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「えっと、なんで私はよかったのかな? 払わなくて」
「ここのルールなんです。お気になさらずに」
問いに答えてくれたのはヴィタ。ここのルールねぇ……弱肉強食? ちょっと違う?
「今日はあざっす! じゃんじゃん食って飲んでくれ! あとできれば付き合ってくれ!」
「ないない。あとお酒はできればパスしたいかな」
カルマの戯言を右から左へ受け流す。食べはするけど。
「お姉さま、お酒弱いんですか? 兄さんじゃないですけどわたしたちのパーティに来ませんか!」
「とりあえずは一人で色々見て周りたいかなぁ……お酒は酔いはしないけど味がちょっと、ね。それになんか飲むと眠くなるし」
パーティ、ね。今はともかくそのうち集団行動することもあるかもしれないし慣れは必要かなぁ。っと、お酒か、あくまで前の身体の時ので返しちゃったけどこの身体はどうなんだろ?
「……(場所が場所ですしお酒は控えさせたほうがいいかもしれませんね」
「……(飲んで眠ったところを華麗に介抱! そしてお礼代わりに……アリだな」
「……(酔ったお姉さまも見てみたいっ。眠ったお姉さまも見てみたい!」
なにか混沌としたものを感じるのは気のせいなんだろうか。
――――――
「飲み始めた時は大丈夫なほうに祈りましたが……だめでしたか。……この変態は何故いつも潰れるほど飲むのか」
「兄さんはもう治りません。仕様です。そんなのよりリアお姉さまの寝顔を堪能するべきです!」
「ぐへへぇ……あぁ……そんな……まじで……もう我慢でけまへん……ぐごぉぁ……」
「「だめだこの変態はやくなんとかしないと」」
「お、エルフの姉ちゃん寝ちゃったのかい」
テーブルへ、悪い意味で有名で、けど実力のほどはそこそこ知られている男が近づいてきた。
「なにか僕らに用ですか?」
「あん? 用があるのはこの姉ちゃんだけだ。近くでみると綺麗で、それに触り心地よさそうな胸だな」
「ちょっと! お姉さまから離れてください!」
近づいてくる男に対してリィナとヴィタは止めようと立ち上がろうとするが、威圧に一瞬怯みその隙にミリアへと手を伸ばした。
ムニィ
その感触を、男は覚えておけることはなかった。条件反射なのかちょうどいいタイミングの寝相なのか、それは誰にもわからないが「ぁん……」という声がしたようなしてないような、声よりもその瞬間に起こった出来事にその場の全員が固まった。
メキメキドグシャァ 音にしたらそんな感じだろうか。ミリアのフォーム的にバックブローだったのだろう。その状態を見た時には男は既にその場にはおらず、壁を突き抜け百メートル単位で転がっていったとか。
巻き込まれたものがいなかったのは幸いか。男もミンチにはならず全治半年コースの怪我(魔術で治せるが)と割と高価で丈夫のはずの壁の修理費用を請求されただけで済んだという。
「……リィ、もうミリアさんにお酒を飲ませてはいけませんよ」
「はい、ヴィタさん。父に、母に、精霊様に誓います」
「ぐがぁ……」
「「知らないって悪いことばかりじゃない、か……」」
――――――
「ん……ふぁ……あ、寝ちゃって……た?」
両手を挙げ伸びをする。なんか胸を強調してるみたいだな……あれ、さっき壁に穴なんて開いてたっけ?
「お、起きたんですねお姉さま。眠そうですし宿までご一緒します!」
「(さすがリィですね……しかしながら好きから崇拝になったような……?)おはようございます。お酒だめだったみたいですね」
「あー、そうだね。やっぱ勧められても飲まないようにしようかな。苦くていまいちだったし」
やっぱあれだよね、嫌いなものや苦手なものをガンスルーし好きなものだけを飲み食いすることでストレスの無い充実した異世界生活が認可される!
宿シルレンまでの道程でなにか話してた気はするが眠すぎてほとんど覚えていない。ただやたら念入りに、もうお酒はやめテ! と言われていたことだけは記憶に残っている。
シルレンに着いた時入り口でシエラさんが出迎えてれた。潰れてるカルマを「あまり触りたくないとは思いますがちょっと持っててください。襟掴んでるだけでいいので」と言って押し付けられ、なにやら二人でシエラさんに説明していた。眠くなければ集中すれば聞こえたかもしれないがそこまでして聞きたいとは思わなかった。聞かれたくないからこれを押し付けたんだろうしね。
「……わかりました、大丈夫ですよ。これでも……」
「「よろしくお願いします!」」
「お願いされました。」
まとまったみたい。お願いってなにか相談? 頼み? でもあったのかな。これでもの後が聞こえなかったけど前に何かやっていてそれ関係のことってとこかな。……眠い。
「そうだ、忘れてました。これ受け取ってください。」
そう言ってヴィタに渡されたのは……五枚の銀貨?
「これは?」
「今日の西の森での仕事の報酬二十枚を四人で分けました。最初は全部渡そうと思ったのですが……」
「リアお姉さま全部って言ったらきっと遠慮して受け取ってもらえないなぁって」
「でも……」
「受け取ってください。ミリアさんがあの時あそこにいなければ僕らここにいませんから」
「お姉さま……」
「……わかった。もらっとくね。あとさ、その、森の調査? で二十枚ももらえるもんなの?」
「あ、いえ、本当は⑨枚だったんです。……実際は十二枚の仕事なんですけどね。あの変態がいきなりしゃしゃり出てきて「⑨枚でいい」と言い出しておい馬鹿やめろと止まる前に受付の人に「その謙虚さがモテル秘訣なんですね」と、語りだして気がついたら⑨枚で確定されていました……と、逸れましたね。それであの魔物がいたこと、それが確認できたことで危険手当ということで増額されました。」
予想外の格上の魔物がいたから増額、はともかく、それが無くても銀貨十二枚って……割と稼ぎやすい? まぁ銅貨一枚百円の価値としてそれ以下の硬貨がないから結構どんぶり勘定でそれが当たり前って感じになっててお金が回りやすくなってる……の……かな……?
「それではこのへんで、おやすみなさい」
「リアお姉さまおやすみなさい!また明日も逢えたら嬉しいです!」
「ヴィタもリィナもおやすみ。無茶しないようにね」
手を振り別れる。この町に長居するかはわからないけどちょくちょく顔合わせそうではある。
「ミリア眠いでしょう。すぐ寝れるようにしておくからお風呂入ってらっしゃい」
「はい、お世話になります」
――――――
私はミリアを風呂場へ案内し、部屋へ戻りすぐにベッドに強化の魔術を施す。
「ミリアの寝相に気をつける、か。たぶん寝返りで人を数百㍍吹っ飛ばしたって言ってたけど……一応用心しておこうかしら?」
…………
夜中、ふと濃厚な死の気配を感じ跳ね起きる。
「っ!?」
それはたぶん寝返りなのだろう。腕を振り上げ叩きつけようとしていた。寝相だからか特に速いといえるものではなかったが、その腕に纏った魔力は尋常ではなかった。
「(あのまま叩きつけたら強化したベッドどころかこの宿だけじゃなく周囲……いえ、この町が吹き飛ぶ!」
自分自身に全力の身体強化魔術を、床と迎え撃つ眼前に竜族の最大級の魔術でも問題なく防ぐ障壁を張る。
パリィッ パリィンッ
「っ~~~~~~~~!!」
あっさりと障壁を貫通したことで受けきることを諦め、受け流しと重力中和衝撃緩和に切り替え対応する。
ぎりぎりのとこで成功し被害無く第一の寝返り災害を阻止することに成功した。
「……寝たら……死ぬ……」
一年で傭兵組合・魔術士組合両方でランク⑩になり、その後も料亭→宿を切り盛りしながらも数々の武勇伝を持ち、常に余裕の笑みを浮かべていた女将シエラ・リーフィエルの人生最大の戦いは切って落とされた。
「私……この戦いが終わったら……知り合いに生きてる素晴らしさを説いて回るんだ……」
「シエラの勇気が世界を救うを信じて!」
「ご愛読、ありがとうございました!」