第六十三話「美織ちゃん、大丈夫……?とりあえず、三人共、招待するね?」
翌日。
拠点の休憩室。
「じゃあ、気を付けて行ってこいよ」
「何に気を付ければいいのさ」
佐々木くんの軽口にそう答える。
「次は私たちだからね!」
「絶対だから!」
井上さんと笹田さんにそう言われながら、僕たちは手を繋ぐ。
「じゃあ、行くよ?」
「う、うん。大丈夫、だよね?」
不安げな藤田さんに、優しく声をかける。
「大丈夫だよ。僕が、ついてるから」
そう、大丈夫なんだ。
大丈夫なはず。
藤田さん以上に緊張している心を隠し、僕はログアウトを使用した。
視界が変わり、僕は再び見慣れた自室の空気を吸った。
目の前に浮かぶタイマーが六〇分を指し、僕の手を握っている藤田さんの手は、さらに強く力が込められた。
目の前にある狭いドアから、姉ちゃんと、二人の年配の男女が顔を覗かせている光景を見て、 藤田さんは緊張が隠し切れずに両手で顔を覆った。
姉ちゃんの隣にいる二人は、恐らくは彼女のご両親であろう。
二人とも肩を震わせ、目には涙が浮かんでいる。
「美織ちゃん、大丈夫……?とりあえず、三人共、招待するね?」
僕は藤田さんの背中をさすり声を掛けた後、こちらを見守る三人にも声をかける。
「うん。ありがとう」
藤田さんからは涙声が返ってきた。
涙を裾で拭った彼女は、意を決して顔を上げる。
そして、チラリとご両親を見た後、姉ちゃんを真っ直ぐと見つめ、深々と頭を下げていた。
「は、はじめまして。藤田美織です」
緊張しながら挨拶する彼女の姿は、まるで面接を受ける学生のように見えた。
僕はその空気に耐えきれず、口を挟んだ。
「ね、姉ちゃん?まずはご両親と話をさせてあげたら―――」
「竜ちゃんはだまって」
姉ちゃんが静かな声で言った。
その強い意思を感じる瞳には、僕はまるで蛇に睨まれた蛙のように固くなり、口を閉じた。
「そ、そうですよ。まだ時間はありますから、私たちは後ほど、少しお時間を頂ければ……」
控えめに、けれど優しくそう言ったのは、藤田さんのお母さまと思われる女性。
彼女は藤田さんにそっくりだった。
その穏やかな微笑みに、包容力のある雰囲気がにじみ出ている。
藤田さんもあと何年かしたら、あんなに攻撃力の高いお胸になるのか……。
僕はそんな不埒な想像を、無意識に頭の中に浮かべてしまった。
次の瞬間、お尻に激痛が走った。
隣を見ると、藤田さんが満面の笑みを浮かべたまま、僕のお肉を強くひねっている。
「竜ちゃん、今のは無いよ?男の視線って意外とバレるからね?」
姉ちゃんからも冷たい声が飛んできた。
もう一度藤田さんを見ると、それを肯定するようにコクリとうなずいている。
僕は恥ずかしさに耐えられず、両手で顔を覆った。
「ごめんなさい」
蚊の鳴くような声で謝り顔を上げると、姉ちゃんが藤田さんに真っ直ぐな視線を向けたのが見えた。
「美織ちゃん、って呼ぶね」
「はい!」
「私は竜也の姉の玲奈。よろしくね」
「はい!よろしくお願いします!」
緊張しきりの藤田さんに、姉ちゃんは「大丈夫よ」と言いながら笑顔で一歩近づく。
そして、藤田さんを優しく抱きしめた。
藤田さんの体が、一瞬驚いたように跳ねたが、すぐに身をゆだねるように姉ちゃんに腰へと手を添えていた。
「ふふ、緊張しないで。美織ちゃんには感謝してるの。本当に、竜ちゃんを支えてくれてありがとう。本当に、ありがとうね」
姉ちゃんの声は、最後の方は震えていた。
たしかに、僕があの世界で戦い抜けたのは、藤田さんがいたからだ。
気が狂いそうな事態の連続に、壊れそうだと思った時、彼女が僕の心に温かみをくれたのだ。
きっと、姉ちゃんもそれを理解しているのだろう。
藤田さんは姉ちゃんの胸の中で、力強く首を振った。
「私が、好きでやったことです!黒木くん……、竜也くんは、私を救ってくれました。私の、王子様なんです!」
王子様。
その言葉を聞いた瞬間、恥ずかしさに体が熱くなるが、次の瞬間、僕の背中に冷たい汗が流れた。
招待された男性、つまり藤田さんのお父さんが、圧のある眼力で僕を睨んでいたのが見えたから。
「じゃ、じゃあ、積もる話もあるでしょう?後はそちらに、お任せしようかな?」
僕はその鋭い視線に耐えきれず、逃げるように起動したままのPCの前へと移動した。
画面には、猛烈な勢いでコメントが流れている。
『王子様きたー!』
『えんだー!』
『おめでとう黒木ー!』
『いやーめでたい!』
『おやじ睨んでるぞ?』
『そりゃ、しゃーないやろwww』
その全肯定の書き込みに、思わず掲示板のタイトルを確認するが、そこは擁護掲示板ではなく、いつもの専用掲示板だった。
今この瞬間を、全世界の視聴者が僕たちを見ていて、その関係を弄っているように感じた。
さらに、今まで制限されていた通常のニュースサイトのリンクにも、今はアクセスできることに気がづいた。
適当なリンクを踏むと、その内容に頭を抱える。
大手ニュースサイトである「Napooニュース」のトップに、僕の写真が掲載されている不思議な光景。
これは夢かな?
そう感じるほどの衝撃。
僕が異世界で「俺様」を演じていた時のものはもちろん、つい最近の泣きじゃくっている時の画像まであった。
僕たちの画像は、あらゆるところに拡散されている。
SNSの「Binsata」を開くと、僕の名前がトレンドの一位となり、その他の関連するワードが上位を独占していた。
次の瞬間、『王子様』というワードが一位になっていた。
大量のポストが投稿され、僕の正体やこれまでの行動が精査、分析されている。
世界中に、僕のあれこれが知れ渡ってしまったように感じてしまう。
僕の羞恥心は限界を迎え、椅子の上で膝を抱えて顔をうずめ、時が過ぎるのを待った。
外の世界では、面白おかしく、僕のすべてがコンテンツとされている。
肖像権は?
訴えたら勝てるかな?
そんな無駄なことを考えながら、この恥ずかしさが消えるのを待つ。
背後では、藤田さんとご両親の対面が続いていた。
涙声で近況を報告し合う藤田さんと、それに相槌を打ちながら、温かい言葉を返してくれるご両親。
そうだ、このやり取りに集中しよう。
今は恥じる時ではないはずだ。
藤田さんとご両親のやり取りに、集中すべきタイミングなのだ。
現実から逃げるように聞き耳を立てていた僕は、その感動的なやり取りに自然と涙がこぼれた。
気付けば残りは数分。
一時間は、驚くほど短かった。
タイマーが残り一分を切り、僕たちは別れの時間を迎えた。
最後に、僕と藤田さんは並んで立ち、姉ちゃんたちに向かって手を振った。
五、四、三。
カウントダウンが終了する直前だった。
僕の横にいた藤田さんが、急に接近してきた。
唇に、柔らかくて温かいものが押し当てられた。
姉ちゃんやご両親の目の前で、彼女は僕にキスをした。
頭が真っ白になり、思考が停止する。
姉ちゃんの歓声と共に、野太い声で「このクソガキがー!」という声が聞こえたが、それに反応する余裕はなかった。
そんな戸惑いの中、僕は拠点へと戻ってきた。
視界が戻ると、僕らを囲む三人の声が聞こえる。
「ちょっと、美織、何やってるのよ!」
「美織ちゃーん、ずるいよぉ」
「お前なー、あっちでいったい何やってきたんだよ」
そんな声を無視して、僕は自分の唇を指先でなぞった。
僕は、世界で一番の幸せ者だ。
そう感じながら、この『神々の遊戯』という異世界で、僕は彼女と幸せになろうと心に強く誓った。
◆◇◆◇◆
数日後のある日。
拠点の片隅にある薄暗い部屋。
「これを、こうして……、うーん、また失敗かな?」
井上美咲は、机に並べた試験管を眺めて落胆していた。
彼女の瞳には、調合が終わった薬品の鑑定結果がハッキリと映っている。
「スキルのままに調合するのとは違うから、難しいわね……」
スキルの閃きに存在しないオリジナルの薬。
素材の量はもとより、抽出液の温度や混ぜる手順などによっても変わってくるのだ。
落胆と共に、調合が失敗となった試験管の中身を、そのままシンクに流し込む。
部屋のドアが軽くノックされ、一人の女性が入ってきた。
「美咲ー、取ってきたよー」
「ああ、ありがとう。真紀」
入ってきたのは笹田真紀だった。
彼女は、魔道袋から取り出した大量の素材の束を、机の上に並べだした。
「えーっと、これがエリックグロックの肝でしょ。そしてマジックモンキーの毛皮、スノーラビットの瞳。これで良かったっけ?」
それは希少であったり、価値があまりなく回収されなかったりと、通常は手に入りにくい魔物の素材ばかりだった。
彼女は毎日、ダンジョンや魔物の住む森などに行っては、大量の素材をここへ持ち込んでいた。
「ありがとー」
美咲は嬉しそうに声を弾ませ、素材を手に取って吟味していた。
「どう、できそう?」
「うーん、どうかな?」
美咲が開発しているのは、この世界に存在しない未知の新薬た。
システムの補助を受けられず、独自の理論で錬成しようとしている。
試行錯誤の日々が続いている。
それはかなり以前から一人で続けていたこと。
だが今は、あの帰還をするかどうかを決めた場でぶっちゃけた結果、良き協力者を得ることに成功した。
「興奮剤ならできたんだけど、これじゃ不十分なんだよねー」
美咲が、赤い液体の入った小瓶を掲げて言った。
「ちなみにそれ、二人だけの空間で飲ませたら?」
真紀が真剣な、それでいて少し興奮した表情で尋ねた。
「それはまあ、やるでしょ。猿みたいに?」
美咲は邪悪な笑みを浮かべ、そう言った。
「でもなー、二人きりになってそれを飲んでもらうなんて、無理なんだよなー」
「そうだね……。美織ちゃん、ガード固いから」
二人は顔を見合わせ苦笑した。
ライバルである藤田美織は、四六時中と言っても良い時間を、意中の彼に張り付いている。
力ずくで引き離すのは、今の戦力差では不可能だった。
それに、彼が私たちと二人きりになり、未知の薬を試しに飲んでみる、なんてシチュエーションはまず無いだろう。
「やっぱり、飲んだ直後に見た人への好意を高める。そんな薬じゃなきゃ、ダメだよねー」
美咲は再び試験管を手に取り、素材から抽出した怪しく光る液体を、何種類か混ぜ合わせている。
平和な街の片隅で、二人の少女は執念深く、目的のために開発に勤しんでいた。
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