第五十六話「今日はこれくらいで勘弁しておいてあげるよ。ね?もう終わりにしよ?」
僕たちは、あの敵対者に対抗するため、相変わらずダンジョンに潜り続けていた。
一分一秒を惜しんで魔物を狩り続け、スキルをその体に馴染ませる。
その努力の甲斐もあり、五十階層を超えた僕たちは、確実に手応えを感じていた。
そんな五月も終盤を迎えた、ある日のことだった。
王都にある僕たちの拠点に、酒井くんたちがやってきた。
彼らは最古のダンジョンで取得した素材を売却し、その金の一部を僕に渡すために来たのだ。
岡崎くんたちを通じての受け渡しや、ギルドを通した送金もできるが、僕たちはあえて直接会うことを選んでいる。
それは、視聴者たちのヘイトを僕一人に集め、クラスメイトたちを安全圏に置くための、小芝居を定期的に行うためだった。
拠点の居間で、僕と酒井くんは険悪な雰囲気を装って対峙する。
「ごくろーさんだな。約束どおりきっちり持ってきたんだろうな」
僕は傲慢な態度で、椅子にふんぞり返って言い放った。
「今週の金だ。感謝する」
酒井くんもまた、苛立ちを隠しながらの表情で、重そうな革袋をテーブルに置いた。
「誤魔化したりしてねーだろうな!中身が足りなかったら、来週からどうなるか分かってるんだろうな」
「そんなことするわけないだろ!俺は、勇者だ!」
僕たちは激しく睨み合う。
もちろん今更金貨が何百枚あろうが、どうでも良かったが、ショーを盛り上げるためだ。
一緒に来ていた池田くんたちも、僕を睨みつけている。
彼らが演技をしているかはわからない。
だがそれはどうでも良かった。
そのタイミングで、予期せぬ事態が起こった。
突然、鼓膜を突き破るような轟音が響き、激しい衝撃が拠点を襲った。
「何だっ!?」
酒井くんが叫ぶと同時に、拠点の頑丈な壁が瓦礫となって崩れ落ちた。
もうもうと立ち込める砂埃の向こうに、ぽっかりと大きな穴が開いている。
そこから、一人の男が楽しそうな顔を覗かせていた。
あの時、荒野で肉を食っていた金髪の男だった。
「いたいた。強そうなのが一箇所に揃っているね。手間が省けて助かるよ」
金髪の男は、軽い足取りで瓦礫の山を越えて中に入ってきた。
「お前、キレンジャーじゃねーか!何しに来た?待ちきれなくて来ちまったか?」
僕は鬼竜四号に手をかけながら、軽い調子でそう言うが、内心は焦りと不安で手の平がじっとりと汗をかく。
「僕ね、魔力の感知とか、そういう細かい操作が得意なんだよね」
金髪の男は僕の問いを無視して、自分の指先を眺めながら話し始めた。
「だから、この場所に、目をつけていた美味しそうなのが集まってるの、わかっちゃったんだよねー。だから、あいつらに黙って一人で来ちゃった!」
男は悪びれる様子もなく、薄笑いを浮かべている。
「じゃあ何か?俺様たちが強くなって、自分たちが負けるのが怖いから、今のうちに殺しに来たってことか?」
背中に冷たい汗が流れるのを感じながら、僕はあえて挑発的な言葉を投げかけた。
すると、男の顔から一瞬で余裕が消え、激しい怒りがその瞳に宿った。
「サテルサイヤスだよ。君たちをゴミ屑のように殺す、神の名さ。しっかり覚えておいてね?」
サテルサイヤスと名乗った男の声が、氷のように冷たく響く。
直後、男は能面のような無表情に変わり、体から膨大な魔力を放出した。
衝撃波が室内に吹き荒れ、柱が折れ、天井が崩れ始める。
「全員、外へ出ろ!」
僕は叫びながら鬼竜四号を抜き放ち、男に向けて鋭い斬撃を繰り出した。
男は自らの腕に剣のような光の刃を纏わせ、僕の斬撃を容易く受け止める。
「あはは、いい反応だね!でも無駄だよ」
男は笑いながら、周囲の壁を次々と破壊していく。
僕は男を拠点の外へと誘い出すように、激しく剣を振るい続けた。
なんとか屋外の広場まで押し出すことに成功したが、すでに僕たちの拠点は無残な瓦礫の山へと変わっていた。
「僕、思ったんだよね」
男は、壊れた拠点を見つめながら独り言のように呟いた。
「抜け駆けして君たちを喰らえば、あいつらを出し抜いて僕が一番強くなれるって!」
どうやらこいつは、仲間の赤髪たちを出し抜いて俺たちを殺し、成果を独り占めしたいらしい。
その歪んだ欲望を剥き出しにした瞬間、男の両手からさらに大きく鋭い光の剣が伸びた。
「死んじゃえっ!」
男が両腕を猛烈な勢いで振るい、光の刃を振り回す。
僕は全身の神経を研ぎ澄ませ、見切りスキルの反応を頼りに必死に防ぎ、躱した。
酒井くんや藤田さんも、崩壊した建物から脱出し、男を取り囲むように展開する。
「こいつ……、速すぎる!」
酒井くんが苦鳴を上げるが、男の機動力は僕たちの想像を絶していた。
しかし、チャンスは不意に訪れた。
男が僕への攻撃に集中し、大きく踏み込んだその一瞬。
地面に潜むように気配を殺していた笹田さんが、男の足元に滑り込んだ。
彼女が放った鋭い操糸の一撃が、金髪の男の右足を正確にえぐり、損傷させる。
「ぐあぁっ!?」
機動力の要を突かれた男の動きが、目に見えて鈍った。
「もう、痛いじゃないか!このちんちくりん、何をするんだよ!」
男は叫びながら体から強い光を放ち、傷を一瞬で再生させていく。
その光景に、僕たちは怯むことはない。
強化剤を飲み干し、男に投げつける。
「狂戦士!死ねやきんぱつ!多重斬撃!」
チャンスと感じた僕は、全力で叫びながら、村雨に魔力を上乗せして攻撃を爆発させる。
酒井くんのスキルレベルが上がったギガスラッシュと、藤田さんの執拗な連撃も加わり、男を追い詰めていく。
「ちょ、ちょっと待ってよ。もう魔力が―――」
それまで傲慢だった男が、両手を前に突き出して嫌がる素振りを見せ始めた。
「今日はこれくらいで勘弁しておいてあげるよ。ね?もう終わりにしよ?」
男は情けない声を出し、背を空へと逃げようとした。
だが、藤田さんがその隙を逃すはずがない。
彼女がしゃがみ込んだ後、高く跳躍し、逃げる男の背中を深く切り裂いた。
さらにそこに笹田さんが爆札を貼り付る。
男の背中が、轟音と共に爆発した。
「ぎゃあああああ!」
男の背中は無残に焼けただれ、肉の焦げる嫌な臭いが周囲に漂った。
「や、やめてよー!痛いじゃないかっ!人族の分際で、何でこんな酷いことするの?」
男は涙目になりながら、地面を転げ回って叫んでいる。
僕はその滑稽な姿を見て、心の底から呆れた。
「何を言っているんだ、お前は」
僕は冷え切った声で吐き捨てた。
「俺たちを殺そうと、自分の都合でやってきたくせに、今更何を言ってやがる!」
僕は鬼竜四号を真正面に構えながら、男を見下ろした。
黒い刀身に膨大な魔力が凝縮され、空間がゆらゆらと歪んでいる。
逃がすつもりなど、毛頭ない。
「人族ごときが、何を偉そうに……、そ、そんな目で僕を見るなー!僕を、誰だと思って―――」
男がなおも言葉を続けようとしていたが、僕はその言葉を最後まで聞くつもりはなかった。
「死ね!」
僕は全身の力を込め、渾身の斬撃を振り下ろした。
刃が空を断ち切り、神を自称した男の体を切って捨てた。
◆◇◆◇◆
その日の夜。
僕たちは、辛うじて破壊を免れた離れの建物を仮の拠点として、そこに身を寄せていた。
静まり返った部屋の中で、僕は一人、ステータスを確認する。
あのサテルサイヤスという金髪の男を斬り捨てた瞬間、僕の体に新たな力が宿っていた。
さらに『一閃』という名の新スキルも獲得した。
久しぶりに手に入れた攻撃スキルに、鼓動が速くなるのを感じる。
興奮を抑えながらも、僕はこれからの戦いについて冷静に考えようと努めていた。
神を自称する奴らの一人を、ついに仕留めたのだ。
もしかしたら報復がくるかもしれない。
今月末のレイド戦も一週間を切っている。
スキルを強化し、備えるしかないだろう。
だが、その直後だった。
重苦しい魔力の気配が近づき、三人の男たちが姿を現した。
「おい。サテルの魔力が残っておる。奴はどうした」
緑髪の男が、不機嫌そうに声を荒らげながらこちらへ歩み寄ってくる。
僕は反射的に鬼竜四号を引き抜き、その鋭い刃先を男に向けた。
「あいつなら、抜け駆けしに来たらしいが、返り討ちにしてやったぜ。代わりに俺様が喰っちまった!」
僕はあえて不敵な笑みを浮かべ、余裕を見せるように言い放った。
手に入れたばかりの『一閃』を使い、この場で不意打ちを仕掛けたい衝動に駆られる。
しかし、今ここにいるのは僕と藤田さんたちを含めて四人しかいない。
相手は三人。
戦力の差は歴然だった。
「どうした?仲間の仇討ちでも、するか?」
僕は喉の渇きを感じながら、さらに挑発を重ねた。
刺すような沈黙が流れる。
もし奴らが戦うと言い出せば、ここで死力を尽くすしかない。
「いや、今はやめておこう」
沈黙を破ったのは、中央に立つ赤髪の男だった。
彼は冷徹な瞳で僕を見つめ、静かに言葉を継いだ。
「お前たちがサテルに喰われたかを確認しに来ただけだ。所詮、あ奴のことだ。気を抜き過ぎて、不意打ちでも食らったのだろう?」
赤髪の男は、仲間の死を惜しむ様子さえ見せなかった。
「お前たちは、もうすぐさらに強くなるという。我らはそれを待つとしよう。最高の状態で喰らわねば意味がないからな」
そう言い捨てると、赤髪の男は残りの二人を引き連れ、闇の中へと消えていった。
「逃げやがって」
奴らの気配が完全に消えたことを確認して、僕は強気な言葉を吐いた。
だが、村雨を握る手は、情けないほどに震えていた。
サテルを仕留められたのは、笹田さんの機撃による、不意打ちからの総攻撃が成功したからに過ぎない。
まともに正面からやり合えば、今のままでは勝ち目がないことは明白だった。
もっと強く、圧倒的な力を得なければならない。
次は、酒井くんたちともっと密に連携しなければ……。
そう考えながら、僕は最古のダンジョンへと足を向けた。
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