第五十四話「よーしよし、おねんねしましょうねぇー」
四月の最終日がやってきた。
あの日、圧倒的な絶望を叩きつけられてから、僕は常に不安を抱えていた。
いつあの男たちが現れるかと、そんな恐怖に怯えながら、ダンジョンの奥底で鎌を振るい続けた。
幸いなことに、レイド戦の当日まで彼らが再び姿を現すことはなかった。
それが慈悲なのか、あるいは単なる気まぐれなのかはわからない。
それでも、僕にとっては準備のための貴重な時間となった。
そして今日、ついに六度目となるレイド戦が開催される。
ランキングの順位は、恐らくレイド戦ではひっくり返らないだろう。
僕が一位、酒井くんが二位、そして藤田さんが三位だ。
上位三名、それぞれが攻撃力を備えたアタッカーなので、都合が良かった。
僕はすでに、藤田さんに「能力値の向上」を選ぶよう、指示を出してある。
僕自身の予定も決まっている。
武器、防具、そして能力値の向上。
この三つを選択しなければ、奴らに対抗することは難しいだろう。
井上さんとは脱衣所での密談を通し、酒井くんに伝えるための指示を出す。
彼女には、僕の横暴に耐えかねて、涙ながらに情報を漏らしたという体裁を取ってもらった。
その見返りは、長いハグと子守唄だった。
「よーしよし、おねんねしましょうねぇー」
僕は彼女の胸に抱かれながら、頭を撫でられ、彼女のご機嫌な子守唄を聞かされた。
どうしてこうなった……、と思いながら恥ずかしさに顔を赤くしながら耐え忍んだ。
苦行を終え、また修行で気を紛らわす。
『美咲ちゃん、震えながらもちゃんと黒木がついに蘇生を止めて、報酬狙いに行くってバラされてんぞ!』『美咲ちゃん、つらそうだな。幸ちゃんに慰めて貰ったらいいよ』『しかし黒木も、女の前では口が軽くなるのな』『おい黒木、見てるかー!ばらされてんぞー』『酒井も能力アップするようだな。めっちゃ怒ってたぞ』
今朝のログアウトで、こんな書き込みを確認し、大袈裟に舌打ちをしてみせる。
井上さんから酒井くんへ、しっかりと僕の意図が伝わったようだ。
「酒井の野郎がどう足掻こうと、俺様の一位は変わらねーからな。今回の報酬で、今後もずーっと、俺様の独走が確定すんぜ!」
そう言って笑ってみせたタイミングで、ゲーム内へと戻された。
これで、僕が酒井くんを出し抜こうとしているクズ、という構図に見えるだろう。
酒井くんが、怒りと共に対抗意識を燃やしてみせれば、視聴者は嬉々として、僕へのヘイトを向け燃え上がるのだ。
準備に抜かりはない。
今回のレイド戦を乗り切り、報酬で力を底上げできれば、奴らにも少しはましに対抗できるはずだ。
腹の底にある不安は決して消えない。
だけど、今はそう自分に言い聞かせるしかなかった。
拠点に集まり開始の時を待つ。
「しゃぁっ!お前ら、気合入れてけよっ!」
足の震えを隠すように、気合を込めた号令で鼓舞をする。
視界が歪み、世界が切り替わる。
レイド戦が始まった。
視界が戻ると、いつものように巨大な円柱がある白い空間に立っていた。
どこまでも続く無機質な床が周囲に広がっている。
空は見えず、ただ均一な光が空間を満たしている。
今回は気温の変化はないようだ。
肌をなでる空気は、不気味なほどに静止している。
近くに現れた酒井くんたちの御一行は、こちらを睨みつけるように見ていた。
その背後に、井上さんが怯えた様子をみせている。
それを見ながら、先日の子守唄を思い出し、恥ずかしさに目をそらす。
岡崎くんたちも、今回は気合十分のようだ。
他のクラスメイトは、援護射撃をする者たちを四方に散らばり、残りは中央の円柱からかなり距離を取り、結界装置を胸に抱き、一か所に集まっている。
宇野くんと宍戸くんは、僕たちの背後で待機している。
そして、カウントダウンが終わり、中央の柱が轟音と共に動き出す。
『常闇の死竜 Lv.240』
今回の敵が現れる。
所々がむき出しになった骨。
肉を覆う黒い鱗が鈍く光を放ち、その鱗からはどす黒い魔力が立ち昇っている。
黒く大きな瞳を見ると、そのまま吸い込まれそうな感覚に陥る。
大丈夫。
みんなと協力すれば、必ず打ち勝つことができる。
鬼竜三号を強く握りしめ、魔力をこめる。
そして目の前の死竜は、「ギギギッ」と不気味な鳴き声をあげる。
周囲に四つの魔法陣が浮かぶ。
そこから、黒い竜は生み出されていた。
『眷属竜 Lv.120 x4』
「眷属竜、だと?」
それを見た酒井くんが、そんなアニメの主人公のようなセリフをつぶやいていた。
レイド戦では初めてとなる、複数の敵。
戸惑いを感じる中、死竜が大きな咆哮を上げる。
鼓膜が震え、精神が削られる。
間髪入れずに、四体の眷属竜が四方から飛びかかってきた。
速い。
だが、所詮はレベル120だ。
楽に対処できる相手だろう。
僕と酒井くん、そして岡崎くんへと眷属竜が迫る。
残りの一匹は、結界を張り固まっているクラスメイトたちの方へ迫るが、それは佐々木くんが防いでいる。
その後方から、井上さんが落雷を落とし援護していた。
僕は安堵しながら、目の前の眷属竜を切り裂いた。
多段斬撃で切り刻み、数秒で倒し切る。
床に打ち付けられた眷属竜は、そのまま霧となって消えていく。
手応えの無い敵だ。
早々に本体を倒し終わらせる。
「狂戦士!」
視界が赤く染まる。
荒ぶる心を押さえつけるように、走り出す。
そんな中、二つの魔法陣が光る。
現れたのはまたも眷属竜だった。
足を止め見回すと、岡崎くんたちはまだ戦闘が続いている。
佐々木くん、井上さんのところでも同じように戦闘が継続中だ。
酒井くんは当然のように倒し切り、僕と同じように死竜への攻撃を行おうとしていたようで、死竜の横に回り込もうと姿勢を低くして駆けている。
「ちっ、また湧くのかよ……、めんどくせーな」
そう言って舌打ちする。
倒せばまた召喚される。
そう判断した僕は、新たに向かってきた眷属竜を、力の限り蹴り飛ばす。
そして僕は地面を蹴り、正面から死竜と向き合った。
魔力が充填された相棒が嘶く。
目の前の死竜が口を大きく開き、魔力が集まっている。
「させるかよっ!多重、斬撃ーーー!」
飛び上がりながら振り上げた初撃で、死竜の顎をかち上げる。
その口が閉じ、「ガフッ」という声を漏らしながら、黒い煙のような魔力を漏らしている。
腕が引きちぎれそうなほどの痛みを感じながら、二撃、三撃と、死竜の顔に大鎌を叩きつける。
黒い血しぶきが飛ぶが、ゲージはわずかに減った程度だ。
当たり所が悪いのかもしれない。
そう思った時、横を通り過ぎていった藤田さんが天高く舞う。
次の瞬間、死竜の横っ腹に何かの存在を感じ、視線を向ける。
視界に、笹田さんが爆札という魔道具を何枚か張り付け、蹴るようにして離脱しているのが見えた。
慌てて距離をとる。
戦闘機のような甲高い音が聞こえた。
次の瞬間には、死竜の背に藤田さんが急降下し、両手の短刀を捩じるようにして差し込んできた。
死竜の背が爆発を起こす。
それに連動するように、横っ腹にあった爆札が大爆発を起こし、衝撃波を生む。
ゲージを大きく削った死竜に、酒井くんが叫び攻撃を重ねていた。
藤田さんたちに倣うように横っ腹に叩きつけられた、ギガスラッシュという一撃。
気付けば、すでにゲージは一割ほど削れていた。
周囲を確認する。
二体の眷属竜が、佐々木くんと井上さんの元に集まっている。
その周りに、結界装置で守られたクラスメイトたちによる包囲網が形成されていた。
反対側では残りの二体が、岡崎くんたちにより、なんとか現状維持にとどめているようだ。
全部まとめて叩き潰したい衝動を堪え、痛む頭を抑える。
「大丈夫?」
背後から聞こえた宇野くんの声。
それと共に精神安定と治癒のスキルを受け、少しだけ荒ぶる気持ちが落ち着き、痛みも引いてくる。
「終わったか!だったら退いてろ!」
宇野くんと、強化の呪詛を再度かけてくれた宍戸くんに感謝をしながら、手で追い払うようにして邪険に扱う。
僕は強化剤を飲み、再び走り出す。
狙いは横っ腹。
繰り出された両翼からの黒い雷を見切りで躱し、懐に入ったところで全力のフルバーストを叩き込む。
負けるわけがない。
そう思いながら死竜を切り付け続けた。
数十分後、
黒い霧が飛散し、空間を覆い尽くした。
眷属竜も同じように消え去った。
戦いは終わった。
またも死闘となってしまった。
体中の力が抜け、その場に膝をつく。
もう意識を保っていられないほど、精神疲労はピークに達していた。
だが、まだ意識を失うわけにはいかない。
僕は唇を強く噛んだ。
血の味が口の中に広がり、痛みが意識を繋ぎ止める。
さらに、拳で頬を強く殴りつけた。
火が出るような熱さが顔を走り、無理やり感覚を覚醒させる。
周囲を見渡す。
みんな、次のメッセージを待っているのだろう。
静寂が戻っていた。
そして、レイド戦終了のメッセージが空中に表示された。
順位は藤田さん、酒井くん、笹田さんの順だった。
まさかのランク外に戸惑うが、舌打ちしながら床を蹴った。
ポイントはまた増えたが、この程度では月間ランキングに変化はない範囲に収まっていることに安堵する。
それを確認した後、視界は拠点に戻り、僕はソファにどかりと座り体を休めた。
そして翌日。
正午となり、あの白い空間に飛ばされる。
目の前に現れた軽いトーンの神の労いの言葉が終わり、月間ランキングのメッセージが表示された。
順位は変わらない。
一位、僕。
二位、酒井くん。
三位、藤田さん。
僕は予定の通り、新しい武器と防具、そして能力値の向上を選択した。
「おや、何かあったのかな?例えばー、めっちゃ強い敵とか?」
神はうざかった。
すべて知っているくせに。
むしろそんな設定を、後付けしたのかもしれないとも思った。
「いいから早くしろ!」
苛立ちまぎれにそう言うと、神は舌を出しながら指を鳴らす。
全身が熱に侵されたように熱くなる。
能力が高まっているのを感じる。
そんな中、目の前には新たな武具が浮かんでいる。
ひとつは黒い刀。
黒い煙のような魔力が湧き出ているその刀に、呪いの武器なのでは?と思ってしまう。
手に持った瞬間に、表示されたその名は『呪刀・村雨』だった。
呪われてるじゃないか!と脳内で突っ込みを入れる。
防具は黒い脛あてが一つ。
名は『雷脚・嘶夜』だった。
興奮した。
「俺様に相応しい装備じゃねーか!さっきのバカな発言は許してやんよ!」
そう言いながら刀を握り、脛あてを右足に装着した。
村雨を握る掌から魔力がごっそり抜かれ、かろうじて立っていた膝が折れる。
だが、体が軽くなった感覚がある。
村雨からは、今も少しずつ魔力が抜かれている感じがするが、耐えられないほどじゃない。
感覚を確かめるように、その場で軽く飛び跳ねてみる。
やはり体は軽い。
脛あてを装着した右足で空を蹴る。
バリバリと黒い雷のようなものがまとわれていた。
それを見て興奮気味の心が、僕の疲れ切った意識をかろうじて保ってくれていた。
「次ー、いいかなー?」
みんな僕の様子を伺っていたようで、しびれを切らした神がこちらを見てため息をつく。
「能力向上」
神の声に応えるように、藤田さんが能力値の向上を希望する。
「はいはい」
その声と共に、藤田さんの体が淡い光を放つ。
彼女はぴくりとまゆを上げるが、相変わらずの無表情を貫いていた。
最後に、酒井くんが報酬を伝える。
彼は迷うことなく、能力値の向上を選んだ。
さらに、もう一つの報酬として「ギガスラッシュ」のスキルレベルの向上を希望した。
なるほど……、スキルレベルの向上もあったんだよな。
そんなことを思い出す
もし来月まで、奴らが襲ってこなかったら、斬撃と多段のスキルレベルを上げるのも良いかもしれない。
そんなことを考えている間に、「ばははーい」という軽い別れの挨拶と共に神は消え、視界は拠点へと戻っていた。
新たな武器、強化された肉体。
手に握る村雨を『鬼竜四号』と命名し、強く握りしめる。
大幅な戦力アップができた。
それでも、心の中の不安と恐怖は消えない。
だが、立ち止まることは死を意味する。
僕はまた、ダンジョンへと向かった。
今日が終われば、また新たな月が始まる。
来月もあるであろう七回目のレイド戦を乗り切り、五月のランキング報酬で六人の蘇生を行えば、残りは九人。
終わりが見えてきた。
そのためには、まずは奴らを退けなければならない。
このまま現れなければ、不安を払拭するために、来月も蘇生以外を選ぶ必要があるのかもしれない。
僕は、不安を隠し魔物を狩る。
もっと深く。
もっと強い魔物との戦いを求め、足早にダンジョンを駆け抜けた。
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