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小心者の僕は神の遊戯の中で俺様として虚勢を張ってイキる!  作者: 安ころもっち


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第三話「うわ、部屋汚なっ。マジもんのゴミじゃん」


 俺は森の中で目を覚ました。


 木々の隙間から差し込む光が、朝の到来を告げている。


 二日目だ。


 辺りはうっすらと明るくなっていた。


 どうやら夜の間、僕は気を失っていたらしい。


 体の緊張が解け、泥のように眠っていた感覚がある。


 体を起こし自分の状態を確認する。


 不思議なことに腹は減っていない。


 喉の渇きも感じなかった。


 丸一日何も口にしていないはずなのに、体の調子は悪くない。


 空腹感がないのは極度の緊張状態が続いているせいかとも思ったが、すぐに違うと気づいた。


 ここはゲームの世界だ。


 現実の生理現象とは異なるこの世界のルールで動いているのだ。


 食事を取る必要もなければ、水を飲む必要もない。


 プレイヤーとしてのステータスが、僕の肉体を維持しているのだろう。


 そう考えると、この世界がどれだけ現実離れしているか、改めて思い知った。


 同時に生存への道筋が少しだけ見えた気がした。


 僕は震える手で空中に浮かぶウインドウを操作した。


『スキル:ログアウト・Lv1』


 アイコンが緑色に点灯している。


 昨日使ってから二十四時間以上が経過した証だ。


 一日一回、一〇分間だけ使える帰還スキル。


 僕は迷うことなくそれを使った。


 迷う理由はどこにもない。


 視界が歪み、森の風景が粒子となって崩れ去る。


 次の瞬間、僕は自室の椅子に座り込んでいた。


「うぐっ……」


 異臭が鼻をついた。


 鼻の奥が焼けるような、胃酸と嘔吐物の入り混じった腐敗臭だ。


 吐き気を感じてよろける。


 昨日、僕が床にぶちまけた汚物の臭いが、密室に閉じ込められて発酵している。


 酸っぱく澱んだ空気が部屋に充満している。


 換気すらされていない密室の空気は最悪だった。


 一瞬で森の新鮮な空気から引き戻された不快感に、頭がクラクラした。


 だが、それよりも安堵感が勝る。


 戻ってこれた。


 生きている。


 そう思った直後だった。


 バンッ!


 乱暴な音がして、部屋の引き戸が勢いよく開けられた。


 その存在に安堵した。


 そこに立っていたのは僕の姉、黒木玲奈。


 姉ちゃんは、その容姿から地元で有名になった人物だ。


 身長は一六八センチと、女性にしては高い。


 モデルという職業柄、そのスタイルは抜群に良い。


 ウェーブのかかった明るい茶髪は、今は手入れもされずにボサボサに乱れている。


 切れ長の大きな瞳は、かつて不良グループの頭を張っていた頃の名残か、鋭い眼光を放っているが、その鋭さが今は恐怖と悲しみに歪んでいた。


 普段なら完璧なメイクで整えられているはずのその顔は、今は涙でぐしゃぐしゃに濡れていた。


 着ているのは部屋着の黒いキャミソールとショートパンツだけ。


 おそらく寝る間も惜しんで僕の部屋の前で待機していたのだろう。


 姉ちゃんが何かを叫びながら、部屋に入ってこようとする。


 ドンッ、ドンッ!


 鈍い音が響く。


 姉ちゃんの手が、何もない空間で止まっていた。


 入り口に見えない壁があるようだ。


 まるでパントマイムのように、姉ちゃんは必死に透明な壁を叩いている。


 ドアをと叩く音だけが聞こえる奇妙な現象。


 姉ちゃんの口が大きく動いている。


『タツヤ!タツヤ!』


 僕の名前を呼んでいるのが分かった。


 だが声は聞こえてこない。


 完全に遮断されている。


 室内の状況を考えると、僕があっちの世界に行っている時も、この部屋自体が周囲から隔絶されているのだろう。


 僕の存在を、この汚い部屋ごと外部から切り離している。


 姉ちゃんはその場に泣き崩れると、震える手で自身のスマートフォンを取り出した。


 画面を僕に見せるように押し付けてくる。


 僕は慌てて自分のポケットを探った。


 硬質な感触があった。


 スマホだ。


 昨日、森に転移した時には入っていなかったはずだ。


 やはり、こちらの世界に戻った時だけ出現する仕組みらしい。


 電源を入れると通知音が雪崩のように鳴り響いた。


 未読メール一〇〇件以上。


 メッセージアプリの通知は数え切れない。


 そのほとんどが姉からだった。


『竜也!』


『無事なの!?』


『お願いだから返事をして』


『生きて』


『姉ちゃんがついてるから』


 読もうとしている間にも、新しいメッセージが次々と届く。


 目の前で泣きながら、スマホの画面をタップする姉ちゃんの姿が痛々しい。


『無事でよかった』


 その一言を見て、涙が溢れそうになる。


 こんな引きこもりのクズな弟をここまで心配してくれる姉ちゃん。


 姉ちゃんは、僕にとって唯一の光だった。


 両親に見放された僕を、この腐りきった部屋の中で唯一僕を心配し、優しく声をかけてくれていた姉ちゃん。


 僕は震える指で返信を打った。


『ありがとう。でも時間が無いからごめん』


 感傷に浸っている時間はなかった。


 ログアウト可能時間は残り八分を切っている。


 僕は姉ちゃんに背を向け、汚物だらけの床を避けながらPCに向かった。


 背後で姉ちゃんが、何かを叫んでいる気配がする。


 腐臭が鼻をつくが構ってはいられない。


 マウスを操作し、昨日のページを開く。


 画面にはランキング表が表示されたままだ。


 そこから自分の名前をクリックする。


 画面が切り替わった。


「は?」


 声が漏れた。


 モニターの中に映し出されていたのは、今、PCの前に座っている僕自身の姿だった。


 薄暗い部屋。


 散乱したゴミと汚物。


 そして、青白い顔で画面を凝視する僕。


 その無様な現実が、リアルタイムで全世界に配信されている。


 そこにプライバシーの保護など存在しなかった。


 僕の醜態が全世界に垂れ流されるのだ。


 動画の下には僕の悲惨なプロフィールが詳細に記載されていた。


 名前、年齢、住所。


 あっちの世界に行く前までの僕の見るに堪えない経歴。


 そして、現在のステータス画面までもが晒されている。


 ログアウトスキルの存在も、この配信を通して世界に知れ渡っているのだ。


 その下には、コメント欄が滝のような速さで流れていた。


『うわ、部屋汚なっ。マジもんのゴミじゃん』


『こいつが例のチート野郎?』


『自分だけ安全圏に逃げてて草。卑怯者』


『姉ちゃん美人すぎワロタ。あんな美人が弟のせいで泣いてるとか地獄かよ』


『弟はゴミなのに姉は聖女だな。かわいそう』


『おいヒッキー、後ろで姉ちゃん泣いてんぞ。見殺しか?』


『さっさと死んで姉ちゃんを自由にしろよ。ニートが生き残るな』


 目に飛び込んでくる悪意。


 純粋な悪意の奔流だった。


 何万人、何十万人という人間が、安全な場所から僕を嘲笑い罵倒している。


 昨日見た佐藤の死よりも、ある意味では恐ろしく感じ吐き気を堪えた。


 現実世界のゲームオーバー。


 尊厳の崩壊。


 社会的な死。


 それが、デジタルな文字となって僕に襲いかかる。


「うっ……」


 堪えきれず脚流する俺を飲み込んだ。


 視界が歪み、両膝がガクガクと震えだした。


 怖い。


 見られている。


 全身の隅々まで、値踏みされている。


 僕はPCのカメラを手で隠そうとしたが、画面の中の映像は変わらなかった。


 無駄な抵抗だ。


 これは物理的なカメラではない。


 神の視点だ。


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