第六十話「ああ、これでまた俺様の下僕が増えるのか!しゃぁー!不労所得、サイコー、異世界、サイコー!」
八月になり、照りつけるような暑い夏がやってきた。
異世界に来てからすでに半年以上、日本の夏を思い出させるような日差しだ。
特に大きな事件も起きないまま、月日は淡々と過ぎていった。
そして月末の月曜日、十回目となるレイド戦が幕を開けた。
みんな、どことなく浮かれた様子が見て取れた。
召喚されたレイドボスは、これまでとは比較にならないほど強大な力を放っていた。
周囲には無数の眷属竜が群れを成し、空を埋め尽くしている。
だが、こちらの準備も万全だった。
伊藤くんたちが心血を注いで開発した新しい魔道具が、戦況を劇的に変えていた。
これまでは、直接戦闘を行う一部のメンバーに負担が集中していた。
しかし、この魔道具により、後方にいる非戦闘要員も以前よりさらに積極的に戦いに参加できるようになった。
魔法反射の膜を張り、強固な防護障壁を幾重にも重ねる。
その安全地帯から、魔力を吸収する魔弾を撃ち込み、着実に眷属竜を弱体化させていた。
先月末に蘇生された六人も、魔道具を構えシューティングゲームを楽しむように、笑顔を見せていた。
さらに、多数の魔石ストックから絶え間なく魔力を供給することで、前線で戦う仲間へ強力なバフを与え続ける魔道具も四基、四隅に設置されている。
盤石だった。
死亡してしまったクラスメイトは残り三人。
今日、この戦いで、すべてのクラスメイトを蘇生させることができる。
あと少しで、全員が揃う。
僕はその確信を胸に、必要以上に魔力を滾らせていた。
手にした村雨に膨大な魔力を喰わせ、目の前の金剛竜の硬い鱗を、力任せにそぎ落としていく。
数分後、レイド戦は意外なほどあっけなく幕を閉じた。
そして、笑顔のクラスメイトたちに舌打ちをしながら、拠点へと戻る。
寝付けない僕はまた、独りダンジョンへと籠っていた。
嬉しさに顔が自然とにやけてしまう。
「ああ、これでまた俺様の下僕が増えるのか!しゃぁー!不労所得、サイコー、異世界、サイコー!」
そう言って笑いながら目の前の魔物を切り刻む。
こう言っておけば、頬が緩んでも大丈夫だろう。
僕は喜びを爆発させ、さらに奥を目指し駆け抜けていった。
そして、最古のダンジョンも八十階層に到達したとき、時刻は翌朝どころか正午に差し掛かろうとしていた。
「浮かれすぎだな」
一言そうつぶやき、帰還札に魔力を込める。
拠点に戻ると心配そうな三人に出迎えられた。
ログアウトは後で忘れず行おう。
そう考えながら、集まっていた三人に悪態をつき、一息ついた。
ほどなくして、いつものように白い空間に視界が切り替わる。
いつものように神が体現する。
そして、ランキングの発表が始まった。
一位はいつものように僕。
二位は酒井くんだが、三位には井上さんがランクインしていた。
彼女はここ最近、尋常ではない速度で回復薬を量産し、新たに覚えた錬成により、数々の付与武器を作成していた。
それらを国内に広く流通させた結果、彼女は莫大な富を築き上げていた。
だが、決定打となったのは、先月の下旬から発生した脅威への対応だろう。
王都の南部にある貧困層の居住区で、恐ろしい伝染病が発生したのだ。
病は瞬く間に王都中に蔓延し始めたが、井上さんは長屋街の研究室にこもり、薬師である中島さんと共に、寝る間も惜しんでその特効薬を開発した。
この功績に対し、二人には、王から直々に勲章が授与された。
それだけでも十万ポイントという破格のポイントがログに刻まれた。
そして今月の中旬、国内の病が完全に終息したタイミングで、井上さんには『聖母』という称号がログに書き加えられた。
それに付随して加算されたポイントは、なんと百万ポイント。
それにより大躍進した彼女は、レイド戦の直前までランキング二位に食い込んでいた。
結果として、レイドのポイントにより酒井くんが上回ったが、彼女のこの世界に対する貢献は、誰もが認めるところだった。
これで準備は整った。
僕は残された三人を蘇生させ、クラス全員での生還を成し遂げる。
その思いと共に、空に向かって叫んだ。
「クソ神が、待たせやがって……。最後の願いはもちろん蘇生だ。残りの三人を―――」
「待って!」
凛とした声が、僕の言葉を遮った。
井上さんだった。
彼女は僕の顔を一度だけちらりと見ると、静かに神へと願いを告げた。
「誰が残っているのかは分からないけれど、一人、蘇生させて」
そう言った後、彼女は僕に、穏やかな笑顔を向けてきた。
僕は動揺を隠すように、毒づいた。
「ちっ、余計なことをしやがって!」
だが、心の底では安堵が広がっていた。
これで残るは二人だけだ。
頬が緩みそうになるのを必死に堪えた。
今度こそ終わらせる。
そう思った矢先、今度は酒井くんが素早く声を上げた。
「神よ、残りの二人の蘇生を願う!」
僕は呆気にとられ、言葉を失った。
茫然とする僕に、酒井くんが優しい口調で語りかけてきた。
「さあ、黒木。君はもう自由だ」
彼の笑顔に、心臓が激しく脈を打つ。
「君がこれまでの流れを作ってくれた。俺たちはもう、自分たちでやっていける」
僕のそばまでやってきた彼は、僕の肩に優しく手を置いた。
「大丈夫だ……、だから、君の本当の願いを言ってくれないか?今ここで、日本に帰還しても、君のことを恨む奴なんて誰もいないよ!」
彼の言葉に、呼吸が止まりそうになる。
なぜ、今ここでそんなことを言うのか。
必死に守り続けてきた、俺様としての仮面が剥がされそうで、困惑している。
「そうだよ黒木。とっとと帰って幸せに暮らせよ。俺たちも、絶対に後から帰ってみせるからさ」
佐々木くんまでが、茶化すように、けれど真剣な目で言った。
「そうよ、あなたが一番の功労者なんだから!」
笹田さんまでが、まるで怒ったような表情でそれに同調する。
胸が熱くなり、高鳴る気持ちを必死に押し殺した。
涙が零れそうになり、それを誤魔化すために全力で叫んだ。
「うっせーよ、余計なお世話だ。俺様は、スキルを上げる。クソ神、ログアウトのレベルを三つ分上げろ。これで俺様は、最強だー!文句あっかよこらー!」
僕は天に向かって、勢いよく中指を立てた。
ログアウトのレベルを上げて最強?
自分でも意味不明な理論だ。
僕は恥ずかしさを隠すため、両手で顔を覆った。
そして、神が小さく舌打ちをするのが聞こえた。
いつもなら、無機質なアナウンスが脳内に響くはずだが、今回は違っていた。
空を覆い尽くすほどの巨大なウィンドウが、眩い光とともに映し出された。
『スキル:ログアウトがランキング報酬によりレベルアップしました』
『ログアウト・Lv6:毎日一時間、元の世界に帰還する。外部音声の聴取、三名に限り共有空間に招待することが可能。共有スペース内でのスキル使用を許可』
『スキル:ログアウトがランキング報酬によりレベルアップしました』
『ログアウト・Lv7:毎日一時間、元の世界に帰還する。帰還人数を三名まで拡張。外部音声の聴取、三名に限り共有空間に招待することが可能。共有スペース内でのスキル使用を許可』
文字が次々と更新されていく。
そして、最後に表示された言葉に全員が息を呑んだ。
『スキル:ログアウトがランキング報酬によりレベルアップしました』
『ログアウト・LvMax:指定した転移者を元の世界へと完全にログアウトさせる。人数制限なし。以後ログイン不可。この効果は一度きりの特殊効果です』
「あっ……」
思わず声が漏れた。
沈黙の後、周囲のクラスメイトたちが爆発的な歓声を上げた。
全員が抱き合い、飛び跳ね、喜びを分かち合っている。
僕だけが、その場で呆然と立ち尽くしていた。
「やったな、黒木。お前は本当にすごい奴だよ」
酒井くんが、僕の体を力いっぱい抱きしめた。
僕はまだ混乱する中、彼を突き飛ばすように離れると、震える指を動かした。
スキルを発動させる。
虚空にクラスメイト全員の名前が浮かび上がる。
リストの右下には『ログアウト』の文字が輝いている。
これで、本当にみんなで帰れる。
僕は夢心地のまま、操作を試みた。
とりあえず全員を選択しようと名前をタップする。
だが、何度やっても最後の一人が選択から外れてしまう。
「あれ、どういうことだ」
嫌な予感がし、冷たい汗が背中を伝った。
なぜ、全員を選ばせてくれないのか。
「そうそう、No.76。君が極めたそのスキルだけどさ?」
嘲笑うような神の声が響いた。
「誰か一人は、この世界の維持のために残ってもらわないと、困るんだよね?」
神の顔が憎らしいほどにニヤついていた。
「誰を生贄にするかは、君の自由だ。良かったね、みんな。彼には感謝を尽くした方がいいよ。彼の機嫌を損ねたら、この世界に置き去りなんだから」
歓声がやむ。
だが、クラスメイトたちは柔らかい表情のまま、僕を見ていた。
「そんなの、決まってるだろ!」
僕はわざと尊大な態度で、空に向かって宣言した。
「俺様は、この世界の成功者だ。なんであんなつまらない元の世界に帰る必要があるんだ!俺様は、この世界で王になる。お前ら凡人とは違うんだよ!」
僕の言葉を聞いて、酒井くんが堪えきれない様子で笑い出した。
なぜそこで笑うのか?
僕はますます混乱してしまう。
「本当に、それでいいのかい?」
神は心底つまらなそうな顔で、僕に問いかけた。
「ああ、いいに決まってるだろ。それ以外の選択肢なんて、最初からありえないんだよ!」
沈黙が流れる。
「つまらないな。まあ、好きにしたらいいよ」
神は肩をすくめ、残酷な言葉を付け足した。
「でもさ、この世界はすでに終末に向かっているんだ。来月からも、レイドは続くよ?今回よりずっと強い敵が待っている。そして、もしそれを倒せなければ、この世界は終わるのさ。精々、最後まで楽しんでくれよ」
そう言い残して、神の気配は消え去った。
すぐに僕の視界が白く染まり、気がつくと見慣れた拠点の風景へと戻っていた。
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