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#005 期待

 さやかによく思われたい、という気持ちはあった。


 でも取り入ろうとしたわけじゃない。気に入られたいというか、構いたいというか……なんて言えばいいんだろう。



 うん、でもまあ、とりあえずあたしは『友だち』の第一歩に合格したようだし、明日からしばらくくっついて行動してみよう。


 丁度、部活の見学も始まるし――あたしの腕の見せどころだわ。



 さやかの屈託のない、嬉しそうな笑顔を思い出しながら、窓に映った自分と目が合う。


 あたしも自然と笑顔になっていた。





 列車の窓からは、まだ午後の陽射しが入って来る。


「こんなに早い時間に帰宅するのって、やっぱり変な感じ。陸上をやっていた頃には――」




 あぁ、いけない。ひとりになるとすぐこれだ。もう考えないって決めたのに。



 地元の駅前は閑散としている。

 さっきまでの楽しい気分から一転、みじめになってしまう。


 今日は上級生がいないし、あたしと同じ新一年生は一本前の列車で帰ったはずだし。



 自販機で甘い缶コーヒーを買い、手を温めながら少しずつすする。



 四月と言えど、まだ雪が降ることだってある。陽射しは暖かいけど、陰になれば風は冷たい。


 道端には煤けた雪山が点々と。ザク、ザク、とどこかで雪割りの音もする。



 これが、あたしの見慣れた春の風景。




「ふぅ……」


 飲み干してくずかごに放り込むと、コン……と乾いた音が響いた。





 駅から歩いて十五分。

 中学校までの距離とさほど変わらないのに、今日はやたらと長く感じる。


 そういえばあたしには、今までものすごく仲の良い友だちなんていなかったかも知れない。誰とでもそこそこ話を合わせられるし、空気を読むのも下手ではないと思っているけど。


 でも、どうしても『うわべの付き合い』でしかないと、いつも感じてしまう。




 小学校の頃から、クラスメイトと遊ぶ時間よりも陸上の練習をしている時間の方が長かった。


 『友だちであり、良きライバル』なんて、本当はいない。

 本人がいないところでは陰口や批判……あたしはそれを聞くのがあまり好きじゃなかった。



「でも、ジャーナリストって、ある意味陰口収集家かも知れないのよねー」


 自分の中の矛盾に苦笑した。



 * * *  * * *



 ……繰り返し、繰り返し、夜毎あたしを悩ませる悪夢……




 今日もまた、あまり眠れなかった。

 日中に眠くならなければいいのだけど。




「さすがに早過ぎなんじゃない? もう少し後でも……」


 出掛けようとした背中に向かって、母の声がする。

 玄関の片隅には、薄汚れたスパイクシューズが未練がましく置かれている。



「時間潰す本も持ってるし、平気……いってきます」



 これより遅い時間の列車は乗客が増えて来るので、あたしとしては不快でしょうがない。



 朝連で早起きの習慣はついてる……と、いうか、多分しばらく取れないだろうという気がする。




 陸上をやめてから、母は腫れ物にでも触るようにあたしに接する。

 あたしには、逆にそれが苦痛なのに。



 今までと何が違うの? 陸上をやめただけなのに――なんて、今までのあたしの生活、ううん、人生における『陸上』のウェイトがそれだけ大きかったのは理解している。


 それはずっとあたしを応援して来た母にとっても、きっと。



 だから今日も、母の顔をあまり見ないようにして出掛けた。かわいそうな母に八つ当たりをしてしまわないように。自分がみじめにならないように。




 さやかの笑顔を思い出す。


 少しだけ、心が痛い……あたしはあの子に何を期待しているんだろう。あの子をどうするつもりなんだろう。

 あんな、世間のことを何も知らないようなお嬢様なのに。



 なんとなく変わってて面白いと思った。それはひょっとしたら、世間知らずから来ているのかも知れない。

 実際に話してみて感じたが、さやかはあたしたちの年代の『一般常識』を知らなさそうだ。


 そういう意味でもお嬢様なんだろう、と思う。



 ――きっと何も知らないから、あんな顔ができるんだわ。




 お嬢様、なんて言われて、()()より抜きん出た得意科目もあって。そりゃぁ人生に何の不安もないわよね。

 何を勘違いしてあの高校を選んだんだろう。新天地で自分の能力がどこまで通じるのか知りたかったとか?



 でもいざ入学してみたら、今までのようにちやほやしてくれる人があの学校にはいないから……だから不安になってるんじゃないのかしら。




 ――心が痛む……



 世間を知らないのは、知ろうとしないさやかのせいかも知れない。

 でも、だから彼女が悪というわけではない。


 あたしの現状がみじめだからって、八つ当たりはよくないわよ……わかってる。



 * * *



 ゆうべは、クラスメイトの『メモ』もそこそこに、今日から始まる部活見学のツアー案を練っていた。

 あたしが誰かのために時間をかけるのは、随分久しぶりだった。


 何故そんなにのめりこむのか自分でも不思議だった……でもあえて考えないようにしていた。



「ただ、今はさやかの喜ぶ顔が見れればいいじゃない」


 自分に言い聞かせると、少しだけ心の痛みを忘れられる。

 あの子があたしにとって、善なのか悪なのかは、まだわからないもの……




 よそ行きの笑顔で、親切な人を演じて、『観察』しているのを相手に気付かれないように。

 今までもあたしはそうして来た。だからこれからもそうであることに、罪悪感を感じるのはおかしい。


 でもあたしはさやかに会えるのを待っている。もっと話したいと思っている自分がいる。それが誰のためなのか、まだわからない。




 ――さやかは、あたしにとって本当の『友だち』になるのかしら。なれるのかしら。





 まだ足に馴染んでいない上履き。

 慣らすためには焦ってはいけない。


 靴も、学校も、人間関係も、みんな同じだわ。




 朝一番乗りの教室。そして二番目はまた川口マサキで――引き寄せられるように、吸い込まれるように、クラスメイトたちが集まって来る。


 その中にはもちろん彼女もいる。



 まずは慣らすことから始めてみよう。焦らずに。





「おはよう! さやか」

「おはよう――美晴」


 少し照れたように微笑みながら、挨拶が返って来る。



 あたしにとっての『今日』が、ここからようやく始まる。





美晴視点での入学式の前後のお話は、ひとまずこれで終わりです。


次章は、中間テスト前の話です。

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