8.あなたと一緒に(1)
町の外れにある古びた宿屋。
その一室で、リディアは不安げに外を覗いていた。
(今のところ、レイを追ってくる人はいなさそうね)
ひとまずここは安全だと思い、ほっとする。
そして、また別の不安が込み上げてきた。
(師匠が王宮に向かったとはいえ、レイが反逆者じゃないって説得できなかったらどうなるんだろう?)
薬屋として薬を卸しながら生活しているリディアは、決して生活にゆとりがあるわけではない。働かなくても一カ月位はなんとかしのげるが、その先は食べる物にも困るだろう。
(どうしよう……)
色々なことを考えてしまい、どんどん不安になる。
そのとき、背後からぎゅっと抱きしめられた。レイだ。
「レイ。どうしたの?」
リディアは身を捩って、レイを見上げる。
「リディアの元気がないから、大丈夫かなって思って」
意外な言葉に、リディアは目を丸くする。レイは心配そうにリディアの顔を見つめていた。
(レイに心配かけちゃうなんて……)
自分のほうが年上なのに。こんなことではだめだと、リディアは自分自身を叱咤する。
「なーに。気のせいだよ」
リディアは努めて明るく笑う。けれど、レイは心配そうな顔をしたままだ。
「リディア。俺の前では、無理に強がらないで」
レイの腕に力が籠る。
たったそれだけのことなのに、胸が震えた。
(そっか。レイは私のこと、すごくよく見てくれているんだね)
無能魔女と周囲から陰口を言われていたリディアは、辛いことがあっても笑ってやり過ごすことに慣れていた。能天気でバカな女と周囲には思われていただろう。けれど、内心は辛かったし、悲しかった。
それでもいつも仮面を被って、何事もなかったように過ごしてきたのだ。
けれど、レイはリディアのちょっとした変化に気付いてこうして心配してくれる。
シリル以外に頼る存在がいなかったリディアにとって、初めてのことだ。
「うん、ごめんね。これからどうなるんだろうって、ちょっと不安になっちゃって……」
リディアが俯くと、レイはきゅっと口元を引き結ぶ。そして、リディアと目線が合う位置まで体を屈めた。
「リディア、絶対に大丈夫だから。リディアの世界は俺が守るよ。リディアのためなら、なんだってしてあげる」
「レイ……」
追われているのはレイであり、彼のほうがリディアの何倍も不安なはず。それなのにこうして自分を励ましてくれることに、胸がぎゅっと掴まれたような気持ちになる。
「うん、ありがとう」
微笑むと、レイも釣られるように微笑む。
ふたりの距離がさらに近づき唇が重なりそうになったそのとき、突然レイに抱きかかえられた。
「レ、レイ⁉」
リディアは驚いてレイから下りようする。しかし、がっしりと抱えられて動けない。
「しっ。リディア、静かに。囲まれてる」
レイの真剣な表情に、リディアはハッとする。次の瞬間、ドーンと音がして宿屋の壁が吹き飛ばされた。
「きゃっ!」
突然のことに、リディアはぎゅっと目を瞑り、自分の頭を抱える。
ふわっと浮遊感を覚えて目を開けると、地面がはるか遠くに見えた。
(何これ? 浮遊魔法⁉)
幼いころから魔法の英才教育を施されたので浮遊魔法自体は知っている。けれど、誰かが使っているのを見るのは初めてだ。
「リディア、逃げるよ」
レイがそう言うのとほぼ同時に、ふたりの体が地面に向かって落ちる。
「きゃーっ!」
地面に激突すると思ったリディアは、思わずレイの首にぎゅっとしがみ付く。
しかし、衝撃は来ずに再び浮遊感を覚えた。
レイの足がトンッと建物の屋根を蹴り、再び空高く舞い上がる。
「すごい……」
体が軽くなり、ひと飛びで数十メートル進んでゆく。
「逃げるぞ! 追え!」
追っ手の魔法使い達が叫ぶのが聞こえた。
追っ手のひとりが、同じく浮遊魔法で接近する。
「貴様! 王族を騙る反逆の疑いにより、同行を命じる!」
「はあ? 王族を騙ったことなんて、一度もないんだけど?」
レイは不機嫌そうにその男を見ると、リディアを片腕でしっかりと抱きしめてもう片手を振る。「ぎゃっ!」と悲鳴を上げて男は地面へと落ちて行った。
しばらく逃げ続け、ようやく追っ手がいなくなったのを確認したレイが地上に降りる。
リディアを卸したレイは、ふうっと息を吐いた。




