#011 ファインダー
『目にはさやかに見えねども』の美晴視点のスピンオフ。
本編第六章『虚像 #03』辺りからのお話です。
中間テスト終了直後、このクラスでの初めての席替えがあった。
ちなみに入学当初は机の上にそれぞれ名前の札が置かれていたのだが、その並びになんの意味があったのかは、未だにあたしにもわからない。
出席番号順でもなく、成績順でもない。他のクラスもうちと同じくルールがわからない、シャッフルされたような席順だったらしいので、ひょっとしたら担任がビンゴでもやって決めているのかも知れない。
それはともかく、今回はくじ引きで席が決定した。
さやかとおしのちゃんは窓側で、あたしは廊下側。こういうパターンには慣れている。いつも、席替えにはあまり運がない方だったから、必要以上に落ち込むこともない。
……まぁ、ちょっとつまらないとは思うけど。
でも、あたしとしてはあまり森本くんの近くにいたくないので、プラマイゼロってところかしら。
あの人、どうしても癇に障る。
* * *
森本くんは、試験期間中さやかの隣の席だった。多分、人付き合いの下手なさやかにしてみれば、そこで初めて知り合ったようなものだと思う。
彼は普段から割と積極的で授業中も発表を嫌がらないので、教師からの受けはそこそこいい方の生徒。ただ、女子とはあまり関わらないタイプのようだったので、彼の方からさやかに話し掛けているらしい様子を見た時に、妙な違和感を感じたのよね。
さやかの方は、人見知りとか話すのが苦手とか言っている割に、話し掛けられたら無視できない性格だから……そう思って、さやかを森本くんからさり気なく引き離すつもりで声を掛けに行った。
なのに――何故か、一緒にお昼を食べるような流れになってしまった。
彼は多分何か考えているんじゃないのかと思う。さやかに興味を持っているであろうことは確実。
それならば逆に、こっちからも探ってみよう……そんな軽い気持ちであたしは森本くんに関わることにした。
さやかは「人懐っこそうな人だよね」なんて言ってるけど、ただ常識がないだけの人にも見えるのよね。常識がないというか、年齢相応な態度がまだ育っていないというか。
さやかとはまた違った方向の、子供っぽさが――子供特有の無遠慮さが見え隠れしているような。
それから、時々見せる変な――確証はまだないんだけど、探るような目をする時がある。あれはやっぱり『観察者』の眼だ。
あたしもどちらかというと観察者なので、その視線に気付いた時は同類なのかと思ったけど……よくわからない、というのが正直な感想。
唯一その視線が変化したのは、マサキが乱入して来た瞬間。
とても、驚いていた。なんと言えばいいのだろう……ああ、そうだ。「予想外だ」とでも言いたげな表情だった。
ところで、さやかたちが付き合っている噂って?
そんなのカオリ先輩が流したあの時だけしか出てないはずだけど。
男子の間では未だにその噂が流れているのかしら。そう思って調べてみたけど、その時はそんな噂が流れているのかどうかもよくわからなかった。
でもそれは表立ってではなく、ネットの中で秘かに流れているものだったのだと、あたしたちは後から知った。
* * *
試験後の教室は、担任が席替えを宣言した直後から、騒がしいことこの上ない。
早々に机を移動してしまったあたしは、一喜一憂しているクラスメイトを眺めつつ色々と思いを巡らせていた。
「……困るよ川口くん」
ふと、廊下からひそめた声が聞こえる。
――川口? マサキったら、一応授業中なのに廊下で何やってんのかしら。
「いいじゃねぇかよぉ。それとも、なに? お前あんだけライバル視してる態度取っといて、実は気があるとか?」
莫迦にしたような、からかうようなマサキの口調。ほんとに何やってんのよ。
一体相手は誰かしら……?
「そんなんじゃないけど――じゃあわかったよ。取り替えるから……」
「おう。年上の言うことは、素直に聞いた方が得だぜぇ」
普段は口に出さない『年上』アピールをするということは、誰かに何か、無理を通させたのかしら。
間もなくして、得意げな顔をしたマサキが教室に戻って来る。担任の田中先生は甘いから、その姿を見ても何も言わない。
マサキはただでさえ妙に目立つんだから、余計な行動は控えるように言っておかなきゃ。今はたまたま、たなっち以外の誰も気付いていなかったみたいだからいいけど。
その後から誰かが続いて来るのかと思ったのに、マサキはドアを閉めてしまう。
後を振り返ると、雨宮がこっそり教室に戻って来るのが見えた。
雨宮は勉強しか取り得がないような、典型的なメガネくんだ。
勉強が取り得なだけならマイナスにはならないけど、彼の場合はそれを周囲にアピールしようとするところが嫌味ったらしいのよね。
しかもどうやら無自覚。そんなんだから、彼はあまりクラスメイトには好かれていない。
雨宮は自分の机を重そうに運び、教壇の近くへ移動する。
その顔は何故か悔しそう。
そしてマサキはというと、やはり机を運んで――ああ。そういうことか。
あたしは一人で納得し、苦笑してしまった。
* * *
「ちょっと。マサキの班、今日は掃除当番でしょ? どこ行くのよ」
帰りのHRが終わって、まだ残っている生徒も半分くらいいてざわざわしている教室。
当番をサボる気満々でこっそり出て行こうとしているらしいマサキを、あたしは戸口で呼び止めた。
「ん~……? ちょっとヤボ用で。じゃぁな」
にやりと笑って、そのままマサキは廊下へ出てしまう。
窓際を振り返る。
さやかたちは、森本くんと話していて、マサキがいなくなったことに気付いてないみたい――そう思った瞬間に、足はマサキを追い掛けていた。
元陸上部の脚力をこんなことに使うのは、甚だ遺憾なのだけど。
階段まで――できるだけ静かに――走りつき、マサキを呼び止める。
「ちょっとぉ。用事なんて後でもいいでしょ? ちゃんと当番――」
「うっせぇなぁ、ミハルはよ。相変わらず――ってか、なんで追い付いてんだよ。随分脚速いんだなぁ?」
踊り場でようやく立ち止まったマサキは、鬱陶しそうな迷惑そうな表情で振り向いた。
あたしはむっとして言い返す。
「子供じゃないんだから、自分の責任くらい果たしなさいよ。大して時間が掛かるもんでもないででょう。そんなんだから――」
――そんなんだから、いつまで経ってもさやかがオトコとして見てくれないんじゃないの?
あたしは、そう言いそうになって無理矢理言葉を引っ込める。
「……そんなんだから、なんだよ? ん?」
マサキは口を尖らせて、階段を上って来る。




