第五十八話「また泣かされんなよ、クソ勇者」
荒野の風は、乾いた砂を巻き上げている。
視界の先、陽炎のように揺らめく空気の向こう側に、三人の男が立っていた。
彼らは、ただ傲然とそこに佇んでいる。
「相変わらず、癪に障る面構えだな」
僕は鬼竜四号、村雨を握りしめると、三人にゆっくりと近づいてゆく。
「黒木、気を抜くなよ」
「うっせーよクソ勇者。それより、ミドレンジャーがこっち睨んでるぞ。相手してやれよ」
気遣う酒井くんにそんな返事をぶつける。
「まかせろ。俺が、今度こそあの男を倒す!」
「また泣かされんなよ、クソ勇者」
気合いを入れ直した様子の酒井くんに、口ぎたなくエールを送る。
酒井が聖剣を抜き放つ。
「さっさと始めよう。もちろん俺の相手はお前だ!人間ー!」
そう言って緑髪の男一直線で酒井くんの方に向かってくるので、僕たちは酒井くんたち勇者パーティから距離をあけ、臨戦態勢を整える。
事前の打ち合わせにより、前回と同様、藤田さんには酒井くんのサポートに回ってもらった。
笹田さんにも隙を突いてもらうように命じてある。
佐々木くんには臨機応変、守りに徹してもらう予定だ。
「行きます!」
藤田さんが陽炎を発動させながら、酒井くんたちの援護に向かう。
緑髪の男が放った石槍の雨の中に向かい、爆炎と雷撃をぶつけ全弾を消滅させていた。
佐々木が大盾を構え、魔力を注ぎ込み、僕に付与を終えた宇野くんたちの前に立つ。
笹田も行動を開始したようで、先ほどから気配が消えていた。
酒井くんが肉体強化を駆使しているだろう斬撃を、緑髪の男に叩き込んでいるが、周囲には発生している障壁によりその攻撃は通っていない。
相反する位置から藤田さんが飛ぶ。
魔力を込めた二本の魔剣による攻撃に、爆音と衝撃が発せられ、さすがの男も顔色を変え回避行動をはじめていた。
「ちっ、チョロチョロと。目障りな女だ!」
緑髪の男は余裕を崩さないが、藤田さんに警戒を強めた様子が見えた。
「そろそろ、良いかな?」
酒井くんたちの戦いに魅入ってしまった僕は、突然かけられた言葉に体を硬直させる。
「ちっ、もう少し楽しませてくれてもいいだろう?ミドレンジャーが無様に死ぬ瞬間を」
「ミドレンジャーというのは、サイロンテティスのことか?」
「名前は知らん。あれだ」
赤髪の男とそんな会話を交わす。
「見物していても良いが、お前はあそこに加わらないのか?」
「ちっ、余裕見せてるようだがいいのか?俺様が行かなくてもアイツ、死ぬぞ?」
内心ひやりとしながらも、余裕を見せ煽ってみる。
「それなら奴も、それまでの男だったということだ。私がここにいる全員を喰らって―――」
「おい、それはないだろ!」
赤髪の男の言葉に、青髪の男が割り込み肩を掴んで抗議している。
「わかってる。言葉の綾だ」
「ならいいが」
そんな言い合いをしている二人。
僕は強化剤を一気に飲むと、無言で一閃を叩き込んだ。
完全な不意打ち。
宇野くんたちに付与されている強化により、尋常ではない一撃になった……、はずだった。
赤髪の男は、唸りを上げている村雨の刃を、後ろ手で翳した何かで封じ込めていた。
「ほぉ。不意打ちとは、余裕が無いのだな……、正直期待外れ、だったか?」
無関心な顔をこちらに向ける赤髪の男。
背中には冷たい汗が流れる。
「もちろん今のは全力ではねーぞ?お前、俺様の期待以上だぜ。俺様が相手するにふさわしいじゃねーか!」
僕は強がりを見せるが、声が震えてしまう。
「なあ、もうやろうぜ?俺はこいつらを早く喰って、ゆっくりと寝たいんだ」
つまらなそうに腕を頭の後ろに組み、そう言った青髪の男は、赤髪の男をジッと見ている。
「まあ待て。確かに今の攻撃は期待外れだったが、今のが全力ではないと言っている。ならば見たいと思うだろう?」
「えー?どうせハッタリじゃないの?」
そんな会話を聞きながら、慎重に距離を取る。
「ハッタリ、なのか?どうなんだ人間」
こちらを見る赤髪の男に、にやりと笑って見せる。
仕方ない。
そう思ってチラリを横を確認する。
まだ酒井くんたちは戦いを続けている。
できれば酒井くんたちと合流したいが、不意打ちを試してしまった手前、少しはできるところを見せなければ、もう待ってくれそうにはないだろう。
予想以上の強さに、体が恐怖を感じるが、それを振り払うように口を開く。
「仕方ねーな。そこのアオレンジャーが納得する力を、ちょっとだけ開放してやろうか?」
青髪の男を指差しそう言った。
「ちょっと待て!アオレンジャーって俺のことか?俺はオーグオルトナという高貴な名があるんだ!変な名で呼ぶな!」
「知らねーよ!」
怒り出した青髪の男を、睨みつけるようにした後、僕はその男をターゲットに全力を見せる覚悟を決めた。
「狂戦士!」
視界が赤く染まる。
湧き出る破壊衝動に身を任せる。
「斬撃!」
右足の嘶夜にも魔力を喰わせ、一気に加速し、スキルを発動させ上から村雨を振り下ろす。
青髪の男は「うわっ」と声を上げながら、刃を弾くように障壁を張ってはじく。
跳ね上げられた刃。
「切り刻め!多重一閃!」
レベル5まで上がった一閃が、鋭く振り下ろされる。
高い金属音が何度も響く。
腕がちぎれそうな痛みも、意識を繋ぎとめるのに好都合だった。
目の前の男は、慌てた様子で両手をあたふたさせていた。
決定打が生まれない数秒間。
そして僕は、バックステップで距離を取り、膝をつく。
「あ、あっぶねー!俺じゃなかったら死んでたんじゃね?」
そう言う男は、無傷であった。
「なるほど。オーグの守る力は私を超える。そのオーグが焦るほどの攻撃。まあ、良いだろう。サイロンがあの人間たちを仕留めるまで待ってやろう。お前なら少しは良い勝負ができそうだ。今のが……、全力では無ければだがな?」
涼しい顔をして一歩も動かなかった赤髪の男の言葉。
「次はとっておきのを、見せてやるぜ!」
破壊衝動に抗い、頭が割れそうになる中、全力の攻撃が通じない相手に、震えを抑え精いっぱいの虚勢を張る。
「おい、クソ勇者、さっさと終わらせろ!こっちは暇すぎなんだよ!」
ドカリと座り込み、魔道袋から串肉を出し頬張る。
座りこまなければ、今にも倒れそうだったのを隠すように。
僕の方を見た酒井くんたちも、遠巻きに佐々木くんに守られている宇野くんたちも、僕を見て呆気に取られているようだ。
「お前!俺を見世物にしてんじゃねー!オルティも、さぼってんなよ!お前がその気ならすぐに殺せるだろ!やる気ないなら、そいつらも俺がもらうぞ!」
緑髪の男はこちらを指差しながら憤っているようだ。
「それならそれで構わん。さっさと終わらせろ」
赤髪の男がそれに無表情で答える。
緑髪の男は苛立ち、酒井くんを再び睨みつけながら、動き出した。
その瞬間、足元を気にし視線を向けると、その地面が爆音と共に爆ぜた。
笹田さんが設置していた爆札。
その音と共に、酒井くんはすでに動き出していた。
聖剣の白い刃が光を放ち、それを無言で振り下ろす酒井くん。
その反対側には、両手をクロスして突撃する藤田さんが見える。
警戒させるような声をかけるのでは?と考え、赤髪の男の方をちらりと確認するが、彼は何も言わずに腕を前に組み、その様子を眺めているようだ。
数度、甲高い金属音が鳴り響く。
視線を戻すと、正面から放たれた酒井くんの一撃は、両手を前に突き出した緑髪の男の手の前にある障壁により、かろうじて防がれたようだ。
だが、緑髪の男の背後は藤田さんの一撃を防げず、軽く海老反りのような体勢となっている。
男は口を開け、驚きの表情を見せ、その口元から血が垂れる。
藤田さんは、躊躇なく二刀の力を解放し、酒井くんはあわてながら飛び退いた。
稲光と爆炎が炸裂し、耳を覆いたくなるような轟音が響くのを、期待と共にただ眺める。
気付けば僕の横に、藤田さんが戻ってきていた。
「オーグ、何をやってる!早く俺を直せ!」
緑髪の男は、二つに分かれた状態で地面に落ち、胸から上の半身は、未だに命を持ち叫んでいる。
その生命力に脅威を感じつつも、動かない二人と、止めを刺そうと近づく酒井くんを見守る。
喉がカラカラになる程の緊張感の中、振り下ろされた聖剣により、叫び続けた男の命は終わりを迎えた。
「じゃあ、約束通りいいよね?」
そう言ったのは青髪の男だった。
「何をする気だ!」
そう叫ぶ僕を無視するように、酒井くんの元に歩きき出した青髪の男は、警戒する酒井くんを無視して、緑髪の男の亡骸に手を翳し、何かを飲み込むように喉を鳴らした。
その瞬間、男から感じる威圧感が増すのを感じた。
「これがお前たちの言う、喰うということ、なのか?」
「そうだ。魂を食らったのだ。臓物は、お前たちを屠った後にゆっくりと頂こう」
赤髪の男の言葉を聞き、以前崩壊した王都の拠点に来た際に、赤髪の男から同じように威圧感が増した気がしたのは、あのサテなんたら、キレンジャーの魂を喰ったのだろうと考えた。
そして、今の行為により、青髪の男がさらに強くなったのだと感じ、不安から心臓が激しく脈打った。
「さて、次はどうする?」
そう言われた僕は、ゆっくりと赤髪の男を見て、全身の魔力を放出させた。
「二人まとめて、かかってくるか?」
精いっぱいの虚勢を張ってそう言うが、手足の震えは止まらなかった。
「では、みんなまとめてかかってくるが良い」
赤髪の男も、相変わらずの無表情ではあるが、多少のやる気を見せているようだ。
緊張を隠せない僕の横に、気配を感じる。
「共に戦おう!」
酒井くんだ。
背後からは、すでに宇野くんたちがすでに効果が着れていた強化スキルを付与してくれていた。
反対側には藤田さんが腰を低く構え、すでに臨戦態勢だ。
「じゃあ、切り札を使わせてもらうぜ!」
正直、効果があるか分からない切り札。
男たちの余裕のお陰で、たっぷりと時間を使うことができたのが唯一の希望でもあった。
「やれ!」
そう一声叫ぶ。
次の瞬間、全員が距離を取る。
空間が歪むような感覚を覚えながら、二人の様子を伺った。
「なんだよこれ!」
「何を、した?」
蒼髪の男が叫び、赤髪の男は冷静に事態を見極めようとしている。
どうやらぶっつけ本番の奇策は一定の効果があったようだ。
「行くぞ!後れを取るなよクソ勇者!」
「黒木こそ!」
そう言いながら、僕と酒井くん、そして藤田さんは強化剤を口にする。
後先なんて、考える余裕はない。
二本をまとめて飲み干した僕は、狂戦士スキルを発動し、本能のままに赤髪の男に飛びついた。
「多重斬撃、多重斬撃、多重斬撃ォォォ!!!」
すでに思考力は欠落している。
目の前が真っ赤に染まり、目の前にある魔力に反応し腕を動かした。
何かを叫んでいる声も、ぶつかり合う金属音も、炸裂する爆音も、すべては意味のない音のように感じながら、目の前の魔力が消え去るまでスキルを行使し続けた。
そして、目の前の魔力が消える。
目の前が見えずに藻掻き、そして、徐々に視界が回復する。
「だ、大丈夫?」
スキルを使いながら心配そうに遠巻きから様子を伺う宇野くんと掘田さんの顔が見えた。
仮谷さんも傍にいてスキルを行使しているので、治癒の精霊術を使っているのだろう。
意識が少しづつはっきりとした僕は、目の前に横たわる赤髪の男が見える。
全身から血を噴き出し、もはや身動きが取れない様子だった。
その奥には青髪の男が、胸に聖剣を生やし虚ろな表情をしている。
本当に良かった。
そう思うと全身の力が抜ける。
「早く、止めを刺せよ。バカやろう」
弱々しくもそう言った僕に、酒井くんは聖剣を男の胸から引き抜くと、その首筋へ向け振り下ろす。
目の前では藤田さんが、赤髪の男の眉間に、雷切を深く突き刺していた。
戦いが終わったのだ。
その事実に安堵し、僕は意識を手放していた。
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