第三十話「どうした!さっさとその袋に入れろ!」
十三日目の早朝、僕は暗い部屋の中で目を覚ます。
まずはステータスを開き、ランキングを確認する。
一瞬目を疑った。
僕が二位に浮上している。
五十階層を制覇した実績と、Aランク冒険者という称号で得られたボーナスポイントが、大きく順位を押し上げた……?
そうも思ったが、それほど高いポイントは付与されていなかった。
二位とのポイント差はそれなりにあったはずだと感じた僕は、三位以下のランキングを確認した。
そこにあるはずの名前、長らく二位に君臨していた井上美咲の名が消えていた。
最後までスクロールしても、彼女の名前は見つからない。
嫌な汗が背中を伝うのを感じ、僕は反射的にログアウトを発動した。
視界が切り替わり、現実世界の自室の景色が戻ってくる。
目の前には、テニスプレーヤーのようなスポーティーな服を着た姉ちゃんが立っていた。
姉ちゃんは僕の顔を見るなり、何かを言いかけそうな不安げな表情を浮かべた。
僕はその視線を強引に無視し、PCを立ち上げ、彼女の専用掲示板を開いた。
そこには目を疑うような書き込みが溢れかえっていた。
井上美咲は、相変わらずの生活で村に君臨していたが、一部の村人たちから恨みを買い、そのヘイトが爆発したのだという。
彼女は昨夜、村人たちに囲まれ、凄惨な凌辱を受けた末に殺害されたのだと。
掲示板には、その最期の瞬間を実況するような悪意に満ちた言葉が並んでいた。
神フラッシュが邪魔で肝心のシーンが堪能できなかった、という下衆な不満が大量に流れている。
僕は胃の底から込み上げてくる吐き気を必死に抑え込んだ。
「クソ野郎ども……!お前たちは、安全な場所で高みの見物をしている蛆虫のような……、救いようの無い害虫だ……」
息苦しさを感じながら、低く絞り出すようにそうつぶやいた僕は、震える指を動かす。
『クソ野郎ども、こっちに戻ってきたら、その全てを無様に這いつくばらせ、ぶち殺してやる!』
俺様と言うキャラから外れる行動かもしれない。
それでも、抑えきれない怒りをぶつけるように書き込んだ。
それと同時に、どんなに高い地位を築き上げたとしても、どんなに華々しく活躍していても、あっちの世界では自分自身が強くならなければ、生き残れないのだと強く感じた。
他者の力に頼った支配など、脆く崩れ去る砂の城に過ぎないのだと。
そう痛感した。
あの世界では、僕らの命が軽いものであることを、まざまざと思い知らされた気分だ。
続けて僕の専用掲示板を確認すると、いつも通り僕への罵詈雑言が並んでいた。
特に、四十一階層で二人に対しての、死の淵を彷徨うような戦いを強いていることへの非難が凄まじい。
やりすぎだろう、良心はないのか、といった正義感気取りの言葉が並ぶ。
しかし、井上美咲の最期を見た後では、この非難こそが的外れなものだと感じてしまう。
それで良い。
僕が憎まれれば憎まれるほど、同行している二人には同情が集まるだろう。
二人には救いがあるべきだと視聴者が思う限り、彼らは安全なのだ。
だがその安全は、二人が無事に地球に帰還してこそ、初めてその意味を成すものだ。
僕は苦痛に歪む心を押さえつけ、湧きだす不安を無理やり飲み込み、荒い呼吸を整えた。
一日でも早く、この地獄のようなゲームを終わらせなくてはならない。
そう心に刻み込みながら、煽るための言葉を書き込んだ。
『Aランクの俺様に敵う奴など、この世界には一人もいない!お前たちは負け犬だ!キャンキャン吠えながら、尻尾振りながら俺様の活躍を眺めていろよ!』
そして、思いの限り笑って見せた。
涙があふれ出ないように上を向きながら。
数分後、再び宿の部屋へと戻った僕は、激しい震えに襲われていた。
歯の根が合わないほどの恐怖と、やり場のない怒りが全身を支配している。
僕は、その震えを誤魔化すように、そして、溢れ出る怒りを全てを吐き出すように、獣のような叫びを上げ、己の弱さとこの世界の不条理を呪った。
それでも、太陽は登り、否が応でも新しい一日は始まってしまう。
立ち止まれば、次は自分が井上美咲と同じ末路を辿るかもしれない。
僕は魂を奮い立たせるように、胸の前で拳をぶつけ、滲む血液を乱暴に袖でふき取ると、もう一度雄たけびを上げ、装備を着込み部屋を出た。
すでに待機していた2人は、僕の顔を見て一瞬戸惑った。
「何やってる、行くぞ!」
その声と共に、一緒に階下へと降りていく。
今日もダンジョンへ向かい、生き残るための糧を得よう。
そう強く決意してダンジョンに向かう。
その強い想いは、その数秒後に儚くも打ち砕かれることになる。
宿の入り口。
それを塞ぐように、二人の兵士が立っていた。
僕の顔を見た二人は、重々しい金属音を立てこちらへとやってくる。
彼らの顔は氷のように冷たく、僕のことをまるで犯罪者でも見るかのように睨みつけていた。
Side:バルド領主
数日前の午後、私は執務室で重い頭痛を感じながら報告書を眺めていた。
そこへ、この領内でも屈指の財力を持つ商人、デベイソ商会の会長が、不作法にも執事アランを押しのけ、顔を真っ赤にして飛び込んできた。
彼は私の前で大声を上げ、自分がいかに不当な扱いを受けたかを捲し立てた。
野蛮な冒険者に暴力を振るわれ、何よりも大事な商品を強引に奪われたのだという。
デベイソは傲慢で話が長い男だが、彼からの寄付金は領の運営にとって無視できないものがある。
私は適当に相槌を打ち、厳正に対処することを約束して彼を追い出した。
後は有能な部下たちに任せれば、穏便に片付くだろうと考えていた。
しかし、その日の夕方には驚くべき報告が入ってきた。
デベイソの言っていた人物は、黒木と呼ばれる黒髪の少年で、冒険者登録はしていないようだと。
だが、最近活動を始めたにもかかわらず、大量の魔石などを売りに出しているという。
その少年はかなり派手に活動している様子で、すでに定住している宿も把握済みだった。
素行は悪いとの情報もあるが、私は単なる暴漢ではない可能性を考え、まずは手順を踏んで、その少年を屋敷に呼ぶことにした。
直接会い、その器量と事情を確認する。
その後で判断を下せばよい。
そう思いながらも、面倒事を運んできたデベイソの憎らしい顔を思い出し、思わずため息が漏れてしまった。
Side:黒木竜也
兵士たちに指示され乗り込んだ馬車で、町はずれにあるという領主邸へと到着した。
目の前に現れた屋敷は、思った以上の大豪邸だった。
僕の心臓は激しく脈打ち、喉の奥がカラカラに乾いていた。
今朝、宿のロビーで兵士に呼び止められた際、僕はいつものように俺様な態度を演じ続けた。
魔導袋を逆さにし、その中から金貨百枚を指定し、近くのテーブルにじゃらじゃらと落として見せる。
「とうやら領主様は俺様に会いたいらしいな!今日は休みだ!お前ら、これを持ってけ!」
金貨の山が作られた。
「どうした!さっさとその袋に入れろ!」
それを適当に二つに分け、二人にそう命じておく。
二人は困惑した顔で受け取りを拒もうとしたが、僕はそれ以上に大きな声で怒鳴りつけた。
「下僕の分際で、いつまでも俺様に手間をかけさせるな!必要なものがあれば自分で買え!それともお前ら、自分で金の管理すらできない間抜けなのか?」
もしかしたらしばらく拘束されるかもしれない。
そんな思いもあり、二人も無一文では大変だろうと金貨を分け与える。
自分でも何を言っているのか理解不能な行動であったが、ここは強引にと勢いで押し切った。
「その金でせいぜい羽根を伸ばしてこい!優しい御主人様の心遣いに感謝しろよ!」
僕はそのまま高笑いを上げながら、唖然とする兵士たちを置いて宿の外へ出た。
宿を出たところで、今の笑い声は不要だったかな?などと考えてしまい、恥ずかしさに顔が熱くなった。
それでも前を向く。
宿の前に止まっていたのは、仰々しい装飾が施された鉄張りの頑丈そうな馬車だった。
その見た目から、護送用のものなのだろうと感じた。
案の定、兵士が苛立ちを隠さずに、早く乗れと僕の背中を乱暴に押した。
「あ”?」
僕は振り返り、腹の底から絞り出した低い声で凄んで見せた。
兵士たちの顔がみるみる青ざめ、彼らはすぐに腰を低くして言い直した。
どうかお乗りくださいと、敬語になった彼らを見て、僕は心の中で安堵した。
こうして、座り心地の悪い座席にどっかりと腰を下ろし、僕は領主邸へと運ばれた。
屋敷に到着すると、燕尾服を着た初老の執事が冷ややかな礼儀正しさで僕を迎えた。
案内された広い応接室の扉が開くと、その部屋の正面にある机に、迫力のある顔をした四十代ぐらいの男性が座っていた。
そしてその手前のソファには、見覚えのある豚……、この街に入る前、藤田さんを奴隷扱いしていた商人の男が、勝ち誇った顔で座っていた。
背後にはあの護衛の二人も立っている。
すでにこちらを警戒しているようで、腰の得物に手をかけている。
豚とは反対側に座るよう促された後、領主は重々しい口調で、僕が商人の正当な権利である商品を奪った罪を語り始めた。
商品、つまり藤田さんのことを指しているのだと理解した瞬間、僕の頭の中で何かが切れた。
演技ではない本物の怒り。
きっとこれは、異世界物の定番でもある、商人と貴族が結託して平民を陥れようとするアレなのだろう。
そう考えながら、心の奥底から湧き出るドロリとした怒りが、僕の体中を駆け巡った。
僕は立ち上がり、領主と商人に対して、殺意をこめた鋭い視線を向けた。
僕の全身から漏れ出す殺気に、領主は言葉を詰まらせ、椅子を引いて壁際まで後ずさっている。
豚男は情けなく悲鳴を上げ、護衛たちの後ろへと這うようにして逃げ込んだ。
部屋が張り詰めた緊張に包まれたその時、退席していた先ほどの執事と思われる男性が、静かに部屋に入ってきた。
彼は領主の耳元で何かを報告していた。
領主が驚いたような表情をみせる。
そこからの領主の変わり身は、滑稽なほどに早かった。
「ま、まあ座り給え。どうやら誤解があったようだ」
そう言って噴き出した汗を拭き、椅子に座りなおす領主。
その顔は一瞬怒りに染まり、近くの豚に注がれた。
それでも僕は警戒を緩めない。
「ところで、黒木殿、君は昨日、Aランクの冒険者となったそうだが、間違いはないかね?」
その言葉に、豚男たちが悲鳴を漏らす。
先ほどの報告はそういう事なのか。
そう理解した僕は、ニヤリと笑ってみせるのだ。
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