第三十九話「ギガスラーシュッ!!!」
ついに、約束の正午が訪れる。
僕の部屋には、藤田さん、笹田さん、佐々木くんの三人が集まっている。
室内には重苦しい沈黙が流れている。
そして、目の前に現れたカウントダウンにより、視界が歪み、ログアウトの時と同じような、体が浮き上がる感覚に襲われる。
僕は何度も経験しているから平気だが、他の三人は戸惑いの声をあげている。
一瞬の眩しさの後、僕たちは広大な円形広場へと転送されていた。
周囲を見渡すと、見覚えのある顔ぶれが揃っている。
この世界に飛ばされたクラスメイト、その生存者三十八名、全員が集結しているようだ。
広場の中央には、天を突くほど巨大な石の円柱が鎮座している。
殺伐とした空気の中、酒井くんが僕らを見つけて足早に駆け寄ってきた。
彼の背後には勇者パーティの面々が、僕を忌々しそうに睨みながら控えている。
「黒木!今日こそは決着をつけてやる!俺は、俺たちは負けない!」
酒井くんがいきなり声を荒らげた。
「は?お前らなんかに負けるかよ!ボスは俺がぶっ殺す!もしからしたら大量のポイントが入って、ひっくり返っちまうかもな!」
「そんなことはさせない!」
彼は拳を握り締め、宣言するように言葉を続けた。
「とにかく、今回は俺たちが三位までを独占する!そのために、今回は俺たちにポイントを独占させてもらう!邪魔をするな!」
さらに彼は、僕の後ろに立つ三人に視線を向けた。
「それと……、藤田さん、それに笹田さん……、つ、ついでに佐々木くんも、絶対に解放してやるからな!」
その言葉に言い返す間もなく、酒井くんは離れていった。
その数分後、視界の端に真っ赤な文字で『第一回 レイドバトル カウントダウンスタート』と表示された。
十、九、八……。
数字がゼロになった瞬間、大きな地響きとともに中央の巨大な円柱が地中へと沈んでいく。
跡地に現れたのは、地面を埋め尽くさんばかりの巨大な魔法陣だ。
眩い光が弾け、そこから巨大な質量が姿を現した。
禍々しい鱗に覆われた、巨大なドラゴンだ。
その頭上には『隻眼の暗黒竜 Lv.130』という文字が浮かんでいる。
僕たちのステータスにはレベル表示などない。
システムの違いに少しだけ苛立つが、すぐに意識を戦闘に切り替える。
「ギガスラーシュッ!!!」
酒井くんの叫び声が響き、眩い斬撃がドラゴンの足元を叩く。
他のパーティメンバーによる付与を受けているようで、強力な一撃が叩きつけられている。
だが、表示されているHPゲージは、僅かに動いた程度に見える。
これは、相当な長期戦になる予感がした。
クラスメイトの多くが、その巨体と威圧感に気圧されて動けないようだ。
勇者パーティが一丸となって必死に食い下がり、岡崎くんたち五人も横から攻撃を仕掛けている。
離れた場所では、三人の女子グループが魔法を放とうとしていた。
氷川さんは頭上に風の渦を形成している。
佐倉さんは全身が炎のように燃え、それが胸の前に集まり始めていた。
星野さんは、大砲のような武器を抱え、その先が光り始めた。
しかし、それらは放たれることなく、ドラゴンの巨大な尻尾による横薙ぎが繰り出された。
鈍い音とともに、彼女たちは木の葉のように吹き飛ばされた。
僕は舌打ちをして、地面を蹴った。
発動が遅い遠距離攻撃なら、盾役が必要だろう。
そんなことを考えながら、倒れ伏す彼女たちの前に割って入り、ドラゴンの視線を逸らす。
「弱ぇーなら出しゃばってんな!ポイントを稼ぐのは俺様だ!邪魔だから隅っこで震えとけやボケ女どもがー!」
悪態をつきながら、両手に持った相棒を全力で振り抜く。
渾身の斬撃が暗黒竜の右足付近を捉え、意識をこちらへ向けさせる。
その隙に、藤田さんが素早く動き、倒れた三人に上級回復薬を振りかけて回る。
ふと、後方の安全圏から場違いに明るい声が聞こえてきた。
「みなさーん!退避したい人はぜひこの魔道具をー!」
叫んでいるのは伊藤くんだった。
「イトー商会、イトー商会の高性能な結界装置!この日のために頑張らせて頂きましたー!ぜひ、ご用命くださーい!」
見れば、彼はひし形に不思議な文様の入った大きな石を大事そうに抱えている。
何人かの、戦闘に参加できないクラスメイトたちが不安気に話を聞いている。
伊藤くん、こんな時にまで……。
高額で売り付けるようなら無理やり奪い取り、他の者に渡してしまおうかと思ったが、どうやら今回は無償で配っているようだ。
試しに使用したクラスメイトの前に、半透明の膜のようなものが形成された。
それだけではない。
不思議とそこに視線が向かなくなる感覚がある。
認識阻害の効果もあるのかもしれない。
あれはなかなか良いものだと思った。
強度が確かならだけど。
これも、伊藤くんなりの生存戦略、あるいはクラスへの貢献なのだろう。
「おらっ!お前らも行ってこい!」
震えてうずくまったままの三人にそう怒鳴りつけ、相棒を頭上でグルグル回す。
ドラゴンは僕の方に尻尾を叩きつけてくるのでそれを躱す。
「狂戦士!多重、斬撃、フルバ-スト!」
頭の中で何かが弾ける感覚とともに、全身の筋肉が膨張する。
視界が真っ赤に染まり、理性が剥がれ落ちていく。
加速した僕の身体は、ドラゴンの懐へと潜り込む。
一撃、二撃、三撃。
スキルを総動員させた連撃が、ドラゴンの硬質な鱗を強引に削り取っていく。
悲鳴のような咆哮が、広場に響き渡る。
両腕が激しく痺れ、脳が揺れるような感覚に顔を歪める。
だが、この一撃で敵の体力を一割ほど削り取った。
最近覚えた狂戦士のスキル。
一時的に力は倍増するが、その反動が大きく、手足がバラバラになりそうになるスキルだ。
多重はスキルが重複して繰り出されるスキルで、これが今の僕の最大の攻撃だった。
この日のために考えた掛け声も、悪役っぽくて良いなと感じながら、反動に耐えていた。
「どうだクソ勇者、これが俺様の実力だ!分かったら邪魔にならないように、隅っこで震えとけ!」
周囲に聞こえるように大声で嘲笑う。
酒井くんたちは怒りを露わにし、競うようにドラゴンへ突っ込んでいった。
逆効果だったかな、と思いながらも僕は足を止めずにドラゴンを追撃する。
酒井くんにドラゴンの意識が向かないよう、こまめに打撃を当て邪魔をする。
しばらくすると、ドラゴンの意識が完全に僕だけに固定されたように、苛烈な爪での真空破のような連続攻撃が飛んできた。
それを横に飛び回避し続ける。
呼吸を整えて、叫び声を上げながら一気に加速する。
二度目のフルバースト。
その衝撃に顔を歪める。
手足がしびれ、感覚が無くなったように思えた。
その甲斐あって、先ほどと同程度の体力を削りとることに成功した。
苦しさに悶えながらも、袋から取り出した上級回復薬を開け、頭からかける。
目の前のドラゴンは、天を仰いで凄まじい咆哮を上げた。
空気そのものが震え、立っていることさえ困難な衝撃波が走る。
まだ腕がちぎれそうな痛みを感じているが、動けないほどではない。
だが、もう少し時間をおかなければ、フルバーストはむずかしい。
そんな中、ドラゴンは僕に向かって執拗な攻撃を繰り返している。
爪による衝撃波、尻尾による打撃、そして視線を真っ直ぐに僕に向け、その巨大な口を開き口内に灼熱の光を集めた。
次の瞬間、ドラゴンから放たれた火球を慌てて回避する。
紙一重だった。
背後の地面が溶けて溶岩のようになっているのを見て、冷や汗が流れ出る。
だが、ドラゴンの動きが、僅かに鈍くなっているなと感じた。
先ほど、僕が攻撃を集中させた部分の鱗が大きく剥がれ落ち、生々しい肉が露出していた。
「あそこだ!」
僕が指をさすと、控えていた藤田さんが風のような速さで駆け出した。
巨躯から繰り出される爪を最小限の動きで避け、彼女は垂直に近いドラゴンの体を駆け上がる。
その姿は、息が止まるほどに美しく、洗練された動きだった。
「急所突き」
彼女が手にした一本目の牙突が、重力による落下の力で加速し、露出した肉へと深く突き刺さる。
鱗の破片が四散する。
その手を引き抜き、続けて彼女は新調した爆炎のダガーを、その傷口の奥深くまでねじ込んだ。
「バースト」
彼女の辛うじて聞こえるような言葉とともに、ドラゴンの体内で魔力が暴発する。
ドロドロとした黒い血が噴き出し、暗黒竜が激しくのたうち回る。
その攻撃による効果は一割には届かないが、ドラゴンの動きは見るからに悪化していた。
内部からの破壊は、想像以上に効果的なようだ。
「美織、魔石使ってていいからさっさと終わらせろ!二撃目用意だ!ぐずぐずするなっ!」
藤田さんのあの爆炎のダガーの発動は、あまりにも魔力の消費が激しすぎる。
一度放てば藤田さんの魔力が枯渇するが、魔石を使用することで、その場で再充填が可能だ。
藤田さんは無言で頷き、袋から取り出した魔石を短刀の柄に押し当てた。
パキパキと音を立てて魔石が砕け、その魔力がダガーへと還流していく。
この状況下で必殺技を連発できるのは、何ものにも代え難い強みだ。
だが、確実に当てるためには隙を作らなければならない。
僕は叫び声をあげ、気持ちを奮い立たせる。
一気に駆け出し三度目のフルバーストを繰り出し、ドラゴンの注意を完全に自分へ固定する。
幸運にも、先ほどよりも深い一撃が入り、一気に二割近くの体力を削り取る。
ドラゴンの巨大な瞳が僕を射抜き、強い怨嗟を向けられているように感じた。
そのタイミングで酒井くんの横からの不意打ちが、ドラゴンの脇腹付近に深く突き刺さった。
勇者の全力攻撃を受け、ドラゴンのHPゲージはついにレッドゾーンへと突入する。
トドメの一撃を放つべく、魔力を再充填した藤田さんが空を舞った。
上空から振り下ろされたその軌跡を見守る。
二度目のバーストが炸裂し、藤田さんはその反動でこちらへと飛び戻ってきた。
ドラゴンの眉間が眩い閃光を放つ。
その光は強くこの空間に広がり、断末魔の叫びが響き渡る。
そして、光が収まった後、巨躯はキラキラと光の粒子へと変わり消えさった。
広場に静寂が訪れる。
数秒後、クラスメイトたちの歓喜の叫びが、その静寂をかき消した。
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それでは皆様、良いお年を。




