第八話「街に村、依頼に……、土下座?」
急激な疲労感に襲われ意識を手放してから、どれほどの時間が経っただろうか。
ふとまぶたの裏に明るい光を感じ、僕はゆっくりと目を開けた。
見上げた空は朝焼けの終わりを示す薄い青色に染まっていた。
木々の間からは既に強い日の光が差し込んできている。
昨晩はいつの間にか眠りについてしまったようだ。
「ちっ!俺様としたことが、油断したぜ!」
僕はすっきりした意識の中、震え声で目覚めの俺様ロールを叫び舌打ちをした。
このゲームでは肉体の疲労はないが精神的な摩耗が限界を超えると、強制的に意識を奪われるのかもしれない。
全員がそうではないかもしれないが、少なくとも僕はそうなってしまうのだと思って行動する必要があるなと考えた。
幸いにも僕は巨木の影にもたれかかっていたためか、夜間に魔物に襲われることはなかったようだ。
体はだるいが精神的な痛みは消えている。
寝てしまった罪悪感と、姉ちゃんの顔を思い浮かべてえることのできた安堵感が入り混じり、奇妙な感情に陥ってしまう。
立ち上がりジャージについた土埃を払う。
「さあ、四日目の始まりだ!」
鬼竜一号を握り締め今日の行動を頭の中で組み立てる。
昨日の素振りで斬撃スキルを得た。
今はとにかく効率よく強くなるための情報が必要だ。
ならばやることは一つ。
僕はログアウトを使い深く息を吐き、そして静かに目を閉じた。
次に目を開けた僕は、あの薄汚れた部屋の中に立っていた。
いつも通り、頭上にはカウントダウンタイマーが表示されている。
『強制ログアウトまで:00:09:58』
昨日よりも少しカウントが早く感じる。
一〇分間の現実の世界。
そして大きな音と共に目の前のドアが開いた。
一瞬驚きすぎて呼吸が止まりかけた。
姉ちゃんはドア越しから精一杯の応援をしているようだ。
『竜ちゃん、おかえり!』
ドアの前に立ちはだかる見えない壁越しに、姉ちゃんの口元がそう言っている気がする。
「今日は、姉貴に構ってる暇、ねーんだわ!」
姉ちゃんの姿をスルーして少し震えた声でそう言った僕は、背を向けPCの前の椅子に座る。
『わかってる!でも、無理しないで!』
片手でポケットからスマホを出すと、すぐにそんなメッセージが届いた。
その一言が嬉しくて、僕は涙腺が緩むのを感じながら、欠伸をしたフリをして誤魔化した。
ありがとう。
心の中で何度もそう繰り返した。
姉ちゃんの存在が僕の全ての行動原理だ。
僕は深呼吸をしてモニターに向かった。
片っ端から掲示板を開く。
まず確認するのはポイントの獲得方法だ。
画面をスクロールすると、やはり魔物を討伐することでもポイントが入ることが再確認できた。
だがそれだけではなかった。
そしてその情報の真偽を確かめるため、各転生者のログを見る。
これも掲示板に合った情報だ。
ランキング上位の転生者の名をクリックしてログを見ると、僕の知らない情報が溢れていた。
現在のランキング一位はNo.19、酒井幸助、天賦は勇者。
「酒井が勇者?けっ、気に食わない奴が一位かよ!今に見てろ、俺様がその座から引きずり降ろしてやるぜ!」
情報を見ながら悪態をつく。
酒井君は面倒見の良い優しい人だったことを思い出す。
俺様ロールに心が痛み、不安が込み上げ逃げ出しくなるのを堪える。
そんな最悪の気分で確認したポイントログには「街に到着」「依頼を達成」「旨い食事」「初の回復ポーション」「ダンジョン初潜入」などといったポイント入手が確認できた。
2位はNo.01の井上美咲、天賦は賢者。
「井上……」
その名前に新頭が跳ねる。
僕が引きこもりになるきっかけにもなったクラス一の人気者。
カーストトップだった女王様だ。
過去のトラウマが思い出され心の中の不安がさらに加速する。
井上のログには、「村に到達」「薬草を鑑定」「住民との交流」「安全な拠点確保」「村長を魅了」などが並んでいた。
僕は途中で読むのを止めた。
5位にはNo.38の伊藤満。
目立たない奴だったけど、天賦は商人で、履歴には「兵士に土下座」「衛兵隊長に踏まれる」「尻蹴られ100回達成」と意味不明な行動でのポイント取得ができることを示していた。
「街に村、依頼に……、土下座?」
自身のポイント履歴を改めて見る。
魔物討伐で細かなポイントが獲得している中、素振り1万回で100ポイント獲得、初の訓練スキル取得で100ポイントが入っている。
主だったポイント取得はそれだけだった。
上位ランカーたちは既にこの世界をゲームとしてではなく、現実の生活として捉え生活拠点を築いているようだ。
その結果、多様な方法でポイントが取得しているのだ。
特に伊藤のログにある「尻蹴られ100回」という行動は意味が分からなすぎて混乱するが、ログだけを見たら兵士に諂って過ごしてなお、拷問でも受けているのかもしれない。
疑問を感じ伊藤のログを再確認すると、「所持金100万ダラー達成」という履歴があった。
何が何だかわからなかった。
、この世界は既存のゲームの常識が通用しないのかもしれない。
気づけば時間は5分を切っていた。
急いで土地の情報なども確認する。
それぞれの現在地が確認できるので、自身の場所と一番近い街の情報を得る。
少し距離はあるが、北に向かえば良いようだ。
そこで安全な拠点を確保し、ポイントを集めランキングの一位を目指す意思を見せつつ、ここに完全に帰還する方法と当時に、姉ちゃんを守る手段を模索しなくてはいけない。
僕は焦りを感じていた。
斬撃というスキルを手に入れ、自分は強くなったと思っていた。
だが上位ランカーたちは既に僕の知らない世界に足を踏み入れていた。
可能な限りポイント取得のログを見る。
9位はNo.47の蛯名拓也、天賦は遊び人。
ログは「エルフの里に滞在」「エルフのもてなし」「女エルフとの愛ある交流」とあった。
「エルフ、愛ある交流……、だと?」
茶髪なアイツはやっぱりあの世界でもチャラかったのだと怒りが湧いてきた。
僕はここにきてから必死に……、命懸けで戦っていたのに……、奴はこの世界を楽しんでいる。
「あのクソチュラ男!ぶっ殺してやる!」
連日の俺様ロールの弊害か、自然と悪態をついて叫ぶ僕。
「よし……」
僕は毒を吐き出したことで少しだけすっきりした後、情報を脳内でまとめ上げた。
まずは北の街移動して。ドロップ品の価値を把握、資金を確保する。
街でも俺様ロールを貫き、常識外の行動を試みてポイント取得の有無を確認する。
後は野となれ山となれだ。
タイマーに目をやると残り時間はもうわずかになっていた。
『強制ログアウトまで:00:00:30』
「うわ、もうこんな時間かよ!」
そう思いながらチラリと姉ちゃんの方を向く。
やはり見間違いではなかったようだ。
僕の寝落ちと同時に少し寝れたのだろう。
僕があっちに放り込まれた以前と同じ、綺麗に整った身なりの姉ちゃん。
ずっと見ないように、反応しないようにしていたが、そのチアガールのような衣装はどこから借りたのか?
僕の視線を受け、恥ずかしそうにしている姉ちゃん。
それならやる必要ないだろ?
そんなことを考えつつも涙が止まらずまた背を向ける。
欠伸をしたようにしながら袖で涙を拭うのは何度目だろう。
『行ってらっしゃい!』
両手のボンボンをふりふりしてエールを送る姉ちゃんの口元がそう言っている。
「行ってくるぜ!」
僕は背を向け涙を誤魔化した。
モニターに映し出されているランキングの最後が69位になっているのは、心を無にしてスルーした。
この転生者たちの中には、僕と同じように命を賭けて戦っている者たちがいるのだと感じながら。
『強制ログアウトまで:00:00:03』
目を瞑り心を落ち着ける。
次に目を開けた視界は、湿った土と草木の匂いが立ち込める見慣れた森の風景に切り替わっていた。
「やっぱり一〇分は短いな……、クソがっ!」
周囲を確認する。
特に変化はなかった。
僕はいつのまにか手に握られている鬼竜一号を強く握り直した。
街へ……、そして「最強の竜也様」と、成るために。
森を抜け、北へと向かって駆け出した。
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