第四十三話「足手纏いだ。大人しく寝ていろ!」
一月も中盤に差し掛かった、ある日の早朝。
拠点の宿に酒井くんがやってきた。
「なあ。少し良いか」
酒井くんは、廊下の窓から差し込む朝日を背に、真剣な表情で僕の前に立った。
「黒木、お前は、藤田さんたちを守ってるのか?」
「あ”?」
唐突な問いに戸惑いつつも、仮面をかぶり高圧的に答える。
「昨日、宇野くんたちのところへ行った。三人共、必死に君に恩を返そうとしていたよ」
酒井くんの言葉に、胸の奥が熱くなる。
そんなことは知っている。
岡崎くんから定期的に連絡が入っているから。
そして、それを酒井くんが知ったことに、一瞬でも嬉しくなった自分に嫌悪する。
俺様の仮面を外すことはできない。
「お前、本当にめでてー頭してんな。そうだな。慈悲深い俺様は、あいつらを助けてやってる。その見返りとして、金を貢がせる。それでウィンウィンって奴だ!」
僕は酒井くんを見下すように鼻で笑う。
「良いことだろ。あいつらは、都合の良い労働力だ。二十四時間働けるんだからな!がっぽり稼いでもらうぜ!」
精一杯の言葉で俺様を演じる。
「黒木くん、キミは……」
酒井くんが、哀れむような視線を僕に向ける。
その目で見ないで欲しい。
僕を良い人だと、今も固唾をのんで見ている視聴者に、理解させないで欲しい。
「そうか……、キミは、本当に救いようの無い、クズだな。人を何だと思ってる!」
怒りをぶつける酒井くんの肩が震えている。
「黒木、俺はお前を許さない!絶対に、お前を力でねじ伏せ、全員を解放してやる!」
その顔は怒り狂っているようでもあり、同時に不安を抱えているようにも見えた。
さすがは酒井くん。
僕の嘘を察して、あえて敵対する役を引き受けてくれたのだろう。
でも、そんな迷いのある顔を向けるのは本当にやめてほしい。
やるなら、僕を本物の悪だと思って怒って欲しかった。
「やれるもんならやってみろ。俺様は、このまま一位を死守してお前の上に行く。俺様が、この世界のてっぺんだ。ざまーみろ!」
力の限り叫んだ。
長い沈黙が流れる。
「俺は、負けない」
酒井くんは短くそう言って、背を向けて帰って行った。
酒井くんが去った後、僕はモヤモヤした気分を晴らすため、三人を置き去りにしてダンジョンへ向かった。
八十五階層。
暗い闇の中、暗視スキルにより明かりをつけずに突き進む。
闇より這いずり出る魔物達を次々と相棒の生贄に捧げる。
鬼竜三号である闇の鎌からは、魔力が充填しつくされたように、強烈な負の力があふれ出ようとしている。
それらを一気に開放し、周りに迫る名も知らぬ魔物達を蹂躙する。
もはや作業であった。
早く次の階層へのルートを見つけなくては。
そう考えながら全力で駆ける。
もっと強い敵を、自身が傷を負い、このもやもやを吹き飛ばせるほどの戦いを求めていた。
そんな中、腰に携帯していた連絡用の魔道具が光る。
僕は周りの魔物を一掃すると、それに反応する。
「なんだ!」
それには短い悲鳴が帰ってきた。
佐々木くんだった。
『あ、あの―――』
どうやら宿でさぼっていたらしい佐々木くんが、怯えながら僕に説明する。
商業街が襲われたと。
僕は帰還札でダンジョンを出ると、大急ぎで宿へと戻った。
出迎えてきた佐々木くんに案内され、宿の医務室に駆け込むと、そこには藤田さんと笹田さん、そして高橋さんがいた。
岡崎くんのパーティメンバーである彼女は、今は回復薬を使って無事ではあったが、駆けこんできた時には全身にひどい傷を負っていたようだ。
「詳しく話せ」
低い声でそう言うと、彼女は僕に縋りついてくる。
「健吾が、お願い、助けて……」
高橋さんは泣きじゃくりながら、事情を話した。
王家からの褒章を授与するから黒木を出せと、使者を名乗る者たちが長屋へやってきたらしい。
今は不在だと伝えても彼らは帰らず、それどころか高圧的に呼んでこいと命令され、ついには乱闘になったそうだ。
抵抗した高橋さんたちも、相手の圧倒的な力の前に歯が立たず、高橋さん自身は傷を負いながらも呼び出し役を命じられたのだと。
岡崎くんは最後まで抵抗し、リーダーと思われる男に切り付けられ、動かなくなっていたのだと、そう言った高橋さんは顔を押さえ号泣していた
脳内が沸騰するような感覚に襲われた。
「足手纏いだ。大人しく寝ていろ!」
追いかけようとする高橋さんにそう吐き捨て、僕は長屋へと走った。
数分程度で目的地に着く。
そこには、地面に伏して動かない岡崎くんの姿があった。
周囲の地面は、どす黒い赤に染まっている。
僕の中で、何かが音を立てて千切れた。
無言のまま、岡崎くんのそばに立つ男たちへ歩み寄る。
「おっと、こいつが親玉か?来るのがおせーんだよ!」
その言葉を無視して相棒を取り出し接近する。
「なんだ、文句があるのか?ガキが粋がってんじゃねえぞ!」
笑いながらこちらを押しとどめようとした目の前の大男。
僕は鬼竜三号を軽く回し、その男の右足を叩き切る。
「ぎ、ぎゃあぁぁ。貴様ぁ!我らが王国騎士団の人間だと知って―――」
叫ぶ男を足蹴にし、吹き飛ばす。
どうやらこいつらは、騎士団の人間らしい。
追加で襲い掛かってきた二人を睨む。
素早く鬼竜二号に持ち替え、すれ違いざまに奴らの腰の骨を粉砕した。
斬撃など必要ない。
ただの質量で、ゴミのように叩き潰す。
そのさらに後ろに、静かに控えていた男が三人いた。
「貴様が黒木か。ずいぶんと野蛮な挨拶だな」
真ん中の男が余裕の表情で声をかけてくる。
僕は俺様の仮面を崩さず、低い声で問いかけた。
「お前たちが、俺様の所有物に手を出したのか?」
その間、後から駆けつけた笹田さんが岡崎くんに上級回復薬を浴びせていたのが見えた。
「だめ……、どうしよう黒木くん」
岡崎くんの傷は塞がらず、息を吹き返すことはなかった。
回復薬が、効果を発揮していない。
殺された。
その事実を脳が認識した瞬間、視界から色が消えた。
体の奥底から湧き上がるような黒い感情に飲まれてゆく。
僕の意識が黒く塗りつぶされている。
次に僕が意識を戻したとき、こちらを見て笑っていたはずの男三人は、地面に転がっていた。
彼らの足や手は切り落とされ、泣き叫んでいるのを、どこか他人事のように見ていた。
そして、僕は狂ったように笑っていた。
Side: ベガルタ・アローンソ
王国の子爵家次男として生まれた俺の人生は、苦渋に満ちていた。
決して貧しくはなかったが、家督を継ぐ権利を持たない自身の宿命を呪った。
それを覆すには、剣の腕で頂点に立つしかなかった。
血の滲むような、いや、実際に何度も血を吐きながらの努力の末、俺は王国騎士団の中でも最精鋭とされる『深淵』への所属を許された。
もちろんそこでも努力を重ねた。
深淵にのみ明かされた、王家が秘匿する最古のダンジョン。
そこで想像を絶する凶悪な魔物と連日連夜、寝る間も惜しんで己を鍛え上げた。
そしてついに、選ばれし強者の証である『十傑』の座にまで上り詰めたのだ。
今回の任務も、当初は容易なものだと高を括っていた。
標的の拠点で待ち構えていたのは、生意気な五人組のガキども。
他の二人と共に、文字通り軽く叩き伏せてやった。
最後まで無様に、仲間の盾になろうと抵抗し続けた男の胸を、俺はこの手で確実に貫き、止めを刺した。
そして現れたのが、今回の標的。
従わなければ即座に斬り伏せる。
その程度の認識だった。
だが、現場に現れたその黒髪の男は、俺と同行した騎士団員三人を、まるで作物の収穫でもするかのような手際で無効化した。
「はは、面白い」
思わず笑みが漏れる。
強者と自負する者を、その傲慢ごと叩き潰す瞬間こそが、俺の人生の最高の快楽なのだ。
俺は嬉々として、その男を殺すために家宝の長剣を抜いた。
その刹那だった。
男から立ち昇ったのは、この世のものとは思えないほどに狂暴で、濃密な魔力。
本能が警鐘を鳴らし、俺は反射的に全力の肉体強化と、幾重もの魔力防壁を展開した。
視界が、真っ黒な闇に包まれる。
気がつくと、俺は地面に寝そべっていた。
視界の端に、禍々しい輝きを放つ巨大な鎌が、俺の顔のすぐ横に突き刺さっているのが見えた。
「あ、が……?」
遅れてやってきたのは、脳を焼き切るような激痛。
見れば、俺の右足は付け根から消え失せていた。
鉄壁を誇ったはずの防壁も、鍛え抜いた肉体も、紙切れのように切り裂かれたのだと理解した。
「回復を、やめてくれ、た、助けて……」
腰につけている魔道袋には、上級回復薬が入っている。
それを取り出せば助かることができる。
そう思ったが、俺の手は恐怖に震え、上手く動かすことができなかった。
そんな俺を、黒木と呼ばれたその死神が冷徹な瞳で見下ろしていた。
未だに周囲の空気を歪めるほどの巨大な魔力を立ち昇らせながら、彼は傲慢に言い放った。
「俺様の下僕に手を出し、貴重な労働力を削った報いを受けろ……」
つぶやかれた怒りの理由。
その歪んだ、しかし絶対的な価値観。
男が再び、地面から鎌を抜き、高々と振り上げる。
その影が俺を覆ったとき、俺は死を確信し、そして諦めた。
十傑として君臨したはずの俺が、これほどまでに一方的な弱者へと転落するとは。
目の前の怪物は、人間ではない。
あれは災厄そのものだ。
これほどの力を持つ相手を、俺たちは『少し腕の立つ冒険者』程度に認識していたのか。
とんでもない男に手を出してしまった。
そんな、あまりにも遅すぎた後悔を胸に、俺は静かに目を閉じた。
もはや、生き延びようとする意志すら、その圧倒的な暴力の前に霧散していた。
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