第四十七話「く、黒木くん、こんなことしかできないけど……」
王都の空は、今日もどこか澱んでみえる。
そう嘆いたのはこの国の王。
栄華を極めた王族の華々しい生活は、今や一転していた。
関わってはいけなかった一人の少年。
為政者としてただ一度、ほんの小さな誤りは、王家の威厳を奈落へと貶めてしまった。
国の栄華の象徴でもある深淵の十傑。
それが、黒木という一人の少年により、軽々と制されてしまう。
その事実は、すぐさま民の元まで行き届いてしまった。
その少年の最古のダンジョンの攻略速度は、もはや人知を超えていた。
深淵という限られた騎士のみに与えられた、過酷な修練場。
数百年かけても攻略が終えられていない十五階層を数日で踏破し、今や彼らは三十階層という、未知の領域に手をかけようとしている。
そもそも秘匿されていたダンジョンの存在。
だがそれは、彼により詳らかにされ、王家が秘匿していたことに対する批判も加わった。
王都の冒険者ギルドでは、彼らを英雄と称え、提供される素材の凄さに湧き、それに比例するように粗暴な態度をみせる少年を許した。
なすすべもなく見守るしかできない王は、ただただ彼らの不幸な最期を祈っていた。
◆◇◆◇◆
僕らは、数日後に控えている二度目のレイド戦を前に、最後の調整を行っていた。
最古のダンジョンという新たな狩場のおかげで、今まで以上に強くなれたと実感している。
バルドのダンジョンとは比べ物にならない魔物。
そしていくつかの高性能な装備のドロップ。
藤田さんは、空間を削り取って移動する『瞬身のアンクレット』を与えた。
それにより、彼女の卓越した機動力は僕の動きを凌駕していた。
佐々木くんは、腕に受ける衝撃の抑え、盾への負担を大幅に減らす『不動の籠手』を装備し、並みいる巨躯を持つ魔物の一撃を軽々と無効化できるようになっていた。
笹田さんは、魔力と引き換えに、不可視の暗器を形成する『魔刃の指輪』を弓にはめ、音もなく背後に忍び寄りそれらを投擲して止めを刺す暗殺者となった。
そして僕の胸元には、精神的な負担を減らす『静寂のネックレス』が青く光っている。
もっとも、レベルアップしたスキル、『狂戦士』がもたらす破壊衝動は、もはやこの程度の魔道具では抑えきれないほどに膨れ上がっていた。
かろうじて理性が持つ程度だが、無いよりはましであった。
他にもいくつかのドロップ品を、護衛担当の岡崎くんたちに提供したり、長屋で販売してりしていた。
そのいくつかは、クラスメイトが購入していた。
これで少しはレイド戦も楽になるかもしれないと、やや楽観視していた。
数日後、すべての転移者が参加するレイド戦の開催日。
すでに王都の拠点の室内には、僕と藤田さん、佐々木くんと笹田さんが集まっている。
岡崎くんたちも店を定休日にし、準備を整えているはずだ。
そして正午。
視界が真っ白な光に包まれ、次の瞬間、肌を刺すような極寒の空気を感じ、戸惑っていた。
転送された先は、前回と同様、巨大な円柱を中心とした白い空間。
だが、張り詰めた冷気により所々が氷結していた。
「くそさみーな!なんなんだこれ!」
苛立つ様子を演じ、叫んでみる。
戦闘開始までの120秒のカウントダウンが虚空に浮かんでいた。
前回はこんな演出なかったのに。
そう考えながら周りを見渡した。
数十メートル離れた場所に、酒井くん率いる勇者パーティの存在を確認する。
極寒の寒さと静寂が支配する中、酒井くんが重い足取りでこちらへ歩み寄ってきた。
「黒木!今日こそ君に勝ち、君のその乱暴な生き方を正してやる!」
酒井くんが演技がかった様子で腰の剣を引き抜く。
その刃は、彼の純粋すぎる正義感を反映したように、清廉な輝きを放っていた。
「おっ、それ、俺様がゲットした竜王の剣じゃねーか。お買い上げありがとよ。少しはましに見えるな」
そう言って笑ってみせた。
「くっ……、うるさい!その、恐怖で人を支配した平穏の先に、真実の安らぎはない!今日、ここで、俺は君を打ち負かし、君の狂った独裁を終わらせてみせる!」
僕は鼻で笑い、鬼竜二号を出すと肩に担く。
至近距離まで詰め寄り、酒井くん睨みつけ、対立構造を演出する。
「お前のその正義感、うっとおしいんだよ!俺様はこの世界で無敵の力を手に入れた、それを使って何が悪い!俺様は、この世界のてっぺんを取り、快適な異世界生活を全うすると決めたんだよ!」
僕は彼にどす黒い殺気を叩きつける。
「俺様は全員を生き返らせる!そして、そのすべても有効に活用し尽くしてやるんだよ!」
何も言えずに歯噛みする酒井くん。
僕は胸に生じる痛みの分だけ、彼を強く睨みつける。
『戦闘開始まで、五、四、三……』
そんなカウントダウンの中、彼は身を引き、仲間の元へと帰って行った。
カウントにゼロを告げた瞬間、中央の柱が轟音を立て下がりだす。
そして、輝く魔法陣から現れたのは、全長五十メートルを超える二つの頭を持つ氷に覆われた竜。
『氷獄の双竜 Lv.160』
その巨体が吠える。
周囲の気温がさらに数十度下がったように感じた。
双竜と目が合った。
最初から僕を敵視しているように、その金に輝く瞳を、真っ直ぐにこちらに向けていた。
そして、その口を開き魔力が凝縮するのを感じる。
「何ぼさっとしてんだクソ野郎ども!死にたくねー奴はさっさと結界を張れ!持ってんだろ?それ使って隅っこで震えてやがれ!」
そう叫んだあと、吐き出された巨大な氷の柱に向かってゆく。
取り出した鬼竜三号を強く握り、目一杯の空気を吸い込んだ。
「狂戦士!」
僕の咆哮とともに、相棒の大鎌の穂先から生じた黒い魔力が暴風となって僕の周囲に吹き荒れる。
双竜が放った多数の氷柱を、その魔力と共に力いっぱい叩き切る。
「そのすべてを喰らい尽くせ!」
切り裂きながら喰らった魔力を糧に、さらに加速した僕は正面から突っ込んだ。
膨れ上がった破壊衝動に呼応するように、大鎌の穂先が赤黒く脈動する。
「多重、斬撃、フルバースト!!!」
全力で飛び上がった僕は、双竜と視界を合わせる。
そして、限界まで膨れ上がった魔力を糧に、双竜の眉間に斬撃を数度、繰り返し叩き込む。
一撃ごとに衝撃波が生じ、僕の腕は強烈な痛みを感じた。
「死ねえええええッ!!!」
衝撃波だけで周囲に生えていた氷柱が粉砕され、双竜はわずかに仰け反った。
目の前の頭を蹴り、距離をとる。
ゲージは5%ほど削るにとどまった。
想像以上に固い。
赤く染まる視界と全身に感じる苦痛で、着地に耐え切れず膝をつく。
わずかに残った理性で回復薬を頭からかぶる。
痛みは引いた。
だが精神は黒く濁った何かが今にも溢れそうで、吐き気を覚える感覚に顔を歪めた。
「く、黒木くん、こんなことしかできないけど……」
背後から声が聞こえ、高ぶる心を抑えきれずに。振り向きざまに殴りつけそうになった手を止める。
腰を抜かし、恐怖に顔を歪め後ずさっていたのは宇野くんだった。
「こ、殺さないで……」
そう言いながら両手を突き出した彼から、暖かい光と共に魔力が放出されたのを感じる。
気持ちが少し落ち着いてきた。
「精神安定のスキル、治癒のスキル使い続けたら覚えたんだ」
そのありがたさに泣きそうになった。
「おいお前!良いもんもってるじゃねーか!お前はそこの後ろで結界張って待機だ!また俺様がここに来たらすぐにそれを使え!いいなっ!」
そう怒鳴りつけるように命じると、悲鳴のような返事を返した宇野くんは、言われた通りにその場からやや離れた場所まで走り去り、結界の魔道具を使った。
結界越しに少し安堵した彼の表情を見て、内心笑いそうになってしまう。
その後、その両翼からは鋭利な氷の刃をバラまく双竜の動きを観察し続けた。
心が落ち着きを取り戻すのと同時に、視界もクリアになっていた。
僕のあの攻撃は、連発できない諸刃の剣だったが、今ならすぐにでも使えそうだ。
そんなことを考えながら、飛来物を躱しつつ戦況を見守り、次の攻撃のタイミングを待った。
一方、佐々木くんは二人を守る完璧な盾として機能していた。
「二人の邪魔は……、させない!!!」
藤田さんと笹田さんの前に立つ佐々木くんに、双竜が放つ、音速を超える尾の一撃が迫る。
それを佐々木くんは大盾で真っ向から受け止める。
キィィィンという鼓膜を引き裂くような金属音が響くが、彼の足元は一ミリも動かない。
盾から伝わる衝撃をすべて吸収した籠手が、赤く発熱し周囲に蒸気が立ち込める。
跳ね上げられた尾の影響で攻撃を緩める双竜。
その隙を突き、藤田さんが空間を跳躍し、双竜の体を駆け上る。
アンクレットの力により凝縮された脚力で、踏み込まれるたびに双竜の関節を鋭く切り裂いてゆく。
そして、その頭を踏み台に高く跳躍。
その刹那、真横に現れたのは、先ほどまで佐々木くんの背後にいた笹田さん。
双竜の顔面に、指輪から生み出された魔力の塊、真空の刃を無数に投擲する。
軽微な痛みと思われるそれに、双竜は嫌がる様子を見せ、両翼をばたつかせていた。
そして、上空から滑空するように落ちてきた藤田さんの、両手に持つ短刀からは強い魔力が渦巻いている。
それをうなじ付近に深く突き立てた瞬間、強い光を放ち爆散する。
振動をともなった爆音が聞こえ、双竜は大量のゲージを失い、狂ったように咆哮をして乱雑に氷の刃をまき散らしていた。
数秒後、佐々木くんの背後に藤田さんが無事な姿を見せたのを確認した僕は、再び双竜へと駆け出した。
その横に、酒井くんが並走していた。
「邪魔するな!」
「初撃は譲っただろ!そっちが引け!」
僕と酒井くんはそう言いながら、迫りくる氷柱を砕き、喰らっていった。
二度目のフルバーストは横っ腹に深く突き立てた。
痛む体でその横っ腹に蹴りを入れ、転げるように地面をすべり距離をとる。
「ぐっ」
苦痛に歪み声をもらす。
直後、暖かい光に包まれる。
高ぶる精神は凪のように静まり、体の痛みが回復する。
背後にいるだろう宇野くんに、思わず素で感謝を伝えそうになり、ハッとして口を引き結ぶ。
「見たか!今のは俺の方がダメージを与えたぞ!」
直後にそう聞こえ顔を上げる。
僕に向かって親指を立て、得意気な表情をみせる酒井くん。
「それに、俺は君のようにボロボロにはならないからな!そこで黙って休んでいると良い!」
そう言い残し、酒井くんはまた双竜に向かっていった。
そして、藤田さんが繰り出す攻撃の余波に、要らぬダメージを受けるのを見て、僕は白い息を吐き出した。
何をやってるんだ。
そう思いながら、彼の攻撃を眺めた。
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