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越後の軍神に愛された男〜軍神の正体は女性でした。傍に居続けたのは俺だけです〜  作者: 大夢虎鈴


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第七半章 禅と炎 第7.5-2話 座禅と研究者

「座禅を組んでみろ」


景虎が言った。


「……俺がですか」


「他に誰がいる」


灯真は庭に向かって結跏趺坐を試みた。


右足を左の腿に乗せた。


左足を右の腿に——乗らなかった。


「……足が」


「慣れていないからだ」


「こうなりますか。普通に」


「なる」


景虎が無表情で言った。


諦めて、半跏趺坐はんかふざにした。


背筋を伸ばした。


両手を膝の上に置いた。


「目を閉じろ」


閉じた。


暗かった。


暗い中に、庭の音が来た。風の音。鳥の声。遠くで水が流れている音。


「頭を空にしろ」


「……空にしようとしていますが、できません」


「なぜ」


「いろいろ考えてしまうので」


「何を考えている」


間があった。


「……あなたのことを」


景虎が止まった。


止まったのが、目を閉じていてもわかった。


空気が、少し変わった。


「儂のことを考えるな」


「考えないようにしようとすると、考えます」


「……難儀な男だ」


「そうです」


沈黙があった。


長い沈黙だった。


灯真は目を閉じたまま、その沈黙の中にいた。


(なぜ考えてしまうのか)


研究者として分析しようとする。


しかし答えが出ない。


炎の前では余計なことを考えなくなる、と景虎に言ったことがある。あれは本当のことだった。


しかし今——炎がなくても、景虎のそばにいると、余計なことを考えなくなる。


それは矛盾していた。


景虎のことを考えているのに、余計なことを考えていない。


では景虎のことは、余計ではないのか。


「灯真さん曲がってますよ!」


外から声が来た。


才助だった。


「背中がくにゃってなってます! もっとこう、ぴんとしないと!」


「そこの男」


景虎が言った。


「す、すみません。俺、ここにいたらまずいですか」


「静かにしろ」


「——はい!」


才助の気配が、境内の奥に消えた。


灯真は姿勢を直した。


「お前の連れか」


「才助です。来ていたとは知りませんでした」


「あの男は、お前の後をついてくるのか」


「……よくわかりません」


景虎がわずかに息を吐いた。


笑ったわけではない。しかし何かが、少し和らいだ。


「——灯真殿、景虎殿」


穏やかな声が来た。


廊下から、白衣の老僧が歩いてきた。


天室光育てんしつこういく[※林泉寺の住職。景虎が幼少の頃から師事してきた禅僧。景虎の数少ない「素顔」を知る人物の一人。]だった。


七十がらみの、丸い目をした人物だった。


「珍しいものを見た」


天室が二人を見て、目を細めた。


「景虎殿が誰かを中に入れたのは、初めてではないか」


「……余計なことを言うな」


「はっは。軍神殿が照れておる」


「照れていない」


「そうか、そうか」


天室が嬉しそうに廊下を歩いた。


去りかけて、灯真を振り返った。


「あなたは、炉の研究をしている方だな」


「はい」


「景虎殿が時々、お話をされる」


景虎が「天室」と低く言った。


「はいはい。邪魔をせぬよ」


天室が行ってしまった。


庭に、また静けさが戻った。


灯真は少しの間、廊下の向こうを見ていた。


「……照れているように見えます」


小声で言った。


「お前も黙れ」


景虎が即座に言った。


灯真は黙った。


しかし、胸の中に、小さな温度のようなものが残った。


何なのかは、考えないことにした。


考え始めると、空白どころではなくなる。


目を閉じた。


今度は、少しだけ、空白に近いものが来た。


---


帰り道は一人だった。


才助が「お腹が空いたので先に帰ります」と言って、ずっと前に消えていた。


山裾の道を歩きながら、灯真は思った。


あの人は、一年に一度ここで人になる。


甲冑を脱いで。刀を置いて。


軍神でも越後の主でもない、ただの人の形で、庭の前に座る。


そういう時間を、誰にも言わずに持っている。


(……今日、俺はその場所を教えてもらった)


なぜ入れてもらえたのか、まだわからなかった。


景虎自身にも、たぶんわからないのだろう、と灯真は思った。


わからないまま「入れ」と言った。


それでよかった。


理由のないことには、理由を求めなくていい。


夏の夕方の光が、道の両側の木を金色に染めていた。


涼しかった。


林泉寺の方向から、風が来ていた。


灯真は少しの間、立ち止まって、その風を受けた。


それから、城に向かって歩いた。

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