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#010 心機一転

「――でさ、ミハちゃんならわかるかな?」

「……え?」


 急に話を振られて、物思いに沈んでいたあたしは戸惑う。



「携帯なんだけどね。いくつか選んで来いって言われても、僕は女の子の好きそうなデザインがわからなくて――だから、よければミハちゃんに一緒に選んで欲しいんだけど」



 急に現実に引き戻されてしまった。



 アキさんに見せられたチラシは、携帯のオリジナルデザインのカタログになっていた。


 お店の住所は、あたしが降りる駅の近くだ。

 少なくとも、用事でこの列車に乗ったというアキさんの言葉は嘘じゃなかったということになる。


 そんな小さな事実にも、あたしは安堵している――嘘をつかれて、そのまま置き去りにされないかと、被害妄想に囚われて怯えている。




「携帯って……使う人が選んだ方がいいんじゃないですか? 機能だって色々あるし。あ、でもそうか、プレゼントとかなら――」



 アキさんは、あたしの言葉でぱあっと表情を明るくした。


「あぁプレゼントね――そうか。そう言えなくもないな。うん。じゃあ例えば、ミハちゃんならどれがいい?」



 アキさんの喜ぶ顔は、年齢にそぐわないくらい幼く見える。ついつられて、あたしまで微笑んでしまった。


 この人なら、あたしを置いて行ったりはしない。

 だからあの時も心を許せたんだったわ……



「あたしなら? そうですねぇ……このホワイトパールが好きかな。ちょっとシルバーが入ってるような、不思議な色合い」


 以前のように気安く話すことは、まだできなかった。それでも以前の親しさをじんわりと思い出し、アキさんと話す楽しさが甦って来る。



「あ、この夜桜の風景みたいなデザインは、さやかが好きそう……オリジナルデザイン作る人ってすごいですね。どんな風に作るのか、取材させてもらって記事にしたら……って、今はそっちの話じゃないですよね」



 改めてカタログを眺めてみると、きれいなデザインが多い。目移りしそう。




「他に、お友だちのイメージに合うデザインってある? 例えば……東雲さんとか、マサキくんとか、担任の先生とかでもいいんだけど」


「そうですねぇ……おしのちゃんだったらきっと、ふわふわした可愛いものが好きだから――」




 買うために選ぶわけじゃないから気楽だし、『メモ』を参考にイメージを選ぶのが楽しい。


 きっと、実物はこの写真では表現しきれないくらいきれいなのだろう。

 写真では立体感を出すのが難しいうえに、これはカタログだから正面と側面、背面という面白くないアングルで撮られているんだもの。




 すっかり機嫌が治ってしまったあたしはお喋りになっていた。



 アキさんは何度もうなずきながら、時々何かをメモしている。

 この人を相手にしていると、いつもつい喋り過ぎてしまう気がするのだけど、聞き上手ってこういうことなのかしら。




 いつも長く感じてた四十分間が、今日はあっという間に過ぎた。


 そしてあたしは手を振りながら、駅前でアキさんたちと別れた。

 名残惜しかったけど、それは言葉にしない。あたしらしくないから。




 その代わりきっと、家までの道のりがやたらと長く感じる。





「またね」



 アキさんはそう言ってたけど、今日みたいな偶然でもない限りしばらく会えなさそう。



 連絡先を訊けばいいんだろうけど――ただそれだけなんだけど、なんとなく、そういう『当たり前』な知り合いになりたくない人だから。


 だからあたしは次の『偶然』を待つしかないのだ。



 * * *  * * *



「今日も早いのね……気を付けていってらっしゃい」


 毎朝繰り返す母の言葉。もう何ヶ月になるんだろう。



 でも高校に入学してから、当初の悲しそうな声色はほぼ消えた気がする。

 あたしが沈んだ表情で帰宅しなくなったからなのだろう、と、分析している。




 それに一役買っているのがさやかたちのみならず、あの問題児のマサキの存在というのが、まだ少し納得いかないけど。



「試験が近いから、なるべく時間作って勉強しなきゃと思ってて」


 あの日、母に選んだデザインは、柔らかくて温かそうなミルクティー色。




「だから帰りも部活の時くらい遅いけど、心配しないでいいから」


 母が今日着ているカットソーも、あのデザインと似たような色合いだ。

 なめらかなグラデーションが印象的で、母に似合っている。



「――お弁当、いつもありがと、いってきます」




 照れくさくて、勢いで、ついでみたいに言ってしまい、慌てて玄関を出る。

 母が息を飲む――そして、目を潤ませているだろう気配を背中に感じる。




 まったく、嬉しくても悲しくてもすぐ泣く人……大人なのに、泣き虫ね。





「まだ子供なんだから――後は大人に任せておいで」


 きっとあたしが大人になっても、アキさんは似たようなことを言うわ。

 母が大人になっても泣き虫なように、あたしが大人になっても。



 でも本当は『子供だから』じゃなく、そのあたしの役目、分相応を諭したんじゃないかと、今は考えている。


 だってアキさんはあの時も、あたしを子供扱いしてなかった。ぎりぎりのところまでは身守るだけで手出しをしなかったもの。




 だから、あたしにもそのことに気付いて欲しかったんじゃないかしら――って、考え過ぎ? 自惚れ過ぎかしら?





 列車の中で携帯のデザインを選びながら、みんなのことを考えてた。


 好きな色や、性格、個性――どんな食べ物が好きで、何をされると喜んで、何をされると嫌がるのかも。あたし、ちゃんと『知ってた』のに、ちっとも『理解』してなかった。




 ――そうね。今なら、あの時のあたしがマサキに対して失礼だったのが、よくわかるわ。



 確かに大きなお世話だった。


 きちんと謝らなきゃ。

 マサキが素直に聞いてくれるかどうかわからないけど。




 あたしが真面目に謝ったら、マサキはどんな顔をするかしら。驚くのかな。あの時みたいに茶化すのかな。


 時々腹が立つけど、それがマサキ流のコミュニケーションなのよね。




 アキさんも高見先輩も、母も――例え時々衝突したとしても、あたしをわかってくれる『大人』。あたしをあたしとして扱ってくれる人たち。



 さやかやマサキという『友だち』もいるし、あたしはもう、昔みたいに孤独(ひとり)じゃない。


 だからきっとこれからもなんとかなる、という確信めいたものが湧いて来る。




 初めの一歩として、現在(いま)の問題――試験勉強。これをあたしなりに効率化させてあげようじゃない。

 まずは昨日、神田先輩から教えてもらった情報。カバンの中には白いファイル。これだけでも少しは流れが変わるはずだわ。



 そしてあたしは、また新しい『今日』を始める。





今回のお話はこれでおしまいです。


次章は、『裏サイト』騒動の美晴視点での話になります。

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