第五十一話「やれやれ、人族は物分かりが悪いな。躾が必要か?」
「それで全部?」
井上さんが柔らかい口調でそう尋ねてくる。
僕は真剣な表情でうなずいた。
僕は必死で弁解し、自分が悪役を演じなければならない理由、この世界で置かれている状況のすべてを打ち明けた。
彼女は驚きながらも、僕の話を最後まで聞いていてくれた。
「じゃあ、藤田さんとは何もないってことよね?」
「えっ、あー、うん」
僕は口づけのことを隠し肯定する。
「私、なんだか初めて母性が目覚めちゃったかもしれない!」
彼女は少し自分に驚いたような顔をした後、明るく笑った。
そして、何かを思いついたように顔を輝かせた。
「ねえ、私も黒木くんの彼女設定で、一緒に悪役を演じたらいいんじゃない?」
その提案に、僕は即座に首を振った。
「ダメだよ。それは絶対にさせられない。僕は日本の状況がすぐにわかるし、僕の家族を守るための状況を揃えてある。でも、井上さんは違う。もし僕の仲間だと思われて、家族にまで危険が及んだら?そうなったら僕は……、自分が許せなくなる……」
「それは……」
「頼むから、井上さんは無理やり従わされている被害者、ってことにしといてよ」
僕は少し気まずそうにそう言って、彼女の顔色をうかがう。
「わかった。黒木くんがそう言うなら我慢する。でも、その代わり条件があるの」
「条件?」
「これから、私のことは美咲って呼んで。藤田さんのこと、美織って呼んでるんでしょ?」
思わず戸惑った。
だが、抗うすべを持たない僕は、彼女に屈した。
こうして、彼女は「僕に恐怖し、従わされている被害者」という役割を演じ抜き、僕は「強引に美咲を手に入れた節操のない俺様」という設定で振る舞うことになった。
「定期的に会いに来てね?じゃないと、演技を忘れちゃうかも」
茶目っ気たっぷりに言う彼女を見て、僕は深いため息をついた。
どうしてこうなった。
そう思いつつ、彼女を残し、脱衣所を後にした。
後は彼女が適当に演じてくれるだろうと、やや投げやりに感じながら、待機させていた竜騎士に命じ、王都へと帰還した。
数日後。
早朝にベガルタから、王家からの伝達事項についての連絡が入った。
数十分後、ベガルタと一緒にやってきた魔導士風の男は、僕に媚び諂う態度で王家からの連絡事項を告げた。
「日頃よりお世話になっている黒木様へ、王太子殿下からの感謝の印にございます。この、王都の拠点と、バルドの長屋街を繋ぐ、専用の転移陣を設置させて頂きたく、参上いたしました」
王家直属の魔導師団の団長だというその男。
一度も会ったことのないその王太子殿下という奴が、なぜそんな便宜を図るのかと不審に思った。
しかし、目の前の男は、軽快な口調で僕を褒めたたえ続けた。
「殿下も黒木様の力を高く評価しており、今後の連携を密にしたいと考えておいでです!」
僕に媚びを売り、あわよくば手駒として囲い込みたいのだろう。
僕はそう推測した。
転移陣ができるなら、その恩恵は大きいだろう。
飛竜でも数時間かかる距離を、一瞬で行き来できる利点は大きい。
「勝手にしろ。ただし、設置する場所はこちらで指定する。それでいいな!」
念のため、王都の拠点にしている屋敷の庭の端にある、物置内に設置するように伝えた。
後からその物置は改修させ、厳重に管理する予定だ。
バルドについても、長屋街の外れの位置に設置する予定で、岡崎くんに「長屋街の予定地区の一番外れ、王都に近い方の空いた物件内に作らせろ」と連絡しておいた。
設置作業はその日の内に終わった。
王都側の設置を終えたその男が、専属という竜騎士の使役している飛竜に乗り、バルドに設置が完了し、通信具で連絡してきたのだ。
僕はその、連絡をしてきた男に、「転移陣を使ってこっちに飛んで来い」と伝えた。
数秒後、目の前の転移陣から男が現れた。
「もう一度あっちに転移で飛んでみろ」
僕のその冷たい言葉に、ややひきつった笑いをした男は、再度その場から消えた。
『黒木様、こちらにあの男が転移してきました』
すぐに岡崎くんから連絡が入った。
「おう。男にはもう戻ってこいと言っておけ。ついでにお前も一旦こっち来い!」
『わ、わかりました』
僕の横柄な命令に、端切れの悪い返答がくる。
数秒後、男は、岡崎くんと一緒にこちらに現れる。
「す、すごいですね、これ」
僕はその言葉に舌打ちをしておく。
「く、黒木様……」
困った表情の岡崎くんを見て、吹き出しそうになるのを堪えた。
「黒木様、この通り、稼働に問題ございません、何かあればいつでもご連絡をと、殿下もおっしゃっておりました!」
そう言う男に、「終わったならさっさと帰れと伝えると、男はペコペコと頭を下げて帰って行った。
その時は、これで移動が楽になる、程度にしか考えていなかったのだ。
あの王太子殿下の真の狙いが、別にあるとは知らずに。
さらに数日が過ぎたある日。
岡崎くんから緊急の連絡が入った。
『黒木様!すぐにこちらに来てくれませんか!聖天教会という所から男が来て、黒木様を呼んでくれと言われて、申し訳ありません。私の力では何ともできず、このままでは街が……』
心臓が跳ねた。
僕は即座に狩りを中断。
転移札でダンジョンを出ると、藤田さんたちと共に、設置されたばかりの転移陣へと飛び込み、長屋街の本部へと向かった。
必死で走り、本部へと飛びこんだ僕の視界が、長身の身綺麗な男の暴挙を捉えていた。
エメラルドグリーンの長い髪をなびかせた、整った顔立ちの男。
その男が、あろうことか高橋さんの頭をテーブルの上に押し付け、組み敷いていた。
脳裏に熱いものが駆け巡る。
「死にたいようだな?」
僕は殺気を放ち、一歩、一歩とその男へ歩み寄った。
男は僕の気配に気づくと、面倒そうに高橋さんを掴んでいた手を離した。
「ああ、お前が黒木という人族か。随分と遅い到着だな。危うく一人殺してしまうところだったよ」
解放された高橋さんが、震えながら岡崎くんたちの背後に隠れる。
男はこちらを冷たい瞳で見ていた。
「貴様、何者だ?」
「さっきそこの人族が伝えてただろ?聖天協会から、不浄な魂を間引くために、わざわざ来てやったのだ。お前がテンセイシャの頭なんだろ?面倒だから、他のテンセイシャという奴らも、ここに呼べ。まとめて処分してやるから」
その傲慢な物言いに、僕は鬼竜三号を抜き魔力をこめた。
「表へ出ろ。死に場所を選ばせてやる」
僕の言葉に、男はため息をつく。
「やれやれ、人族は物分かりが悪いな。躾が必要か?」
そんな独り言を漏らしながら、僕について外へ出た。
街の大通り。
僕は鬼竜三号にさらに膨大な魔力を込め、それを一気に叩きつけた。
並の魔物なら霧散する一撃。
「ぐっ、どうなってる!」
細身のその男は、黒い魔力をまとっている大鎌の穂先を、左手一本で受け止め、微動だにしなかった。
「力任せだな。人族ではなく猿族だったか?」
男はそのまま、信じられない剛力で僕を鎌ごと振り回し、投げ飛ばした。
僕は空中で体勢を立て直し、着地する。
かろうじて相棒をしっかり握りしめ、奪い取ることを許さなかった。
見た目からは想像できない、圧倒的な格の違い。
「ここじゃ戦えないな。俺様の街を壊されてたまるか。場所を変えるぞ」
僕が移動を促すと、男は首を傾げた。
「なぜ人族の命令を聞かねばならない?面倒だ。お前だけはここで殺しても良いんだぞ?だまって他の者たちを呼び寄せろ」
次の瞬間。男がただ魔力を放出し、圧倒的な力の片鱗が周囲に迸った。
衝撃波が全方位に広がり、付近の店舗の壁が、屋根が、轟音と共に崩落していく。
かろうじて、佐々木くんが咄嗟に守った本部の入り口付近には被害がでていなかった。
「あ、ああっ、 店が!」
情けない声を上げる佐々木くん。
周囲にいた者たちを丸ごと守ってくれた彼に、心の底から感謝する。
建物がいくら壊れようが、死にさえしなければ良いのだ。
見回すと、負傷者は出ているようだが、騒ぎに気づいた住民が早々に遠巻きにしていたおかげで、死人は出ていないようだ。
「貴様……」
それはそれ。
怒りを抑えることができなかった僕は、全力の攻撃を叩きつける。
「フルバースト……、死ねっ!!!」
空間を歪めるほどの一撃を、男の胸元へ叩き込む。
受け止めようとした男が、初めて驚きの顔を見せた。
直撃。
轟音と共に男の体が弾け飛び、地を滑るどころか、そのまま空を舞った。
だが、男は空中で静止した。
空まで飛べるのか。
真っ赤に染まりかける視界の中で、僕は少しだけ冷静になってしまうほどの衝撃を受けた。
上空で浮遊する男。
その長い髪が逆立ち、瞳が血のような赤に染まる。
彼が初めて、無関心ではない怒りという感情を露わにした。
「面白い。人族風情が、私を空へ押し上げたのか……。もはや、一人くらい殺しても良いだろう」
男の魔力がさらに膨れ上がる。
このままここでやり合えば、長屋街は地図から消える。
僕は高ぶる破壊衝動を必死で堪えながら、街の外れ、先ほど使用した転移陣がある建物からさらに進んだ荒野まで必死に走った。
「逃げるな!貴様の四肢を、今ここで、バラバラにしてくれる!」
男が弾丸のような速さで追ってくる。
狙い通りだ。
開けた荒野で立ち止まった僕は、疾走しながら飲み干した強化剤の瓶を投げ捨てる。
こちらに向かって突進してくる男を、最大加速の多重斬撃で迎え撃った。
「ガハッ……!」
衝突の瞬間、大型トラックに跳ねられたような衝撃が体を突き抜けた。
骨がきしむ音。
肺から空気が搾り出される。
それでも僕は痛みを堪え、抉れた地面の上に立ち上がった。
ふと、視界の端に動く影が見えた。
背後から、三人の兵士が必死な形相でこちらに向かって走ってくる。
彼らは先ほどの衝撃で生じた土煙や、散乱した瓦礫の破片に隠れるようにして、奇妙な魔道具を構えていた。
あれは……、記録用の魔道具なのか?
それを覗き込みこちらに向けている姿から、そう感じた。
だが、なぜ王家の兵士が、こんな場所に。
そう疑問に思っていると、魔道具を構える兵士のすぐ隣、通信具を持つ男から、怒鳴り声のような声が漏れ聞こえてきた。
『おい! やっと追いついたのか、ぼんくらどもめ! 早くあいつらを映せ! 黒木が醜く死ぬ姿を、一秒たりとも逃すなよ!』
その言葉から、王家の者、おそらくは殿下と呼ばれる、転生陣を設置させた王子なのだと理解した。
ご丁寧にこいつの言いなりに全員集合させやすくするために、転生陣の設置という手の込んだ準備をしていたのかと。
最初から、僕や他のクラスメイトの敗北と死を記録し、世界に知らしめるために王太子とやらが仕組んだショーだったのだと。
僕は、血の混じった唾を吐き捨て、赤い視界で空中の敵を見据えた。
「最高だな。クソ野郎どもが、揃いも揃ってお膳立てしてくれたわけだ!」
鬼竜三号の穂先が、僕の怒りに共鳴するように黒い雷を纏った。
本当の悪役が、どちらであるかを教えてやる。
戦いは、ここからが本番だった。
そう感じ、僕は二本目の強化剤を実行した。
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