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#006 正体不明

『目にはさやかに見えねども』の美晴視点のスピンオフ。

本編第四章『退屈/憂鬱 #20』のラスト付近からのお話です。

 あたしは昔から、勉強でもなんでも興味があるのにわからないことをそのままにしておくのは嫌いな方だった。


 その性格のせいで人と衝突したことも多い。



 正義感だのいい子ぶってるだの言われたこともあった。そうじゃないのに。


 単純に『気になるから』で、あたしにはそれが『当たり前』だったのだのだけど、他の人たちにとっては、あまり当たり前ではなかったようで、理解されにくかった。




 時には、衝突相手が先生の場合もある。


 あれは……確か小学校の、四年の頃だったかしら。

 当時の担任は若い女の先生で、「男子のひとりをひいきしているらしい」という噂がクラスメイトの中で広がってた。



 その子の名前を仮に『大樹くん』にする。


 大樹くんはお世辞にも美少年という感じではない。芸能人の誰それに似ているというタイプでもない。

 成績も普通だし、運動能力については可もなく不可もなし。家庭の事情にも性格にも、特に目立った何かがあるわけではなかった。



 だから噂を聞くまでは気のせいかと思っていた。でもその噂を聞いてからよく気をつけて見てみると、明らかにひいきしているように見える。


 例えば問題を解く時。他の子ができないと厳しく叱るのに、大樹くんの時だけは『しょうがないわね』程度で済ませる。手伝いをさせる時、彼には重い物を持たせない。



 大樹くんの絵の評価が低過ぎる、と図工の先生と口論していた場面に遭遇したこともある。客観的に見ても、図工の先生の評価は公平だと思うのだけど。



 あまりにもあからさまだったので、ある日道徳の時間に質問をぶつけてみた。


 たまたま、授業の内容が差別についてだったから、それもきっかけのひとつになったのだと思う。



 当然先生は『差別はいけません』と説く。

 差別とは多くの場合、相手を下に見ることもあるけど、相手を特別扱いすることもまた差別に繋がるのだ――と。


 それでとうとう我慢ができなくなって、爆弾を投げつけてしまった。



「先生! じゃあどうして先生は大樹くんばかりひいきするんですか?」




 その瞬間教室の空気が変わった。



 『よく言った!』と賞賛している顔、『面倒なことになりそうだ』と迷惑がる顔――しばらくの間沈黙が流れたけど、徐々にさざ波が立つように、クラスメイトたちはざわめいた。


 当の大樹くんには誰もひいきの話をしていなかったらしく、ものすごく驚いていた。初耳だと言わんばかりに。



 あれで気付いてなかったってのも、ある意味すごい。




 先生はしばらく唖然としていて、何も言えなかった。その後、気を取り直した途端、顔を真っ赤にしてあたしを叱咤した。

 それでもあたしが平然としているのを見ると、余計に興奮した。



「そもそも、一体誰がそんなことを言い出したんです!」





 自慢じゃないけど、あたしは成績も素行もいい生徒だった。

 無意味に反抗したこともなかったので、標的を先生が納得できるような他の誰かに変えようとしたのかも知れない。



 教室内がまた一斉に沈黙した……だから、あたしは言い切った。



「みんな、先生にも大樹くんにも言わなかったけど、そう思っていました。先生にも、自覚がなかったとは思えないんですけど?」




 具体例を三つほど挙げたところ、話の途中であたしは平手打ちを喰らい、後日母親が呼び出された。



 でもそれがきっかけで、教頭先生がひいきの実態を調査してくれたらしい。




 翌年度に、その担任だった教師は転勤した――転勤の理由はわからないけど。


 そこまでの興味がなかったのと、これ以上余計なトラブルに巻き込まれるのはご免だったので、特に調べなかった。





 その件があってから、あたしも少しは慎重になったと思う。

 でも基本はあまり変わっていない。


 まぁ、本人にどうしてもと言われたら、しょうがないから引き下がる場合もあるけど……正当な理由じゃないと思ったら、納得はできないわよね。



 * * *



 さやかはいい子だと思うけど、自分のことをあまり話したがらない。

 なので、興味本位で独自に少し調べていた。


 理由は、なんとなく気になるから。それだけ。



 ()()の部長の司くんと写真部の部長は、一度さやかの家に行っている。用件は、部活動を認めてもらうための話し合い――普通ならそんなことに他人を巻き込むなんてありえない話だと思うんだけど。



 司くんに「さやかの家ってどんなだったの?」と訊いてみた。



「いや、どんなって……なんていうか、すごかったよ」


 苦笑ともなんとも言えない表情になり、それしか言わなかった。

 司くんは小さい頃から大人と関わることが多かったらしいので、多少のことでは動揺しないものだと思っていたけど、そういうわけでもないようね。




 高見先輩にもさり気なく訊いてみたけど、にっこりと笑ってこう言った。


「僕に訊くより、さやかさんに訊いた方が詳しいことがわかるんじゃないかな」



 ――あの笑顔が曲者よね。



 その時だけじゃない。

 高見先輩には何度も怪しいことや驚かされることがあるのに、マサキも誰も詳しいことを喋ろうとしない。


 何故いつもいつも、はぐらかすようなことをするのだろう。悪いことをしているわけでもないでしょうに。




 思い返せば、出会った頃からそんな態度だった。


 うちのスクールカウンセラーは、入学式の時に紹介されていたはず。

 でもそれは『高見アキラ』ではなかった。


 入学式の式場で、彼の顔を見た覚えもない。



 調べてみると、紹介されたのは『責任者』の名前で、数人のカウンセラーが持ち回りで常駐することになっているらしいのだけど、『高見アキラ』だけは何故か毎日いるのだ。


 むしろ、他のカウンセラーの姿を滅多に見ない。




 保健室へ行った時に、保健の千草先生と雑談混じりにカウンセラーについて訊いてみたことがあった。


「他のカウンセラーさんに、あまりお会いしたことがないような気がします」と探りを入れると、千草先生は困ったような表情で笑った。


「担当によるのよ」



 やっと聞けたのはそれだけ。何の担当なのかまではわからなかった。




 そんなことを繰り返しているうちに、調査対象はいつの間にか高見アキラ――高見先輩に変わっていた。



 学生と間違われるような飾り気のない容姿と髪形と服装で、顔の特徴をや個性を隠してしまうようなありきたりな眼鏡。

 一度怪しいと思い始めると、その風貌すら計算高い陰謀めいたものを感じられずにはいられない。



 マサキやさやかが慕っているくらいだから、悪い人ではなさそうとは思うけど、じゃあいい人なのかと問われると……正直な話、かなり悩む。



 とにかく今は、『高見アキラ』は『得体の知れない人物』だとしか言えない。


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