#015 フォーカス
森本くんがストーカー常習犯だったなんて、もっと早く知りたかったわ。
あたしたちが気を遣ってたのは、一体なんだったの?
ようやく真実を掴みかけたというのに、事態は更に予想外の方向へ動き出した。
「森本くんが不登校続けるのは良くないと思うの。だからあたしたちが家まで行って――」
さやかは森本くんと直接話をすると言い出したのだ。
あたしは止めたかった。
なのに、マサキも高見先輩もその提案に乗ってしまう。
マサキは武道の心得があるようなことを言っていた。
でもここぞという時に椅子に引っ掛かって転んだことを思い出すと、やっぱり心もとない。
……嫌な記憶が蘇る。
* * *
さすがに内緒にしておけなかったので、さやかの家に向かう途中に伝えることにした。
「あの、高見先輩? クラスの子から聞いたんですけど、森本くんってキレたら暴れて――」
「うっそ! まじ?」
マサキが先に反応する。
「いや~、本気でやるつもりはしてなかったけどよぉ、やり合わなくて良かったよなぁ。冗談が本当になったら洒落んなんねぇし」
――本気でやるつもりしてたんだわ、きっと。
高見先輩はくすりと笑う。
「ありがとう、ミハルさん。実は僕も、昨日田中先生からそれらしいことを聞いたんだ。だから万が一の心構えはして来た」
あの……心構えだけでどうにかなるもんじゃないと思うんだけど?
「ひょっとしたら長期戦になるかも知れないし、望むような結果が得られないかも知れないね。でも今回はそれでもしょうがないかなと思う。まずは彼を必要以上に刺激しないよう、協力してくれると嬉しい」
その言葉は主に、マサキに向けられているものだと感じた。
そっと様子を窺うと、憮然としつつもうなずく姿が見られたから。
「師匠、ミハル。今の話さぁやには伝えないで欲しい。あいつきっと、森本のそういう一面に気付いてないから、そのまま気付かないで済むなら――」
「マサキが、守れるのかい?」
ミラー越しの高見先輩はシビアな表情。やっぱり、先輩はマサキじゃ力不足だと思っているのかしら。
「俺の責任だから、俺がなんとしても守ります。命に代えても――だから、俺に守らせて下さい」
ぐっと手を握り締めて、マサキは言い切る。
あの、どうでもいいんだけど、そういう台詞は本人の前で言ってあげた方がいいんじゃないかしら……
聞いているこっちの方が赤面しそうよ。
* * *
でもその心構えを物ともせず――知らなかったからしょうがないのだけど、当のさやか本人が、森本くんを挑発しに出てしまった。
まさかさやかが、いつも他人の反応に対してびくびくと臆病な反応をしているさやかが、今回の件に限ってこうも次々と予想を裏切ってくれるとは思わなかったわ。
どうして裏目を引いてしまうのだろう。
かろうじて横目で先輩たちを窺い見ると、無表情なまま気迫だけがいつもと違う。ピリピリとしてまるで別人のよう。
『心構え』ってそういうこと?
しかもマサキまで。そんな気迫、今まで欠片も出したことなかったくせに。
あたしは緊張と恐怖で動けない。
だって森本くんは今にもキレそうなのに、さやかはまったくひるまない。いや、気付いていない。
――お願いだからもうやめて……っ!
まだ消えてくれないトラウマが襲う。
悲鳴を必死で抑えても、震えだけはどうしても止まらない……
隣にいたマサキがあたしの手をそっと掴んだ。温かいマサキの手は、緊張で少し汗ばんでいる。
あたしの方なんて、一度も見ていなかったはずなのに。
だけど、最後に勝利宣言をしたのは、意外にもさやかの方だった。
* * *
「やっぱり二人とも緊張してた?」
ファミレスでメニューを広げながら、さやかは呑気に問い掛ける。
あの? 緊張の原因はあなたなのよ?
「緊張っつ~か……さぁや心臓に悪い」
「さやかの変な度胸を、あそこで見せられるとは思ってなかったわ」
さやかはあたしたちの言葉に、意外そうな顔をする。
自分がどれだけギリギリのところにいたのか、ほんとに自覚なかったの?
この子天然なんて言葉じゃ収まらない。
強心臓? その言葉でもまだ生易しい。何をしでかすかわかったもんじゃない。
親の育て方のせいで今は委縮しているようだけど、もしもそれがなかったら、とんでもない性格になっていたに違いない。
こんなのに惚れた時点で、マサキの女運は最悪なんじゃないかしら……
* * *
ようやくすべて――とは言い切れないけど、ほぼすべて――解決して、お腹も満たされて、あたしは久しぶりに気分が良かった。
森本くんとも一応の和解を見たし、さやかの茫然とした顔はなかなかの傑作だったし、いつかこれも笑い話のひとつになることを願うわ。
高見先輩の車を取りに森本くんの家まで向かう、その数分の間。
みんなの後姿を見ながら、事の顛末をどのようにまとめようかと考えていた。
「ところでよぉ、ミハル」
急に、耳元でマサキが囁いた。
さやかたちと歩いてたはずなのに、いつの間に?
相変わらず、この人は忍者っぽい。
「何よ。まだ何かあるの?」
さっきの怯えてた様子をからかいにでも来たのかしら。そう考えながらあたしが問うと、マサキは不敵に笑う。
「お前、俺のこと言えないぜ? お前がいつも誰を見てんのか――俺サマにバレてないとでも思ってたかぁ?」
――まさか。ばれてるはずないのに……ブラフに決まってる。
あたしの反応を見ながら、マサキは満足げににやりとする。
「ま、それだけは言っとこうと思ってよ。これで貸し借りなしってことでいいよな? あぁ、安心しろよ。俺は別にそれを利用しようとか、そういうことは考えてねぇからよ……」
そう言い残して、またさやかたちの所へ向かう。
――利用……?
利用。
今の状況でその言葉が出て来る理由なんて、ひとつしか考えられない。
「は……ほんとにばれてたのね……信じらんない」
苦笑しながらつぶやく。
弱みを握られた――以前のあたしならそう考えてただろうと思う。
いや、今だって相手によってはそう思うかも知れない。
でもあの憎たらしいマサキの態度には、何故かそんな風には考えられない。
ほんの少しだけ、抱えていた荷物を手放したような開放感。あの手に荷物を預けた安心感――だから逆に、少し悔しい。
「もう……やっぱり莫迦マサキ」
しょうがないから、行く末を見届けてあげるわよ。あんな調子じゃ、まだまだ先は長そうだけどね。
まったく、あんたたちはほんとに世話が焼けるんだから……
今回のお話はこれでおしまいです。
お読みくださりありがとうございました。




