第5章 寂しい優しさ
第5章 寂しい優しさ
翌日。
ギタコの席の周りには人だかりができていた。
それは、彼女が新しく買ったギターに皆興味をもって・・・というわけでもなく・・・
「神崎さん、髪染めたの?」
ギタコの髪は・・・
「ピンクも可愛かったけど、茶色てのもまた可愛いね」
あれから、ギタコと栗城とオヤジの異色トークは1時間にわたり、その後、腹が減ったとわめくギタコを焼き肉屋へ連れて行ったはいいが、焼き方がわからないの一点張りで・・・、都合のいいように焼き担当ポジションに任命され、気が付けば制限時間終了。腹も減り、体力の限界を感じつつも、必死にギタコを護っ・・・、ギタコのおもりをした。裏葉がギタコを迎えに来たのは日付変更一時間前の11時。「ありがとう」の一言でも言ってもらえるかと思ったら「じゃあ」の一言。
そして、明彦は今、財布を見つめこの上ない疲労を感じている・・・
「ギタコはともかくとして・・・委員長まで、のっかってくるとは・・・。抜け目ないなぁ・・・」
「いーじゃん、委員長におごれたこと、もっと誇れよ。あれで中々倍率高いんだぜー」
「お前は別に誰だっていいんだろ」
「そんなことはない。俺はわりとピュアなのさ」
「・・・」
「なんだ、その顔は?せっかくいいこと教えてやろうと思ったのに・・・。いーのかな?」
「いーこと?」
石神は窓の外の方に指を指した。その指先には校門、登校してくる生徒達でにぎわっている。
「んで?」
「校門の近くにある、いかにもって車。見えるか?」
校門から少し目をはずすと、何の変哲もない車が一台止まっていた。
「弾薬の臭い、距離からしてあの車からだ」
「弾薬って銃か?」
弾薬、その言葉聞いた途端すぐにそれは「銃」という言葉に変換された。
そして、銃という言葉は不安に変わる・・・
「こんな朝からそんな物騒なもん持って、何やってるんだろうな」
「まさか・・・ギタコを?」
けらけらとガールズトークに花を咲かせているギタコに反射的に目をやった。
別に覚悟をしていなかったわけではない、それでもものの一週間強で再びギタコを狙くるなんてことは考えていなかった。
少し焦った表情を見せる明彦に対し、石神は涼しい顔を浮かべていた。
「いや、違うだろ。少なくともこの間のやつの臭いじゃない」
「臭い・・・?そういえば、お前の能力はそんなんだっけ?」
「それに、・・・、この臭いの濃度・・・弾数はおよそ8発。車の中には、中年の男の臭いと・・・、20代半ばの男の臭い・・・。そうすると、拳銃は2丁。1丁につき4発・・・」
明彦はそっちのけでぶつぶつと何かをつぶやく。
いつになく真剣に悩んでいる石神はいつもとは少し違って見えた。
「・・・4発の銃なんて・・・。いや、最初の1発は空砲?だとしたら・・・」
「蒼、どうした?」
「あいつらは警察だ」
「警察?」
「あの感じじゃあ、学校の警備に来ましたってわけでもなさそうだな・・・」
「警察がなんでこんなところに?」
「そこまでは知らねーよ。ただ、警察がいるってだけで不自然だ・・・。理事長様に聞いてみたらどうだ?許可なしには向こうだって校門前陣取れないだろう」
「その理事長様なんだがな・・・」
「何か?」
明彦と石神の後ろに、仁王立ちする裏葉の姿、随分と様になっている・・・
「お前、いつからいたんだよ・・・」
「あれはあたしがここにいるからよ」
「(スルーかよ・・・)で、お前はなにやらかしたんだ?」
「殺されるかもだって、あたしが」
顔色一つ変えずに裏葉は言ったが、それを真に受ける明彦ではなかった。
「殺されるねぇ・・・、で本当のところは?」
「・・・、殺される」
二言目の言葉でようやく、気づいた。
裏葉は本気だ・・・と。
「殺されるって誰に?」
「今話題のステ魔、警察の方がご丁寧にボディーガードまでつけてくれた。いらないって言ったのに」
「殺人予告?わざわざそういうことするか、普通」
「なんでも被害者の遺物の中に、リストみたいのがあったらしいの。それで被害者の名前の次にあたしの名前、ってなわけよ」
殺されるかもしれないというのに、裏葉は随分と他人事の用に振る舞っている。
明彦にはそれが余計に心配だった。
「感謝される覚えはあっても、恨まれるなんて世の中は随分理不尽にできてるのね」
「そう言う態度が知らず知らずと・・・」
「んでも不自然だよな」
「何が?」
「だって3年間で何十人も殺ってるやつだぞ。そんなへまやらかすか?」
人を殺してもなお、正気を保ちつつ証拠も残さず何人もやってきた殺人犯が、犯行リストを落とすようなまねをするだろうか・・・
「やつらだって、へたぐらいうつわよ。それに殺害現場は閑静なところで、おまけに被害者は連れ娘って話。だいたい想像つくでしょ?」
「まぁ・・・なんとなくは」
「・・・」
「ってことで、数日間、ギタコはあんた達で面倒見て」
「・・・は?」
「あたしの側にいたら危険な目に遭うかもでしょ?」
「そうだけどさ・・・」
「この前はバニ子がいたから預けてられたけど、今彼女は・・・、なんやかんやでパリにいるみたい」
「パリ・・・ですか?」
パリはなんやかんやで行くところではない、断じてない・・・
だが、バニ子ならあり得なくもない。
そんなことを思った明彦のそれとはうって変わって石神は、
「おいおい、そっれってのはつまり、年頃の女を自分の家に合法的に連れ込むってことか?」
石神の言うことは特に間違ってはいない、むしろ思春期の男の子の一番の素の反応だ。
だが、だからといって思春期の男の子はそのようなことを口に出すこかといったらそうでもない。
「そういうことになるわね」
「なるほど、そうなると・・・」
「おい、ちょっと待て。何そんな勝手に話進めてるんだよ。ギタコだって一応女の子だぞ」
中身はほとんど小学生と変わらないのに、見た目だけは一ちょ前。
それに加えて、石神のややこし説明が明彦の頭の中に入り込んできた。
「・・・おいおい、アッキーは一昔前の平成のシャイボーイかなんかか?今の世の中、そんなんじゃ生きていけねーぜ」
「こういう路線でいってるやつに限って、すぐ脱線するのよね。まだ、蒼の方が信用できそうだわ」
「それは・・・ないだろ・・・」
残念とかアレとか散々言われきたが、それとは比べものにならないくらい明彦のプライドは傷つけられた。
「ということで、なんかあったらここに」
電話番号とアドレスが書かれた紙を一枚差し出した。
「とりあえず1週間くらい様子見ってことでよろしく。それからあんまりあたしに話しかけないようにしなさい」
「なんで?」
「あたしの連れだと思われて殺されかねないから」
明彦の方に脅すように手を置くと、裏葉は自分の席に戻っていった。
「嫌なヤツ」
「ほんと、馬鹿なやつだよ・・・アイツは」
「ん?」
日も暮れはじめ、街灯が夜道を照らし始めている。
そして、とあるアパートの一室。
学校終了後、石神はギタコを引き連れ明彦の部屋を訪れていた。
「ん?・・・何それ?」
「だから、極秘会議だって言ってるだろ」
「極秘っていうのは、誰にも言っちゃいけないってことだよ。それくらいンチョにもわかるでしょ?」
「なめるな・・・で、なんで極秘ってことは・・・ブラフ関係?」
「その通り」
「じゃあ、裏葉を呼ばないと・・・」
明彦は携帯をポケットから取り出そうとするが、
「おやめなさい」
石神にどこかのおばさんじみた口調で、携帯をはじかれた。
「何すんだよ」
「極秘って言ってんだろ、極秘」
「わかんないかな、極秘っていうのは・・・」
「わかってる・・・だから言わんでいい・・・」
細かいことを突っ込むとこの流れがループし続けそうな予感がしたのか、明彦は素直に石神の言葉に適当に頷いた。
「要するに、裏葉はあやしいってことだ」
「なるほど、ギタコもやっぱりそう思ってた」
「・・・、お前ら・・色々要し過ぎ、過程が見えてこないです・・・・」
「ちっ」
よくわからないがギタコに舌打ちされた・・・なんか傷ついた・・・
「まぁまぁ、とりあえず、ギタコ、お前からどうぞ」
明彦は何故か星座させられ、ギタコは二人の前に偉そうにそびえ立った。
「あれは昨日の夜のことでした。ギタコがお風呂上がりにコーヒーにゅーぎゅーを飲んでいると、裏葉の部屋から、すすり無く声が聞こえてきたのです・・・」
「おいおい・・・納涼にはまだ早いぞ・・・」
明彦の言葉などまるで無視して、ギタコの話は続く。
「いつも、気丈に振る舞っている裏葉・・・、でも家に帰ってくれば一人の女の子。そんなこともあるのか・・・と、ギタコは冷蔵庫からもう一本、コーヒーにゅーぎゅーを取り出しました。決して自分で飲もうとか卑しい考えではなく、裏葉を慰めてあげようとおもったのです」
「ギタコ・・・お前ってやつは・・・」
「ここ、感動するとこか?」
「そして、ギタコは裏葉の部屋の扉を開けました。そうすると裏葉はまだ泣いていました。優しいギタコは、裏葉がコーヒーにゅーぎゅーを飲めなさそうだったので、裏葉の分も飲んであげました」
「・・・つっこんじゃいけない・・・」
明彦は必死に耐えた。
「そして、裏葉になんで泣いてるの?と聞くと、『なんでもない』と強がりましたが、ギタコは裏葉を抱きしめてあげました。そうしたら裏葉の手から・・・」
「手・・・から」
「・・・黒い指輪がでてきたのです・・・」
「きゃあーーーーーーーーーー」
どこに、絶叫するところが遭ったというのだ。
ノリで叫び声を上げる石神にさすがに明彦は付き合い切れなかった。
「・・・んで、それが?」
「裏葉・・・結婚するのかなぁーって思いました。おしまい」
「・・・」
「ギタコ、貴重な情報提供に感謝する」
石神はギタコに敬礼をし、ギタコもそれに答えた。
「では、次は俺だが・・・」
この流れ・・・、明彦はまた糞つまらない話を聞かされるのか・・・そんなくだらないことを期待したのだが、
「連続不審死事件の犯人、ブラフの可能性有りって、しょうも無いことだ」
「は?お前何言って・・・」
「ふざけてるつもりはない」
石神はおろか、ギタコでさえいつになく真剣な顔をしている。
「今朝の話だが・・・裏葉は俺たちと会話の中で連続不審死の犯人を「やつら」と言っていた」
「やつら・・・別におかしくは・・・」
「わかんないかな、ンチョ。普通はきっと犯行は一人だと思うはずだよ」
何十人も殺してきた・・・、確かにそれだけを鑑みれば、多数犯ではないことは容易に想像が付く。
「じゃあ、お前に質問。何人も殺したやつをお前は許せるか?」
「は?そんなやつ許せるわけねーだろ」
石神の真意はわからなかったものの、殺人犯を許せるかという問いにはもちろんNOと答えた。
「今、お前は「そんなやつ」って言った。なんで「そんなやつら」って言わなかったんだ?」
「そういえば・・・」
「そう。街灯のインタビューで「何人も殺した殺人犯」という情報を与えられれば「そいつは許せない」とか「そんなやつ、早く捕まってほしい」とか、ほぼ100%でみんなそういうだろ。でも「そいつら」なんて言うヤツは限りなく0だ」
「・・・」
「そういうのを言えるってことは犯人が複数犯だって断定できてるってことだろ?犯人を知ってるとか、心当たりがあるとかだろ、普通」
「どういう・・・ことだ」
「わかんないかな?裏葉にこころあたりがるとすれば、ブラフしかないってことだよ」
「それって・・・」
連続不審死×裏葉心当たりある=ブラフ=・・・・
「裏葉の親父が被害者の一人って可能性があるってことか・・・」
「それを今から調べるんだろ」
石神は自前のノートパソコンを開く。
そして、「ステ魔」、「被害者」と打ち込み、検索のボタンを押した。
小さいノートパソコンの画面をぎゅうぎゅうになって三人は眺める。
「・・・、白銀なんて名前ないけど・・・」
「あれ、ほんとだ・・・」
1人目から、最新の23人目までをもう一度よく見直したが、やはり白銀なんて名字はどこにも見あたらなかった。
「何がブラフだよ・・・、変に緊張させるなよ」
明彦の肩の荷は一瞬にしておりる。
「だいたい、ブラフってのがわざわざ表社会で問題起こすとか考えらないだろ」
「それなら、それでいいんだけどな・・・。でも、お前にそんな正論言われるとむかつくな・・・、お前はお馬鹿担当だろ」
「はぁ?」
石神と明彦が言い争うっている最中、ギタコは一人、パソコンの画面と向き合い、キーボードを叩いていた。
「ねぇねぇ、ステ魔ってのは悪いやつなの?」
「悪ヤツって・・・そりゃそうだろ。人殺してるんだぜ」
「でも、殺された人って・・・みんな悪い人みたいだよ」
「悪い・・・人?」
明彦と石神はギタコを押しのけ、パソコンの画面を見た。
「・・・、なんだ・・・これ」
画面の中には「赤い天秤」と書かれたホームページがあり、その中には今まで殺された人間のプロフィールがこと細かに記されていた。
「大議員の息子、女子校生をレイプするも圧力により不起訴、その後その女の子は自殺。当時13歳の少年、むかついたという理由で同級生を殺すも「完全な責任能力」がないと言う理由で刑法の適用はされず。反省の色は皆無で、その後何度も万引きを繰り返す。被害者の両親は法に必死に訴えかけるも、その訴えは届かず。その後、離婚・・・」
「・・・」
「んで、ステ魔ってのは悪いヤツなの?」
ギタコの言葉は大きく心にのしかかかった。
勉強の面では特に同世代の人とはさほど遅れはとらない、むしろ、進んでいる。まだ高校2年生ながら、もう高校で習う全てを網羅している。だから、明彦立ち寄りもこのネットに書かれている文面のことは良く理解できているだろう。
だが、この点におけるギタコの考えはとてもピュアで正しすぎる、ヒーローを信じている子どものように・・・
「・・・、それは・・・」
明彦は上手く答えることができなかった。
正しくない・・・、そうは思っても何故正しくないのかはわからなかった。
人を殺してはいけない、そんな当たり前のルールでは自分自身はおろか、ギタコを納得させることもできないだろう・・・
「ギタコ・・・それは自分で考えることだ」
「蒼・・・?」
「俺にもその答えはわかんねーよ。それに、人によってその答えは違う。だから、それは自分で考えることだ」
「んーん、わかんない」
考える何てことは全くせずにギタコは即答する。
「だけどな・・・ギタコ、今、自分の仲間の命をねらわれようとしてるんだ。そいつの行いが正しかろうが、裏葉の仲間である俺たちにとっては・・・そいつのやってることは正しくない、わかるか?」
ギタコは何度も首を縦に振った。
石神は時々、急にまじめになり出して中身のあるようなことを言う、裏葉が石神を信用してるのはこういうあるのかもしれない・・・
「とりあえずは・・・裏葉がステ魔について何か知ってるってことだ。ブラフとは関係ないにしてもな」
「でも・・・俺たちに何ができるんだ?そういうのって警察のやることじゃ・・・」
「ごめんで済むなら警察はいらねーんだよ、ンチョ」
「何人も殺してきたてるステ魔に対して裏葉は妙に落ち着いてた。それに、警察はいらないとさえ言ってた」
「それは犯人に心当たりがあって・・・、でも警察はいらないって・・・?」
「警察はいらない・・・じゃなくて、警察じゃどうにもならない、こう考えられないか?」
警察じゃどうにもならない・・・ついこの間までならそんな物は宇宙人とかすんごいテロリストぐらいにしか心当たりが無かったが、今はそんなものよりももっとリアルなものを知っている・・・
「権利能力者?」
「ブラフだけが権利能力者組織ってわけじゃないだろ?俺たちみたいのがいる時点でその可能生はあるだろ?」
「ブラフがギタコをねらってるのはね、消えられる能力が欲しいんだって裏葉が言ってた。目的が違うんじゃない?」
「目的?」
明彦は被害者のプロフィールを一通り読み終えると、どの被害者も結果的に誰かを殺したにもかかわらず、罰を受けていない、言わば法で裁けなかった人間だけだった。
「要するに、法で裁けなかったやつを代わりに裁くってことか」
「じゃあ、裏葉はどうして・・・」
「裏葉はいいやつだよ、人なんか殺すわけないよ」
「それは、言われなくてもわかってる。向こうが一方的に恨んでるかもって可能性もなくはない。それに・・・」
石神はパソコンの画面を指さした。
「掲示板に「○○を殺してください」とかくだらねぇーこと書いてあるだろ?もしかしたらこういうのを参考にしてるかも知れないぜ」
「そんなんで・・・人を殺すのか・・・」
「そんなら毎日殺人起きたっておかしくはない。3年間で23人・・・、大体1ヶ月半くらいは情報集めて品定めってとこじゃないか?むやみやたらに殺してるってわけでもなさそうだな」
「・・・そんな冷静に・・・」
「見えない相手に権利振りかざしてるだけじゃ、なんの意味もないだろ。裏葉がいない今俺たちの戦力は半になったといっても過言じゃない」
半分・・・、それは決して3人で半分ということではなく、ギタコがおよそ9割強を占めているということだ。
自分の力がわからない明彦。
下着の臭いをかぎ分ける石神。
そして、姿を消せるギタコ・・・
どう考えても、ギタコのそれは突出している。
「裏葉がギタコを俺たちの所に預けたのもそういうことじゃないのか」
「なんも・・・言わないでか?」
「それがあいつなりの気遣いだろ」
そんな裏葉の心遣いは少し温かく、ちょっぴり冷たく感じられた。
気を遣ってくれる優しさと、頼られることのない信頼の希薄性。
申し訳なさそうにする明彦とうってかわって石神は、
「とりあえず、今俺たちができることは黙って事態を静観するか・・・」
石神はにやけた顔で明彦の顔をみる。
「な、なんだよ」
「どっかの誰かみたいに知らず知らずの内に当事者になって巻き込まれてしまう・・・とか」