第二十七話「行くぞ、美織。今日はいつも以上に稼いでもらう!」
本日二話更新。二話目。
Side:笹田真紀
「なによ、これ……」
私は宿の一室で、新しく追加されたランキング画面を凝視していた。
真っ先に確認したのは、昨夜殺し損ねた、あの憎らしい黒木竜也の名前だ。
まさかの五位という高順位。
信じがたい事実に唇を噛みながら、その名前を選択して詳細を開いた。
天賦名は「遊戯を極めし者」。
ルビには「めっちゃゲーマー」などという、ふざけた文字が躍っている。
「不登校になったあいつらしい、無様な……」
私は鼻で笑い、画面を下にスライドさせた。
しかし、スキルの項目を見た瞬間、私の笑みは凍りついた。
そこには、異質の輝きを放つ「ログアウト」という文字があった。
「ログアウト?ゲームとかで出てくるあれ?」
首を傾げながら説明を開く。
『ログアウト・Lv2:毎日20分間、元の世界に帰還する。外部音声の聴取が可能』
その説明を見た時、私は激しい嫉妬を覚えた。
もし私にその力があれば、今すぐにでも両親に連絡を取りたい。
お父さん、お母さん、私は無事だよと、一言だけでも伝えたい。
あんなに心配性だった二人が、今どんな思いで過ごしているかを考えると、胸が締め付けられる。
あの時、神を自称するあの存在は、地球では私たちの活動を中継すると言っていた。
私の姿も、両親は見てくれているとは思う。
でも、そうじゃないかもしれない。
映像は見れるけど、音声は?
そもそも二十四時間、見られるような仕様になっているの?
どうやって配信されているかもわからない。
機械に疎い両親が見れているかもわからない。
そんなことを考える中、恐ろしいことに気がついた。
黒木は、こちら側の情報を客観的に見ることができる立場にいるの?
黒木はあちらに帰るたびに、その映像をチェックできるのではないか。
私がどこで何をして、誰と話し、どんな顔をして眠っているのか。
昨夜の私の襲撃だって、あいつは私たちの映像を見て予見していたのではないか。
「あいつは、今この瞬間も私を見ている可能性があるというの?」
全身に鳥肌が立ち、自分の体を抱きしめるようにして震えた。
覗き見されているような不快感が、頭のてっぺんから足の先まで駆け巡る。
しかし、怒りと同時に、別の感情も湧き上がってくる。
あいつに頼み込めば、私のメッセージを両親に届けてもらえるのではないか。
映像だけでは伝わらない本当の言葉を、両親に届けてもらえる。
そして両親がどう返答したか、その様子を教えてもらえるのではないか。
「あんな男に、頭を下げろっていうの?」
私は葛藤した。
藤田さんを虐げ、支配しているような男に、家族への言葉を託す。
それは私にとって、自分のプライドを泥沼に捨てるような行為だった。
いや、でも、藤田さんはあいつを庇っていた。
黒木様はそんなことしていないと、そう言い切っていた。
もしかしたら、私の知らない事実が、ログアウトした黒木だけが知っている真実があるのだろうか。
考えれば考えるほど、思考の迷宮に迷い込んでいく。
「そんなわけない。あいつは卑怯者、悪党よ!」
私は首を激しく横に振り、雑念を払おうとした。
その時だった。
コン、コン、という控えめなノックの音がドアに響いた。
私は反射的に腰の短刀に手を伸ばし、低い声で問いかけた。
「誰……?」
返ってきたのは、聞き覚えのある声だった。
それは酒井たちのパーティの仲間であり、この宿に泊まっているクラスメイトの声だった。
Side:黒木竜也
布団の中でガタガタと震えながら、僕は今後の対策を必死に練っていた。
今後、転移者はすべて敵だと思って良いだろう。
あの二人は……、そう考えて息苦しさに拍車がかかる。
二人は大丈夫なはずだ。
下僕のような扱いに嫌気がさしつつも、僕には敵わないということを実感しているはずだ。
だが、力の差を知らぬものからしたら、ログアウトを持つ僕を妬み殺そうとするか、それを利用して従えさせようとするかもしれない。
特に笹田さん。
彼女は僕に対し明確な殺意を持っていた。
この能力がバレた今、彼女が僕にそれ以上の殺意を向けれれたら、隠者のスキルを持つ彼女に対し、僕は今まで以上の警戒をするしかないだろう。
四六時中狙われる恐怖。
僕の震えが止まることはなさそうだ。
そしてもう一つ、僕が恐れていることがある。
外部との連絡についてだ。
もし、誰かが僕に「メッセージを伝えてくれ」と頼んできたらどうする?
断れば恨みを買うだろう。
引き受ければ、僕が優しい奴だと認定される。
今まで以上に俺様ロールがやりづらくなってしまうのは、正直避けたい事態だ。
「くそっ、神の野郎、余計なことを……」
僕は恐怖を隠すようにそう叫び、布団を蹴り飛ばし、ベッドの上に座り込んだ。
窓の外からは、街が動き出す気配が伝わってくる。
太陽の光が差し込み、今日という日が始まろうとしていた。
十四日目。
この世界に来て二週間が経ち、ルールは劇的に塗り替えられた。
僕は覚悟を決めなければならない。
これまで以上に冷酷に、これまで以上に徹底して、僕は俺様を、最強の悪役を演じ抜く。
誰にも本心を悟られないように。
たとえ藤田さんや佐々木が、僕の正体を見透かそうとしていても。
僕はドアが開く音を聞き、顔を上げた。
「あ"?」
低い声でそう口にして、ドアの方に視線を向ける。
咄嗟に俺様ロールができたことに嬉しくなるが、視線の先には、朝日に照らされた藤田さんが立っていた。
彼女の目は、昨日よりもさらに強く、眩しいほどの輝きを放っていた。
「おはようございます、黒木様」
彼女は深々と頭を下げた。
その声には、一切の躊躇も、不満も混じっていなかった。
「ああ、昨日、笹田のクソ野郎に鍵を壊されちまったんだったな……、めんどくせーな!」
僕は声を低く作り、冷たく言い放った。
彼女は顔を上げると、慌てた様子を見せた。
「あ、あの、鍵を壊したのは、私です……」
恥ずかしそうにそう言う彼女に、やはりドキリとしてしまう。
可愛らしい仕草に。
そして彼女が、依存を拗らせた可能性があるという疑念に。
「ランキング、見ました。黒木様は本当に凄い方ですね!」
「ふん、当然だろ。五位なんて、僕にとっては低いくらいだ……、すぐにてっぺん取ってやるよ!」
僕は傲慢な態度を崩さずに、スキルについては触れないように答えたが、内心では冷や汗が止まらなかった。
彼女は僕の言葉を聞いて、嬉しそうに微笑んだ。
その笑みが、僕をさらに追い詰めていく。
「はい。黒木様の力があれば、どんなことだって可能だと思います。だから、私はどこまでも付いていきます!もっと私を鍛えて下さい!便利に使ってください!」
彼女の献身。
底知れぬ恐怖を孕んでいた。
僕は返事をせず、彼女から目をそらした。
これから始まる一日が、昨日までとは全く違うものになることを、僕は肌で感じていた。
他の転移者たちも、きっと動き出す。
僕という「唯一の連絡手段」を求めて、あるいは「妬ましい奴」と排除するために。
僕はMAPを開き、光る点を確認した。
近くの点は二つ。
一つは、目の前にいる藤田さん。
すぐ横には表示されていた佐々木くんの点は動きがない。
僕は大きなため息を一つ吐き出すと、立ち上がって装備を手に取った。
「行くぞ、美織。今日はいつも以上に稼いでもらう!」
「はい、黒木様!」
彼女の快活な返事が、広い部屋に虚しく響いた。
僕は背後に彼女を従え、佐々木くんのドアを蹴りたたき起こすと、寝ぼけ気味の彼を急かし、ダンジョンへと引きずって行った。
新たな環境での一日が始まった。
この先に待っているのが、さらなる絶望なのか、あるいは微かな希望なのか。
それを知っているのは、今も僕らを見ているであろう神だけだ。
「クソがっ!」
僕は心の中で中指を立て、周りの目を気にせず叫んだ。
◆◇◆◇◆
上も下も、果てしなく続く純白の世界。
そこには境界もなければ、時間の概念すら希薄だった。
その中心に、無数の映像がシャボン玉のように浮かんでいる。
悠久の時間の中で、暇を持て余しているのは、この神々の遊戯を主催している男だった。
自称、神を名乗るこの男は、新たに加えた機能に一喜一憂する転移者たちの姿を眺めていた。
「良い反応をする。やっぱり面白いね人間は」
男は空中に指を滑らせ、一つのシャボンを大きく引き寄せた。
そこに映し出されているのは、布団の中で震える一人の少年の姿だ。
「特に七十六番。キミの戸惑いはかつて無いものであろう」
男は満足げに目を細め、楽しげに笑った。
この世界に持ち込まれた「ログアウト」という異分子。
それがもたらす波紋が、他の転移者たちの精神をどう変質させていくのか。
神を名乗る男にとって、それは極上のエンターテインメントに他ならなかった。
「しばらくはこのまま見守ることにしよう。いや、他に何ができるか、考えてみようかな?」
男は顎に手を当て、次の悪戯を思案する子供のような顔をした。
表情をコロコロと変える男は、楽しげに笑いながら、再びシャボンのように映し出されている下界の様子をぼんやりと眺め始めた。
純白の世界に、男の冷ややかな笑い声だけが微かに残り、やがて静寂が戻った。
この男にとって、彼らの地獄の日々は、最高の娯楽であった。
男の指先一つで、また新たな絶望が積み上げられていく。
ランキングの開放も、MAPの解禁も、すべてはこの男が描くシナリオの一部に過ぎないのだ。
「次はどうやって彼らを躍らせようかな?」
独り言のように呟いた言葉は、誰に届くこともなく白い光に飲み込まれていった。
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