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#008 五里霧中

 「ううん、ちょっと思い出したことがあって考え込んじゃった。さやかのせいじゃないから大丈夫よ」


「ほんと? ならいいんだけど……気に障ったのなら、そう言ってね?」



 さやかの不安そうな表情に対して「大丈夫よ」と笑顔を向ける。


 こういう時のさやかはおどおどとして、相手のネガティブな反応を極端に恐れているように見える。基本的に、いつも自分の発言に自信が持てないのだと思う。



 こんな時はいつも、マサキがタイミングよく声を掛けて来るのに――今日はあれから静かだわ……珍しい。


 そういえば、先輩の話を聞いてからずっと、何か考え込んでる様子。

 いつもみたいにふざけたり軽口を叩いたり、さやかを構ったりしていない。




「マサキ、どうしたの? なんだからしくないよね……この話で何か、心配なことでもあるの?」



 あたしが近寄って声を掛けると、マサキは一瞬驚いたような顔をした。

 そのあと、フン、と鼻で笑う。


「ミハルが俺の心配をする方が、らしくねえんじゃね? どうしたよ? ひょっとして俺に惚れたかぁ?」



 からかうような言葉にかっとして、つい言い返す。

「ばっかじゃないの? 折角人が」――人が、心配してあげてるのに。


 そう、言おうと思った――でも確かに、それは『あたしらしく』ない。

 言いよどんだあたしを見て、マサキがまた鼻で笑った。



 ――いやだ。なんか調子狂っちゃう。




 どこかしらに、自分が蚊帳の外に追いやられているような居心地の悪さがずっとある。その原因もわかってる。

 さやかと高見先輩……あの二人が揃って関わっていることは、『わからない』ことが多過ぎてイライラしてしまう。


 ひょっとして、マサキも同じように感じているのかしら――あたしはそんな風に少しだけ考えていた。それなのに、自分に共感して欲しかったくせに、まるで新設の押し付けのようなことを言いそうになって……



 ――ほんとに、調子が狂いっぱなしだわ。




「俺が何を悩んでいようが関係ねえだろ……心配とか大きなお世話だし――俺の面倒を見てやろうとか機嫌を取ろうとか、味方につけようとか考えるのは間違ってるからな」



 マサキがぼそりと吐き捨てた言葉に、ショックを受ける。


 確かにさっきのひと言は失言だったけど、まさかそういう意味に受け取られるなんて。



「あたし……そんな風に考えてたつもりない。ただ、余計なトラブルが増えるのは面倒だから――こういう時、あたしくらいしか、まとめ役するような人がいないと思ったから」


「ふ……やっぱりね。それが大きなお世話だっつーの」




 あたしの抗議を軽く受け流すマサキ。

 その表情はいつもと違い、どこか突き放すように冷たい。


 あたしも、もうそれ以上話す気をなくしてそのままマサキから離れた。




 何よ……

 何よ何よ! マサキこそ何様なのよ! なんのつもりなのよ!


 いくらなんでもその言い方は酷いんじゃない?



 ――あたしはひとりで充分なんだから……誰かを味方につけるとかなんて、全然考えていないから!





「美晴? どうしたの? マサキくんがまたからかったとか?」


 さやかに声をかけられて我に返った。

 あたしの顔を覗き込むさやかは、本当に心配している表情で、「マサキくんに、やりすぎたでしょ、って文句言って来ようか?」とまで言い始めた。



 その様子を見て、少しだけ心が落ち着く。


「なんでもない……マサキがからかうのはいつものことよ。別にいいの」

「そう? ならいいんだけど。大丈夫?」



 さやかはおしのちゃんと一緒にいて、会話を聞いていなかったみたい。一瞬でも、あんな険悪な様子、さやかに見せなくてよかった。


 今日だって、本当は家と逆方向になるのにわざわざ駅の方まで戻って来てくれるような――ちょっとその感覚がずれてるけど――優しい子なんだから。



 さやかは「自転車ならすぐ帰れるし、みんなと一緒にいるのが楽しいの」と言う。それが社交辞令などではないのはわかるけど、入学したばかりでこんなにあたしたちにべったりで大丈夫なのかと心配にもなるのよね。



 多分さやかのあたしたちに対するこういった行動の根源にあるのは、『執着』ではなく『依存』だと思う。



 今までそんなに親しい友人がいなかったような様子だけど、それが彼女の親の影響のせいらしいというのはなんとなく聞いている。


 友人を選り好みするのか門限が厳しいのか、その詳細はわからないけど、でもいつ何が原因で部活を禁止されるのかも予想が付かないのよね。もしもそうなったら、あたしたちに依存していたさやかはどうなってしまうんだろう――



 だから尚更、あたしが。




「それじゃあ、もうすぐ列車の時間になるし、もう行くね。また明日」


 あたしは、駅のひとつ手前の信号でみんなと別れた。



 ――さやかたちには、余計に心配させたりしちゃいけない。あたしがしっかりしないと。



 改めて、自分に言い聞かせた。



 * * *



 ひとりになった列車の中で参考書を開いてみても、今日は全然頭に入らない。

 しっかりしなきゃ、なんて決意を新たにしたばかりなのに、あたしの心は沈んで行く。



 繰り返し繰り返し、頭の中で声が聞こえる……それは呪詛のように。




「偉そうに仕切らないで」


「余計なお世話なんだって」


「あんたに何ができるの?」


「いい加減、ほっといて!」




 ――みんな、どうしてわかってくれないんだろう。あたしはみんなのために、って……そう思っているのに。



 置いて来た記憶が、マサキのせいでよみがえってしまった。



 ――余計なこと思い出させて……こんな時に限って。いつもはあんな絡み方しないくせに、マサキの莫迦。




 これは、八つ当たりなんだろうか。


「はぁ……なんだかなぁ」

 あたしは諦めて参考書を閉じた。




 山間部を通る列車。乗客はまばらで、あたしのような学生か、お年寄り。あとはたまに観光客風の大きな荷物を持った人たち。

 連休明けにほとんどのスキー場は営業を終えたため、観光客もだいぶ減った。


 そして、さやかが好きだと言っていた桜。




 あたしはまたため息をついた。



 マサキに八つ当たりしてるのは、本当はわかってる。



 『あの人たち』とマサキの言うことは違うっていうのも――多分だけど。

 ただ、あの時と状況が似てるような気がして、そのせいで居心地が悪いのかも知れない。


 あたしがあたしじゃなくなるような、どうしたらいいのかわからなくなるような、嫌な気持ち。




 あたしはただ、はっきりさせたかっただけ。何故そうなったのかを知りたかっただけ――そうするのが正義だと思ったから。

 みんなのためになると思ったから。


 そして、あたしならできると思ったから。


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