第三十一話「はい!ありがとうございます。必ず帰ってきます!」
領主からの質問。
僕はそれに笑って答える。
「それがどうした……?確かに俺様はAランクになっちまったらしい。たかが五十階層を制覇した程度でな。だがそれで……、何かが変るのか?」
そこから領主の態度は清々しさを感じるほどだった。
即座に立ち上がり、先ほどの無礼を平謝りしながら、執事と思われる男性に命じ、邪魔な豚と護衛を部屋から追い出した。
「あの男に騙されていたのだ、君のような青年を疑うなどあってはならないことだ。改めて謝罪をさせてほしい!」
その後、僕は朝食に御呼ばれし、この世界で初めて見る豪華な食事を振る舞われることになった。
わざとらしく粗暴にふるまい、フォークを握りしめがっついてみせた。
ドン引きしていた。
「いやー、実に見事な食べっぷりだ!冒険者はこうでなくてはな!」
そんなおべっかを言われ、次々に食事を用意されたので、仕方がないので豪快に食べまくった。
食事のいらない体。
だが、逆に言えばいくらでも食べられる体でもあった。
「何かあれば頼っても良いだろうか?」
帰り際にそう言われた僕は、「暇だったらな」と返し、謝罪金という名目で、金貨で膨れた拳大の袋を渡された。
来た時とは別の豪華な馬車に揺られ、僕は昼過ぎには無事、宿へと戻ってくることができた。
馬車の中で自己紹介された執事であるアランさんは、下車した後も、丁寧に頭を下げ見送ってくれた。
それを背に宿へと入る。
そんな僕に、周りから視線が突き刺さっていた。
「本当に無駄な時間だったぜ!」
その視線に応えるようにそう言い放つ。
さらに冷ややかな視線が突き刺さるのを感じ、高笑いをしてみせた。
予定よりもずっと早かったが、精神的な消耗が激しく、もはやダンジョンに行く気力は湧かなかった。
これからどう動くべきか、ベッドの上でだらけながら一人で考え込みたい。
そう思って階段を登ろうとした時、背後から「黒木様」と呼び止められた。
見なくても分かる藤田さんの声。
振り向くと、藤田さんが真剣な眼差しを向ける。
「これからダンジョン、ですね!」
思わず条件反射で「当たり前だ!」と言いかけたが、それをなんとか飲み込んだ。
今は本当に勘弁してほしい。
井上美咲の件もあり、精神的な疲弊が強く感じられた今、ダンジョンで狩りをすることは困難を極めるだろう。
それでもぐっとこらえて二人を鍛え上げなくては、とも思ってはいるが、この精神状況では、途中で意識を遮断しかねない。
「今日はなしだと言っただろ!忘れたのか!」
「は、はい!でしたら、私たち二人で、ダンジョンへ行っても良いでしょうか!私たち、もっと強くなりたいんです!」
そう言う藤田さんと、同じように真剣な表情の佐々木くん。
よく見る、二人の防具が新しくなっている。
今朝渡したお金で新調したのだろう。
僕は少し戸惑った。
だがここは、不安を捨て命じる場面だと考えた。
「勝手にしろ、だが勝手に死ぬことだけは許さないからな!お前たちはまだまだ俺様から受けた恩を返してないんだから!精々しっかり稼いで来い!」
僕のその言葉に、二人の気持ちの良い声が返ってくる。
「四十一階層は雑魚なお前らには早すぎる。三十一階層にしておけ!あそこなら死ぬこともないだろ!分かったらさっさと行ってこい!」
「はい!ありがとうございます。必ず帰ってきます!」
そう言って、藤田さんは宿を飛び出した。
それを追うように佐々木くんも出ていった。
その後姿を見送る際、不安に駆られた僕は、こっそり後を追おうかな?という考えが頭をよぎった。
しかし僕は、そのまま部屋へと戻る。
見守りなんてできるわけがない。
俺様は、ただそれを喜び、笑うものだから。
二人は僕が思っている以上に、この過酷な環境に適応し、強くなっているはずだ。
佐々木くんは、きっと僕という暴力から一日も早く逃げ出したくて必死なのだろう。
藤田さんはどうだろうか?
彼女の心の奥底は、僕には理解不能、何を思い、何を考えているのか測りかねている。
二人で逃げ出し、平和に、安全に、僕が全員で帰還する方法を見つけるまで生き延びて欲しい。
そう考えた時、再び胸に鋭い痛みが走り、度重なる精神的な疲労で視界がぐらりと揺れた。
ふらふらになりながら部屋に入ると、僕はもらったばかりの金貨を床一面に乱雑にぶちまけた。
「あいつらが勝手に稼いでくれれば、俺は寝ていても金が入る、最高の身分だぜ!」
そう自分に言い聞かせるように叫び、笑い、装備を乱暴に脱ぎ捨てると、布団の中に潜り込んで意識を遮断した。
言葉のチョイスを間違えたかもしれない。
もっとできることがあったかもしれない。
そんな後悔が脳裏をかすめる。
それでも、これでいいのだと飲み込んだ。
少なくとも、これで二人への同情はさらに加速するはずなのだ。
震える体と弱気になりそうな心を布団で押し包み、僕は深い眠りの淵へと落ちていった。
Side:藤田美織
黒木くんのスキルが判明してから、数日が経った。
あの日、彼が隠していた真実を知った瞬間から、私の世界はさらに新しい意識に塗り替えられた。
彼がどれほどの孤独と恐怖を背負って、私たちを泥の中から救い上げようとしているか。
それを理解しているのは、世界中で私一人だけだろう。
佐々木くんとの手紙のやり取りは、慎重に行われた。
私の、最初の手紙に対する彼の返答は、呆れるほど単純なものだった。
『俺も黒木には恩がある。協力する。どうしたら良い?後、美織さん、好きです!』
最後の一文を目にした時、私は嫌悪感を覚えた。
でも、彼にはまだ利用価値がある。
私はすぐにペンを走らせ、彼に釘を刺すような返信を書いた。
『ありがとう。今まで通り、黒木くんを憎らしく思っている態度で接して。あと、私の心は黒木くんの物。邪魔するなら排除する』
翌日、黒木くんを待つ間にこっそりそれを渡す。
それに対する佐々木くんの返事は、さらに私の心を苛立たせた。
『了解。今まで通り。後、気が向いたら俺のことももっと見て欲しいな』
私はその紙切れを握りつぶし、そのまま意識の隅へと放置した。
そして今日、予期せぬ事態が起きた。
宿のロビーに兵士たちが現れ、黒木くんをどこかへ連れて行こうとしている。
私は、不安を感じながらその光景を見守っていた。
黒木くんが不当な力で傷つけられることだけは、絶対に許さない。
その時、彼は乱暴な言葉を吐きながら、私たちに大量の金貨を押し付けてきた。
佐々木くんは怯えていたけれど、私には分かっている。
これが、彼なりの不器用なやり方なのだと。
もし自分に何かあっても、私たちがこの世界で路頭に迷わないように、という気遣いだ。
やっぱり、黒木くんはどこまでも優しい。
彼が馬車に乗せられて消えていくのを見届けた後、私は隣に立つ佐々木くんに向き直った。
この様子も、地球にいる視聴者たちに中継されているのだろう。
ならば、黒木くんが演じているように、私もこの状況を最大限に利用してやる。
「佐々木くん、話があるの」
私は努めて冷静に、そして少しだけ不安に震える声を装って切り出した。
私たちは宿の食堂へと移動し、隅の目立たない席に座った。
「黒木からもらったお金で、装備を整えよう」
私がそう言うと、佐々木くんは一瞬、戸惑いの表情を見せた。
彼が私の真意を理解してくれるだろうかと、不安がよぎる。
「あ、ああ、そうだな……。あいつから、逃げ出すため、だろ?」
彼の返答を聞いて、私は内心で安堵した。
彼はちゃんと「黒木を憎む哀れな被害者」という役を演じようとしている。
「黒木は、夜も一人でダンジョンにこもって修行してる。なら、装備を整えて私たちもやるしかないよね!」
「えっ、まじで?」
佐々木くんの間の抜けた声に、一瞬殺意に近い苛立ちが湧いた。
なぜ彼は、これほどまでに鈍感なのだろう。
「やるのよ!じゃないと、いつまでも私たちはあいつに勝てない。強くなれない!」
私が机を叩いて詰め寄ると、彼は気圧されたように身を引いた。
「そ、そう、だな?」
「やるの!分かった?」
「そ、そうだな!やってやるよ!強くなって、あのクソ黒木から逃げ出してやる!」
佐々木くんが声を荒らげてそう言った瞬間、私の頭に血が上った。
黒木くんを、そんな汚い言葉で呼んでほしくない。
私は反射的に、氷のような冷たい視線で彼を鋭く睨みつけた。
佐々木くんは一瞬顔を強張らせ、何かに怯えたように肩を震わせた。
私はすぐに表情を和らげる。
彼は両手を前に合わせるようにして、消え入りそうな声で謝ってきた。
私は彼に合図を送り、席を立った。
それから私たちは武器屋へ向かい、黒木くんが命を削って稼いだ金貨で、最高の装備を揃えた。
強化された短剣も、補正がかかる軽鎧も、すべては彼を守るための牙になる。
いざとなれば……、もし黒木くんに何かあれば、私はなりふり構わず彼の敵を殺る!
そんなことを考えながら、宿のロビーに戻ると、私は入り口が見える椅子に座り、ひたすら彼を待った。
視聴者たちは今頃、私を黒木くんから逃げる準備をしている可哀想な奴だと同情しているだろうか?
それとも、私が返り討ちにあって無様に殺される様でも見たいのだろうか?
彼がそうする理由を知りたい。
でも、それを聞くのも怖い。
私は、彼の思惑を察し、彼のシナリオ通りの動きをしさえすれば良い。
私はやれる。
彼の気持ちを理解できるのは私だけだ。
今はただ、強くなって黒木くんを支えるんだ。
扉が開く度に顔を上げていた私は、数時間後、笑顔が漏れるのを堪えながら立ち上がる。
彼の姿を見た瞬間、私の心は歓喜で震えていた。
私は彼に、敵意と焦りを混ぜた表情を張り付け、彼に歩み寄る。
私は黒木くんのために、彼を嫌うという、偽りの演技を続けていく。
ブクマ、評価、励みになります。感想お気軽にお書きください。




