不完全世界
白い天井。
白い壁。
そして白いベッド。
真っ白な空間の中で少女は目覚めた。初め、彼女は目をぱちくりと瞬いていたが、やがてだんだんと状況が飲み込めてくると、漂白されたように顔色を喪失した。
彼女は母の名を呼び、父の名を呼び、兄の名を呼んだ。だが応えはない。吐き出された言ノ葉は無残にも白さの中に吸い込まれて消えた。
次に彼女は壁に隠し扉がないか、じっくり検分した。だが徒労に終わった。どういうわけか、ネジ穴ひとつ、素材のつなぎ合わせた隙間ひとつすら見つけることができなかったからだ。彼女は足掻きに足掻き、希望を探し求めた。しかしそれが無駄な努力と悟るようになると、もともと血の気の薄い皮膚が、絶望のために脱色してしまう。
少女は泣いた。泣いて、喚いた。ここから出して、なんでもするからと懇願するように大きな声を上げた。だが声は散々部屋中を駆け巡ったあげく、疲れ果て、あげく狙い澄ましたかのように静寂に呑まれて消えてゆく。それでも彼女は叫んだ。泪が溢れ出るのも構わず、壁という壁を叩いて回り、掌から血が滲み出てくるのも構わずに。
しかし応えはなかった。
絶望からか、疲れからか、彼女の行動意欲が尽きる。彼女はもう何もかもを諦めたように、ベッドに寝っ転がった。
静寂が身体を刺してゆく。激情の反動か、全身が火照り、蚊に刺されたかのように痒い。身体中が熱い。痒くて痒くてたまらない。最初は手頸のほうからおそるおそる掻いていたものの、やがてそれではもの足りず、おずおずと服を脱ぎ、露出した肌を隠しながら掻いていた。だが誰もこない、反応もない、おそらく誰も見てるわけではないと思うようになり、羞恥の情もかなぐりすて、裸体を曝け出した。そして雪のように白い、血色のない肌を爪を立てて引っ掻き回す。掻けば掻くほど全身の熱が上がっていくのを感じる。気味が悪いほどに快と不快が混ざり合い、衝動はとどまるところを知らない。
突き立てた爪から刺激さる痛覚神経が、彼女の全身を焼いた。その熱情はさらなる飢えと渇望を生み出し、彼女は狂ったように全身を切り裂く。
顔面の皮膚が剥がれる。体毛は引き千切られ、鮮血が部屋を汚染していく。彼女はやがて自分の身体を切開して、内臓を吐き出してしまいたい衝動に駆られた。だが爪はそれほど鋭利ではなかったために叶わず、そのことがさらに彼女の痛痒を駆り立てる。
だがそこで彼女は思い至る。自分の、いや、人体に備え付けられた最も鋭利な武器の存在を。
躊躇う抑制装置はすでに壊れていた。
彼女は自らを喰らった。
初め、ゴムを咀嚼するような違和感があったがすぐになにも感じなくなった。あとは稲妻のような激痛と満たされざる飢えと渇きだけしかない。食した傍から身体は作られ、作られた傍から喰われる。永遠に終わらぬ悪夢。円環の不条理。ウロボロスの暗示。ついに灼熱の痛みのなかで、彼女は自己がなんであるかを失念し、時間と空間を呑み込んで巨大なひとつの宇宙と化した。
だが、その宇宙は永遠に未完のまま。不完全世界であった。