第四十九話「ねえ、黒木くん、緊張してる?」
2026/01/12 訂正 まさかのログアウトのスキルレベルを間違えておりました。失礼しました。
王都の迎賓館の一室。豪華な装飾が施された室内には、重苦しい沈黙が流れていた。
対面のソファに深く腰掛け、足を組んで傲慢な態度を隠そうともしない僕の視線の先で、酒井くんは座るのを躊躇うように立ち尽くしていた。
その表情には、強い決意を秘めているように見えた。
「そう言えば、お前らはバルドにいたんじゃねーのか?」
「あ、ああ。君に会うため、昨日の夜、伊藤くんに頼んで高速艇を出してもらった」
「はっ、ご苦労さんなこった」
まだ飛竜ほどの速度はでないけど、イトー商会では飛行艇を実現していた。
僕も一度、乗ってみたいなと思ってたけど……、そう考えると少し悔しい。
やがて、彼は意を決したようにその場に崩れ落ちるように、膝をついた。
額を床につくほどにひれ伏した、完璧な土下座。
「黒木、頼みがある……。この通りだ」
予想外の行動に、僕は一瞬だけ素で驚きそうになった。
だが、すぐに意識を視聴者目線に切り替える。
地球で見ている連中にとって、正義の味方である勇者が、悪役に屈するシーン。
さぞかし怒り心頭だろうと考えた。
僕は鼻で笑い、わざとらしく冷たい声を上げた。
「なんだよ。俺様を拝みたい気分にでもなったか?汚い頭を下げてんじゃねえよ。床が汚れるだろうが」
酒井くんは顔を上げず、絞り出すような声で続けた。
「王都の最古のダンジョンを使わせてほしい。バルドの百階層をクリアした。だが、それでは足りないんだ。もっと、もっと強くならなきゃならないんだ!」
バルドの百階層をクリアしたとの告白。
当然知っている。
ログアウトの時には念入りにログをチェックするし、こっちでもランキング経由で見ることも出来る。
素直に嬉しかったけど、顔を上げた彼の表情は、ひどく焦っているように見えた。
これは、演技なのか?
ふと、そんな疑問が頭をよぎる。
酒井くんもまた、視聴者の目を意識してそうを演じている。
僕の目的を知って、彼なりに演技をしてくれている。
そう思えた。
でも、心のどこかで、今の言動が彼の本心なのかもしれない。
そんな不安がある。
判断はつかない。
だが、どっちだっていいじゃないか?
この状況を利用しない手はないが、できれば、酒井くんには分かって欲しいという気持ちが湧いてしまう。
やはり僕は弱い。
そんな自分に嫌悪しながら、僕は視聴者に向け、さらなるヘイトを稼ぐため、燃料を投下することに決めた。
「いいだろう。だが俺様はボランティアじゃない。お前らがそこで稼ぐ額の三割、いや五割と言いたいところだが、まあいい。お前らにも強くなってもらわなくちゃならないからな!きっちり三割を上納しろ。ちょろまかすなよ!」
「くっ、分かってる!」
悔しそうに顔を歪める酒井くん。
「ドロップ品は……、できればそれは、確保したい、が……」
酒井くんが食い下がる。
僕はあえて大げさに肩をすくめ、嘲笑を浮かべて言い放った。
「ドロップ品?ハッ、どうぜゴミだろ?お前らにやるよ!好きなだけ拾って、せいぜい装備を固めて強くなれ!お前らが効率よく稼げば稼ぐほど、俺様の懐が潤うんだ。死なない程度に精を出せよ!」
「わ、わかった。感謝する」
一言ごとに、彼は何かを飲み込むように顔を歪めた。
その屈辱に満ちた表情が、配信画面を通じて視聴者の正義感を刺激しているのが手に取るようにわかる。
正直なところ、前回のレイドはギリギリの戦いだった。
酒井くんたちの戦力アップは、僕にとっても渡りに船だ。
それに今なら、たとえ彼らがランキングを独占したとしても、蘇生一択という流れは揺るがないだろう。
むしろ、彼らが強くなって最前線を支えてくれた方が、僕の負担は減るのだ。
レイドで誰かが死ねば、本末転倒。
僕は、恩着せがましく条件を付け足した。
「それから、移動用に飛竜の使用を認めてやる。最古のダンジョンや他の街を行き来するらな、必要だろ?伊藤のとこのより速えーからな。時間を無駄にせず稼ぎまくれよ!」
酒井くんが驚いたように顔を上げた。
「飛竜は王家直属の竜騎士が管理してるんだろ?君が勝手に決めて良いのか?」
「今更なに寝ぼけたことを言ってんだ?その竜騎士の上司も、今の王であっても、すべては俺様の言いなりなんだよ。いいから使え!使いてぇ時は岡崎に言え。いいか?俺様の手を煩わせるなよ!」
「か、感謝する」
そういって酒井くんが床に顔をつけたところで、僕らの短い会合は終わった。
用済みだと言わんばかりに顎で出口を指すと、酒井くんは力なく立ち上がり、肩を落として部屋を出ていった。
その背中を見送りながら、僕は心の中でエールを送る。
頑張ってほしいなと、強くなって、早くみんなを蘇生させようねと。
その後も、僕らは相変わらずな忙しい日々を送る。
一月も中盤に差し掛かった頃、僕は大きな決断をした。
井上さんは修行を終え、長屋街へと放逐した。
ここ二週間程、最古のダンジョンの三十階層付近では、笹田さんを中心になって井上さんを鍛え上げていた。
井上さんは相変わらず僕を敵視しながら、笹田さんの指示には渋々だが従っていたようだ。
何より強くならなければ、またあの悪夢が舞い込む危険だってあった。
もちろん岡崎くんたちが、今まで以上に警戒を強めている。
だけど、その油断が彼を殺したのだ。
何より、彼女の賢者という天賦は、放っておくには惜しいなと考える。
バルドより過酷な最古のダンジョンで、藤田さんたち三人による実戦形式のスパルタ指導が続く。
彼女は泣き叫びながらも、殺傷力の高いダガーを握りしめ、魔物達を仕留めていった。
その結果、『直感』や『魔道の極み』といった便利なスキルを次々と習得していった。
もはや彼女は、守られるだけの存在ではなくなった。
これなら、多少の強い敵と対峙しても、撃退するぐらいはできるだろう。
そして昨日、ついに『上級調合』というスキルが生えたところで、開放することを告げた。
「これで修行は終了。お前は長屋行きだ」
「えっ、いいの!やっと解放されるのね。もうこれで、あんたの顔を見ることもないのね!」
相変わらずの毒を吐き、僕を睨みつける井上さん。
僕の横を見てヒッと悲鳴を漏らす。
僕も横にいる藤田さんから圧を感じ、体を強張らせる。
彼女には新しく増設されたバルドの長屋街で、薬師としての役割を与えた。
上位回復薬や特殊な強化薬など、可能な限り作り続けることを命じた。
イトー商会を通じて市場を独占し、荒稼ぎしてもらう予定だ。
長屋街を守る戦力としても考えている。
何より、生産系のスキルは使うほどにレベルが上がるのだ。
いずれ彼女が、僕も想像しないような凄い薬を作り上げるかもしれない。
昨日、彼女を飛竜に乗せて長屋へと送り届けた際も、やや弾んだ声で悪態をついてから、竜騎士に嬉しそうに抱き着き、バルドまで旅立っていった。
一方、酒井くんたちも拠点を王都へと移していた。
彼らは文字通り昼夜を問わず、死に物狂いでダンジョンに潜り続けている。
イトー商会と密に協力し、様々なドロップ品をかき集めているようだ。
たとえ低階層であっても、この世界のダンジョンには稀に特殊な付与が施された装備が落ちることがある。
彼らはそれらを選別し、独自の強化理論で装備を整えているらしい。
他のクラスメイトを取り込み、戦いたい気概の有る者には装備を分け与え、鍛え上げている。
かつてのお遊びのような冒険者ごっこではないようだ。
今の彼らは、生き残るために必死なのだと感じた。
そんな中、ログアウトの際に確認した掲示板は、ここ最近は強いヘイトを維持している。
あの酒井くんの土下座という出来事は、絶好の燃料として炎上を加速させていた。
『黒木マジでクズすぎる』『酒井、よく耐えた。応援するぞ!』『あの成金野郎、いつか絶対に報いを受けてほしい』
流れてくる罵詈雑言の嵐を見ながら、僕は満足げにうなづく。
「いいぞ、もっとやれ!」
今のところ、追加の燃料は不要なようだ。
憎まれ役が際立てば際立つほど、僕の目標に近づくのだ。
ゆっくりと、確実に、時は過ぎていった。
五度目のレイド戦を乗り越え、季節は巡り、四月に突入した。
過去二度のレイド戦は、驚くほど安定していた。
月間ランキングによる報酬も、みなが蘇生を選択し続けた。
これにより、十二人のクラスメイトがこの世界に蘇った。
レイド戦が安定したのには、個々のレベルアップはもちろん、何より装備の質が劇的に向上した成果だろう。
酒井くんたちが持ち帰る素材や、井上さんが作り出す高性能な薬、そしてイトー商会の流通網が、参加者全員の能力を底上げしていた。
さらに、新しく蘇生したクラスメイトたちの力も大きかった。
呪術師である宍戸くんの、肉体強化や俊敏性上昇の呪詛による能力の底上げ。
先月蘇生した精霊術士の仮谷さんによる、スキル効果の向上スキルに、武具に属性を付与するスキル。
この二人の加入により、安定感が目に見えた増したのだ。
人数が増えるにつれ、バルドの長屋街は、バルドの中心地以上の賑わいをみせている。
長屋を広げるように、手付かずだった建物を建て替え、もしくは改築を重ね、次々と新しい景色へと生まれ変わっている。
現地の人々も積極的に雇い入れ、宿屋、酒場、工房が立ち並ぶ。
そこは、この異世界において唯一、地球の空気を思い起こさせる、下町の商店街のような場所となっていた。
また、僕自身のステータスも向上していた。
ログアウトの連続使用ボーナスにより、レベルが一つ上昇。
ログアウト時の招待枠が三人にまで拡張されていた。
『ログアウト・Lv5:毎日一時間、元の世界に帰還する。外部音声の聴取、3名に限り共有空間に招待することが可能』
これにより、ログアウト中は悟さんと朝子さんも交え、トランプなどをやってダラダラと過ごす。
これにもヘイトが集中していた。
『今、酒井くんが死に物狂いにやっているのに』『呑気な奴め死ね!』『みんな頑張ってるのに!一人だけ地球に帰ってワイワイ楽しく過ごせるなんて、卑怯者には悲惨な最期を迎えて欲しい!』『こんなやつが美織たんを、許せない!』
それを見て僕はまた笑う。
そんな日々を過ごしていた。
そして、初夏の柔らかな風が吹き抜ける、穏やかな午後だった。
バルドの街に漂う活気と、少しずつ近づいている目的達成の気配。
それを感じながら、僕は自らの努力が報われる達成感に、一人幸せを噛み締めて……、いるはずだった。
どうして、こうなった……。
僕は今、冷たい汗が背中を伝うのを感じながら脳内をフル回転させていた。
ここは、長屋街に最近完成した岡崎くんたちが常駐している「運営本部」の一角。
その奥にある、関係者専用の浴室へと続く脱衣所である。
脳内で危機を察知する。
視界には『神フラッシュ』のメッセージが確認できているが、僕の視界は慌ただしく右往左往していた。
僕の目の前には、井上さんがいた。
修行の際に見せていた、あの不機嫌な表情ではない。
明かりが煌々と光り輝く脱衣所の中、彼女は頬を上気させ、潤んだ瞳で僕を見つめていた。
その唇は艶っぽく弧を描き、なんとも言えない魅惑的な笑みを浮かべている。
彼女の指先が、自らの服の合わせ目にかけられている。
「ねえ、黒木くん、緊張してる?」
鈴を転がすような、甘く、それでいて逃げ場を塞ぐような声。
何度も「死ねばいいのに」と言っていたその口が、今は舌なめずりをして妖しく動いている。
戦場での死線なら何度も越えてきた。
格上の魔物との死闘だって、冷静に対処してきた。
だが僕は、この状況に、正解を導き出す自信はなかった。
井上さんはまた一つ、ボタンを外す。
脱衣所という密室。
僕は必死に脳を回転させ、この絶体絶命の「イベント」をどう切り抜け、あるいはどう「悪役」として収拾をつけるべきか、死ぬ気で苦慮し始めるのだった。
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