕はもちろん仮想敵の役割だ。
このVRとARの併用による訓練も最初こそ戸惑いが大きかったが
2年もあればゲーム感覚で楽しめるようになった。
魔素が存在しないこの世界では魔法の訓練に必須なのだ。
訓練を終えて一息つく。雑談タイムだ。
「ぼっち勇者はさすがにつえーなー!3人がかりでも仕留めきれないとはなあ」
「一人でも生き残れるように強くならないと帰ってこれないからね。
訓練は普通科の5割増しだったらしい。あとぼっちはやめて」
「あの訓練の5割増し?はえー、俺勇者じゃなくて良かったー。
でもそれだけ訓練したのにお前は細っこいよなー」
「僕もそれが悩みの種なんだ」
どれだけ訓練しようがなぜか筋肉がつきにくい。筋力は確実に上がっているのでなおさら不思議だ。
元勇者の荒木先生は一部勇者にそんな特徴があると言っていたが、原因と対策は不明だ。
「そういや転移予定で一番目は桜井だったよな。いつだっけ?」
「もう予定期間に入ってるよ。遅くともあと5日以内だね」
「え、マジかよ、こんな事してていいのか?」
「ただ待ってるのも気疲れするからね」
「勇者はストイックだなー」
シャワーを浴びてから皆で寮に戻る途中、足元に眩しいほどの光を伴い魔法陣が現れた。
しかし魔法陣が出現しているのは僕の足元だけだ。
「ついに来たか!ああ、やっぱり単独転移なんだな。相手が魔王か邪神かはわからんが
頑張ってこいよ、勇者桜井!」
「ああ、先に行ってくる!」
わかってはいた事だが、いざとなるとクラスメイトとの別れに一抹の寂しさを感じる。
集団転移と違い、単独転移では皆と同じ世界に行くかはわからないのだ。
まあしばらくのぼっち生活は確定だが。
「絶対に皆でまた会おうな!」
「それまではぼっちでも頑張れよ!」
不安と期待が入り混じる中、魔法陣の光がはじける。
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光がおさまるとそこは城の一室のような薄暗い石造りの部屋だった。
おそるおそる歩いてきた王女風の金髪碧眼少女が祈るように口を開く。
「勇者様、どうか悪しき魔王からこの世界を御救い下さいませ」
やはり勇者だった。予言職員様さまだな。
しかし魔王討伐で世界救済か。定番の範囲内で助かった。
「魔王なら大丈夫です。授業で習いました」
「え?」
キョトンとする少女に僕は微笑みかける。
ぼっち勇者の活躍はこれからだ!
打ち切りみたいになってるけど続きます。多分。