第四十一話「なんで入れないのよ!」
宿の一室。
僕の目の前には、蘇生され、あのレイドバトルの行われた空間から一緒に転移させられた三人のクラスメイトが立ち尽くしている。
僕は椅子に腰掛け、傲慢さを隠そうともせず背もたれに体を預け、足を組んだ。
威圧感を与えるために、わざと低く冷たい声を作る。
「さて、お前たちのことを聞かせろ。お前たちはいったい何ができる。俺様がわざわざ神の特典を使って生き返らせてやったんだ。それ相応の価値があるんだろうな?」
三人は蛇に睨まれた蛙のように肩を震わせ、視線を床に落としていた。
中でも宇野くんは、その線の細い体をさらに縮こまらせている。
「ぼ、僕は、神官なんだ。戦うことなんて、できないよ……。回復魔法だって少ししか使えないんだ。ごめんよ、黒木くん……」
消え入りそうな、情けない声。
「お前はバカか!早々に死んだお前たちなんかに、最初から戦闘力なんて期待してねーんだよ!自惚れてんじゃねーよクズがっ!」
僕が机を足で蹴ると、大きな音が室内に響き渡る。
三人は短い悲鳴を上げた。
倉田さんと中島さんは、お互いの腕を強く掴み合い、こらえきれずに泣き出している。
クラスメイトの涙。
その光景に息苦しさを感じる。
だが、今の僕は彼らを救うために、彼らから憎まれる最強の悪役を演じ続ける。
「ちっ、豆腐メンタルが!三号、聞いておけ。こいつらはどこかに長屋でも借りて稼がせる。精々俺にもうけさせるように知恵を絞り出せ!」
吐き捨てるように言うと、笹田さんからにらまれるが、僕は気にした素振りはみせずにそのままベッドに寝転んだ。
「一人づつ、できることを教えて?趣味でもなんでも、ゆっくりでいいからね」
笹田さんは、三人に丁寧に説明をしていた。
僕の言葉の意図を察したようだ。
彼女は手際よく三人の適性を調べ上げ、夕方には僕にそれらを報告してくれた。
倉田さんは、実家が飲食店で料理がある程度できるようだ。
宇野くんは、サブカル好きで、趣味でイラストも描いているとのこと。
中島さんは、いわゆる腐女子と呼ばれる属性で、同人活動もしていたらしい。
残念ながら絵の方は別の相方がいたらしく、物語を考えるのが好きらしい。
「ふん、なら使い道はあるな。せいぜい俺のために金を稼げ!」
威圧的に命じた後、僕は夕方の静寂の中で、一人ベッドに横たわった。
宇野くんには、この部屋の隣にある小部屋を個室として与えることにした。
女子二人の管理は笹田さんに一任する。
まずは活動の拠点を確保しなければならない。
今後、さらに蘇生人数が増えることを考えれば、もっと広大で、かつ治安の良い場所が必要だ。
今後について思考を巡らせていた時、視界の端でシステムメッセージが点滅した。
『スキル:ログアウトが二十八日間の連続使用ボーナスによりレベルアップしました』
思わず、頬が緩む。
前回のレベルアップは転移から一週間後だった。
その後、一日も欠かさずログアウトを繰り返し、やっとのことスキルレベルが上がったのだ。
今のところ地球へ完全に帰還する方法は、神からの報酬しか見つかっていない。
他の可能性としては、どう考えても僕のスキルレベルを上げることで実現できるだろうと予想はつく。
使い続けるしかレベルアップの方法しかないのなら、毎月の報酬でスキルレベルを上げるのが手っ取り早いだろう。
だが、スキルレベルを上げた結果、時間が伸びるだけならば……、そう考えると、今は全員蘇生を優先するしかないだろう。
そんなことを考えながら、ステータス画面を開く。
『ログアウト・Lv3:毎日30分間、元の世界に帰還する。帰還中は周囲の外部音声の聴取が可能。また、1名に限り共有空間に招待することが可能』
思考が止まった。
数秒後、その意味を理解し、肺にある全ての空気を吐き出すような深い溜息が出た。
招待することが可能。
これまでは透明な何かが、越えられない壁として存在していた。
声を聞くことも、中継を通じてこちらの声も届けることもできてはいたが、招待できるというのなら、物の受け渡しもできるということなのか?
検証が必要だと思った。
「明日になったらさっそく試してみなきゃな!」
心臓の鼓動が早まる。
僕はふたたびベッドに寝転び気持ちを落ち着かせようと目を瞑る。
だが、高揚した気持ちが意識を遮断することを拒否してしまう。
結局、日付が変わる瞬間を、時計を凝視しながら待ち続けた。
深夜、日付が変わった瞬間にスキルを発動させた。
視界がホワイトアウトし、次の瞬間、見慣れた僕の部屋の匂いが鼻を突く。
目の前には、いつものように姉ちゃんがいた。
今日の姉ちゃんは、いつにも増して気合が入っている。
昔着ていた特攻服に身を包んでいる。
背中に「天上天下唯我独尊」と派手に刺繍されている、姉ちゃんの宝物だ。
その手には、ずっしりと重そうな三段重ねの重箱。
そして何より、その大きな瞳には、今にもこぼれ落ちそうな涙が溜まっていた。
「ね……、姉貴!」
名を呼んだ瞬間、姉ちゃんが一歩足を前に出す。
姉ちゃんは半信半疑のまま、重箱を持ったまま僕の部屋へと踏み込もうとした。
だが、何かが邪魔をしている。
見えない壁が、姉ちゃんの侵入を拒んでいるようだった。
姉ちゃんは戸惑った様子で、何度も、何度も壁にトライする。
「なんで入れないのよ!」
苛立つ姉ちゃんは手を伸ばす。
伸ばした手は、腕は、あっさりと部屋の境界をすり抜けている。
なるほど……。
僕が理解したと同時に、姉ちゃんも何かに気付いたようだ。
手に持っていた重箱を残念そうに床に置くと、もう一度こちらへ足を出す。
姉ちゃんはついに透明な壁をすり抜け、僕の部屋へと侵入することに成功した。
外からの持ち込みには制限がかかるようだ。
衣服はOKと……、今更だが神の決めた設定に文句をつけるのも馬鹿馬鹿しいな。そんなことを考えながら、今にも零れそうな涙をこらえるのに必死だった。
次の瞬間、僕は強い衝撃と共に、懐かしい石鹸の匂いに包まれた。
「心配させやがって!」
姉ちゃんの腕が、僕の背中に回る。
温かい。
久しぶりに感じる人間の暖かさに、堪えきれずに裾で拭いながら、姉ちゃんを押し返そうとした。
「や、やめろよ姉貴!恥ずかしいだろ、子どもじゃねーんだぞ!」
声が震えているのが自分でもわかる。
姉ちゃんは返答せず、ただ僕を強く抱きしめ続けた。
どうやらこの空間で、僕の力は元の貧弱なモヤシのままらしい。
しばらくして、彼女は僕の肩を掴み、真っ直ぐに僕の目を見た。
「てっぺん取りなさい!竜ちゃんは、私の自慢の弟なんだから!誰に何を言われても、あんたが正しいと思ったことをやり通しな!」
その激励は、僕の心に勇気をくれた。
姉ちゃんが抱きしめていた手を緩めたところで、僕は部屋の隅にあるごみ箱を手渡した。
「姉貴、このごみ、あっちで捨てといてくれ。ってか、持ち出せるか試してみてくれ」
「わかった、任せな!」
姉ちゃんがゴミ箱を持ったまま部屋の外へ出るのを見守る。
だが、やはりダメだった。
ごみ箱だけがその境界を超えることを阻むようだ。
少しがっかりしながら、僕は念のため、自分でもその境界に手を突き出すと、やはり透明な壁に阻まれた。
あっちのアイテムを出そうにも、そもそも魔道鞄はおろか、たとえ手に持っていたとしても相棒すらこっちには持ってこれていない。
あるいはレベルが上がれば……。
そんな希望的観測を考えながら、残り時間はいつものように、情報収集に費やした。
姉ちゃんは椅子の背もたれに手を突きながら、PCの画面を覗き込む。
「相変わらずだよね」
姉ちゃんの言う通り、掲示板では、僕に対する相変わらずの罵詈雑言が並んでいる。
そんな殺伐とした流れの中、ふと一つのコメントが目に止まった。
『お姉ちゃん、今日は竜ちゃんと触れ合うことができて本当に良かったね。二人の絆を見てたら泣けてきた!』
その優しい言葉に、またも涙腺がゆるむ。
僕はいつもの俺様ロールに戻るため、キーボードを叩く。
「お前らをぶち殺せるようになる日も近いな!覚悟しとけよ、カスどもが!」
強気の書き込みと共に、時間は過ぎてゆく。
そしてまた、僕の視界は宿屋へと引き戻されていった。
翌朝、僕は単身、領主邸へと赴いた。
「これはこれは、黒木様、御活躍の様で!」
手もみしながらそう言う領主。
「土地を買いたい!」
ここに来る前、ギルドに寄って、これまでの素材を売って得た、一般人なら一生遊んで暮らせるほどの白金貨千枚を白金貨に換金しておいた。
それをテーブルに山のように積み上げ、高圧的に土地の購入を申し出る。
「これで、治安が良くて広い土地を買いたい!そこにこの街で一番の商業街を作ってやる!どこかいい場所はないか?」
驚きながら執事に耳打ちする領主。
執事は、数分後に分厚い書類を手に持ち戻ってきた。
「ここは没落した男爵の受け持っていた寂れた商業街です。ですが、黒木様が営む内容次第であれば、活気のある街が出来上がるでしょう!家屋も残っておりますし、改装や建て替えについてもご相談ならこの者、アランにお申し付けください!」
手に入れたのは、複数の家屋が並ぶ広大な敷地。
建物は長屋形式で修繕が必要な状態だったが、立地と広さは申し分ない。
改装についても相談し、領主邸から宿へと戻る。
さすがは異世界。
すぐに使いたいと伝えた二軒のみだが、建築の天賦を持つ職人たちにより、翌朝には改修が終わったと宿に伝言が届いていた。
僕はいつものメンバーに宇野くんたち、蘇生させた三人、さらには岡崎くんたち五人と共に、その家屋へと赴いた。
「倉田、お前はこの建物で食堂を開け。この世界に日本食を普及させろ。俺様に旨い飯を食わせろ!」
「宇野、中島。お前らは隣の店舗だ。裏に作業場も作ってあるが、使いにくければ岡崎たちに言え。この世界には娯楽が足りないからな。売れる物を作れ!俺を稼がせろ!」
三人は戸惑いながら真新しく生まれ変わった家屋を見ていた。
「稼げれば何でもいいからな!好きにやれ!」
「「「はい!」」」
気合いの入った返事と共に、家屋へと入った三人を放置し、岡崎たち五人には護衛の任務を与えた。
「何かあればお前らの責任だからな!手伝いもしろよ!さぼってたらまた躾てやるからな!」
僕の言葉に震えながら首を縦に振る五人。
これだけ脅せば余計なことはしないだろう。
そう思いながら宿へと戻った。
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