第171話 優太_男として愛されたい
ゆずと一緒に散歩から部屋に戻ると布団が敷かれており、普段体験しない事だけに少し感動する。敷かれた布団を踏まないよう回り込んで、備え付けの冷蔵庫を開けた。
ビール缶が入っているのを見つけてゆずに飲み直すか振り向いて聞いてみたが、黙って両手を広げている。なんだ?と思いつつも先ほどの卓球のノリで俺も両手を広げて少し腰を落とした。
「なに?今度は相撲か?それともカバディ?」
「違うよ」
そう言いながらゆずが俺にそっと抱き着いてきた。驚いて思わず息をのむ。抱きしめ返して良いのかわからず、両手は宙ぶらりんのままだ。
「…いつも我慢させてごめん。一緒にいてくれてありがとう。」
その言葉に目頭が熱くなった。頷くとそっと両手をゆず腰に回す。ゆずの頭に頬をつけながら、ゆずってこんな香りだったんだな、といまさらながら気づいた。ゆずと付き合って2年少し、付き合った当初でさえ、抱きしめあったことはほぼなかった。
お互い無言で抱きしめ合っていたが、どうしても、もう一本踏み込みたかった。ゆずの首筋に唇をそっと這わせ、腰に回していた手をお尻に滑らせた時、胸に強い衝撃を感じた。
真っ青な顔をしながら両手で自身を抱えているゆずを見て、俺が無理やり襲ったような気持ちにさせられた。先ほどは目頭が熱くなるくらい嬉しかったのに、今では胸が痛い。
俺は「ごめん」と言いながらうつむく。瞬きをしたら涙が零れ落ちそうだった。怒っているのだろうか。ゆずは真顔のまま黙っていた。ゆずの特質を理解していながら、超えてはいけない一線を踏み込んでしまったことに申し訳なさを感じつつも、それ以上に拒絶されたことへの悲しみが勝った。ゆずから歩み寄ってきた後だけに、期待からの落差が大きい。
「ゆず」
名前を呼ぶと彼女は弾かれたように顔を上げ、視線がぶつかる。
「無理しなくていいんだよ。」
できる限り自然に笑えるように口角を持ち上げる。黙って頷くゆずをみて、俺はバスタオルを手に取ると「温泉に行ってくる。ゆっくり休んでて。」そう言って部屋を出た。必死でこらえているゆずは傍から見ていても痛々しく、見ているこっちまで辛くなる。
他の宿泊客から不審に思われないよう、目をぬぐって深く息を吐くと大浴場へ向かった。
たっぷり1時間ほど露天風呂と外気浴を繰り返して、サッパリした状態で部屋に戻った。
ゆずの申し訳なさそうな顔を無視して、冷蔵庫を開けるとビールを取り出し、「一緒に飲む?」と声をかける。ホッとしたように微笑みながらビールを受け取ったゆずと窓際の椅子に腰かけた。
お互い仕事の話をしていると、ゆずが窓から見える月を眺めだした。こういう時、ゆずの頭の中ではデザインやコーディネートのことでいっぱいだ。生きがいを仕事にしていると言ってもおそらく過言ではないであろうゆずの姿は羨ましくもあり、しかし、今は少し寂しくも感じた。
せっかくの俺の誕生日なのに、と駄々っ子のような大人げない意見が俺の中で飛び交う。しかし、俺が惹かれたのは一つのことに没頭するゆずの姿なのだ。それが今では寂しく感じるようになるとは…。
ビールを飲み終えて寝る支度をすると、ゆずが緊張した面持ちで言った。
「寝る時、手だけ繋いで寝たい」
思わず眉間にシワを寄せてしまった。先ほど突き飛ばされた事を思い出す。
「本当に無理しなくていいんだよ」
「わかってる。でも努力させて欲しい」
絶対に譲らない、そう顔に書いてある。俺は小さく息をついた。
どうしてこんなに意固地なんだ。ゆずが俺の気持ちに応えようと一生懸命、自分を変えようとしてくれることは分かる。しかし、それが性質である以上、克服できる、治る、といった類のものではないだろうし、矯正すべきものでもないはずだ。それになにより中途半端にされるのが一番辛い。
敷かれている布団をくっつけて、それぞれ布団に潜り込む。手を繋ごうとしたがどのくらいの強さで握るべきか、指は絡めない方が良いのか、一体なにがゆずにとって正解なのかわからず、彼女の手に自分の手のひらを重ねる程度に留めた。
おやすみ、と言い合いしばらくするとゆずの寝息が聞こえてきた。俺は試しに指でゆずの手を突っついてみたが反応はなく、本当に寝ているようだ。あまりの寝つきの良さに拍子抜けしてしまった。
しばらく月明かりに照らされてうすぼんやりとしている天井を眺めていると、どうしようもなく涙が出てきた。寝息を立てているゆずに気づかれないよう静かに口で息をする。
好きな人から男として必要されないことに、どうしようもない寂しさを感じた。そして、好きな人が望んでいるプラトニックラブに応えられない自分の情けなさに、涙を止めることができなかった。
こんな中途半端は逆に辛い。ゆずが努力をして俺に歩み寄ってくれているのはわかる。しかし、どうして急に言い出したんだろう?
俺は知夏を思い出した。思いっきり抱きしめて、あの柔らかい胸に顔を埋めたい。心ゆくまで知夏とセックスをたまらなくしたくなった。
やはり俺は付き合うのなら、彼女から男として求められ必要とされ、男扱いをして欲しい。これはもうごまかしようがない本音だった。もし、ゆずと友達に戻れるのなら戻りたい。
ゆずほど気の合う女友達は他にいない。ゆずを彼女だと認識するから辛いんだろう。女友達との旅行と思えば、こんなにも楽しいものはない。
静かに寝息を立てているゆずの手をそっと放して、俺は背を向けて目を閉じた。




