第二十三話「あー、もうっ!可愛すぎだよぉー!」
食事が終わり、僕は二人を置き去りにするように立ち上がる。
慌てて後を追う二人を横目でみながら、カウンターで佐々木くんの分の部屋を一つ追加する。
二十枚ほどの金貨を取り出し乱暴に置くと、店主が「三人分だね?それなら、前払いの分も合わせて、そーだね、三週間に負けとくよ」と言いながら、新たな鍵をひとつ差し出してきた。
一泊が5,000$、3週間なら三人で前払いは300,000$ちょっと。
前払いした金貨の残りは多くても十枚程度だろう。
多少は値引きしてくれたとは思うが、正直お金には困っていないので深くは考えない。
そのまま、お礼も言わずに二階に上がる。
一旦は部屋に入ろうと佐々木くんに鍵を放り投げる。
「ああ、イライラする!」
そう叫び、乱暴に頭をかきむしる。
「スッキリしねーな!」
今すぐ部屋に戻り、ベッドに倒れ込みたい衝動はあるが、今はそんな余裕はないように思えてもう一度叫ぶ。
「雑魚の相手ばっかで体が鈍っちまった!ちょっくら暴れてくるわっ!雑魚ぃお前たちはさっさと寝ろ!明日は俺様の為にしっかり働いてもらうからな!」
そう叫んで、僕は宿を飛び出した。
夜のダンジョンへ。
これからが僕の本当の戦いだ。
目指すは四十階層。
酒井くんたちが到達しているという三十五階層を、絶対に超える。
もう、これ以上は彼らと遭遇したくはなかった。
彼らに会えば、必然的に自分の弱さと向き合わなくてはならない。
僕の弱い心が砕けちり、本当の自分を、虚勢をはった弱い自分の姿を、あの好奇心旺盛なクソ野郎たち晒すかもしれない。
そう考えただけでも心が折れそうになる。
だから僕は、彼らが追いつけない階層まで……、先へと急ぐしかないんだ。
僕は狂ったようにダンジョンを駆け抜けた。
二十階層、二十五階層。
雑魚は無視し、最短ルートで突き進む。
三十階層を超えたあたりから、魔物の質が変わった。
リザードマンの上位種や、魔法を使うスケルトンメイジ。
この辺りもリサーチ済みだ。
換金用の魔石を大量に集めながら、僕は夜通し進んだ。
そして、三十五階層を超えた時だった。
通路の奥から、地響きと共に巨大な影が現れた。
キング・ボア。
森で僕が死闘を繰り広げた、あのボスの同種だ。
ここでは通常の雑魚として登場するのだ。
酒井くんたちはこれに苦戦し、足止めを喰らっているらしい。
「上等だ……!」
僕はニヤリと笑った。
良い金策になる。
こいつの魔石と牙は高く売れる。
「金だ!経験値だ!俺様に、すべてを寄越せぇぇ!」
僕は真正面から突っ込んだ。
数日前には死を覚悟した相手。
今は、十分に狩れる。
「斬撃!」
相棒の平面部分がボアの牙を砕き、脳天をカチ割る。
それでも止まらぬボアの突進を紙一重でかわし、脇腹にかち上げるように相棒を叩き込む。
ゴツンという岩を砕いたような音をさせ、土色の魔石と大きな牙を落として目の前のボアは消えた。
一匹倒せば、また次の一匹が現れる。
ドロップ品を拾い上げ袋に突っ込むと、次の得物だとそれらに突っ込んでゆく。
僕は夜通し狩り続けた。
もはや情報のない魔物との戦い。
油断は無かったが、それでも何度かボアの牙で腕を裂かれ、突進で吹き飛ばされたりもした。
黒鎧のスケルトンの剣に傷付けられ、人型の影に首を絞められ、巨大なオーク踏み潰され駆けたりとギリギリの戦いを繰り広げていた。
全身が血だらけになりながらも、それでも鬼竜二号を振るい続ける。
目標となった四十階層に到着した頃には、夜開けの時間となっていた。
「時間切れか……」
精神的な疲労も限界も近い。
僕は帰還札を使い、地上へと戻った。
朝の光が眩しい。
血と泥にまみれた姿で、僕は街のはずれにある武器屋へと駆け込んだ。
開店準備をしていたドワーフ族の店主は僕を見て一瞬たじろいだように見えたが、すぐに迷惑そうな視線へと変わった。
僕は俺様ロールで要望を伝える。
「おい、親父。この店にすげー盾があるんだろ?見せろ!」
「あ”?なんだ坊主、朝からなに生意気なこと言ってんだ?そんなクソみてーな顔して……、握りつぶしてやろーか?」
おじさんの迫力に土下座しそうになる。
だが、今の僕は怯むことは死ぬことと等しい。
負けじと睨み返すようにして虚勢をはる。
近くのカウンターの上のに山盛りの魔石と素材をぶちまけると、おじさんは目の色を変えた。
「こ、これはすげーな……、魔石もだが、キングボアの牙に、これはなんだ?やけに密度の高い骨?この魔石……、闇属性だな!お前……」
「あれと交換だ!足りなきゃまた持ってくる!俺様があの盾、買い取ってやるよ!」
僕は店の一番目立つ場所に飾ってある、白銀の大盾を指差した。
ミスリルの大盾。
この店で最高品質と思われる盾だ。
物理防御だけでなく、魔法耐性も高い性能を誇るらしい。
酒井君達が32階層に出現した、スケルトンの亜種であるブルースケルトンからドロップしたという物らしい。
酒井くんたちはこの大きく重厚感のある盾を、使える者がいないということで、この店に売っていたと掲示板に書いてあった。
僕も密かに狙っていたが、残念ながらブルースケルトンとは遭遇しなかった。
「これだけでいい……」
おじさんは魔石と牙を三分の一程度、太い腕で寄せるようにして回収しながらそう言った。
「はっ、全部持って行ってもいいんだぞ?」
内心安堵しながらも、自然とそう返す。
そろそろ俺様ロールが馴染んできた……、気がする。
「バカ言え、適正価格ってもんがあるんだ!こちとらまっとうな商売人だ!ガキはなまいってんじゃねーよ」
太い腕を胸の前で組みそう言った。
「だが、お前にあつかえるのか?軽量化も付与もされているダンジョン産だが、それでも結構な重さはあるぞ?」
そんな心配までされた。
「けっ、問題ねーよ!」
そう言いながら、棚から盾を片手で持ち上げる。
想像以上に重かったが、扱えないほどでもない。
ブンブンと振り回して見せた。
「結構おもてーな」
「やめとくかい?」
「バカ言え。その内慣れる」
僕の返答にガハハと笑うおじさんの声に見送られ、僕は店を出た。
かなり良い装備だが、やはり重さはある。
だが、この重さこそが命の重さだ。
これならきっと、佐々木くんを守ってくれる。
そう思いながら袋にしまい込む。
疲れた体に喝を入れながら、僕は宿へと戻る。
僕の部屋の前で藤田さんと佐々木くんが待ちぼうけを食らっていた。
僕が帰ってきたのを見た二人は、息を呑み狼狽えた。
「く、黒木様……、その血……」「黒木くん……、お前、何と戦ってきたんだよ……」
心配そうな二人を睨む。
心が痛い。
「ちっ、朝っぱらから何突っ立ってんだ!邪魔くせぇ!」
僕は舌打ちをして、悪態をつく。
そして、袋からミスリルの大盾を取り出すと、佐々木くんに向かって放り投げた。
ドスンという重厚な金属音が響き、床が揺れる。
佐々木くんは慌てて倒れそうなそれを支えようとして、よろけていた。
「うわっ、お、重っ!?なんだよこれ、お、重すぎる……」
「お前、今日からそれを使え。店で見かけてかっけーから買ったが、想像以上に重すぎて使い物にならねえ!」
僕は不機嫌そうに吐き捨てた。
「俺様の俊敏な動きを阻害するゴミだった。捨てるのも癪だからな。お前が使って肉壁らしく有効活用しろ!そして俺様に貢献しろ!」
「なんで俺がこんな……。わかりましたよ、使えばいいんでしょ……」
佐々木くんはぶつぶつと文句を言いながらも、渋々といった様子で重い盾を構え直した。
ふらふらと体を揺らしながらも、なんとか持ち上げる。
もう少しレベルが上がり、肉体強化を使ってもらえば十分に扱えるだろう。
「ちっ、使えねーな!これに入れておけ!」
僕は魔導袋を二つ取り出し、二人に向かって投げつけた。
「それを使え!荷物持ちの分際で、アイテムがいっぱいで持てませんとか抜かしたら殺すからな!伊織も、ドロップ品は素早く拾え!俺様にもっと稼がせろ!」
藤田さんは指輪もあるが、収納量が少ない。
この魔道袋があれば、収納に困ることはないだろう。
二人に強く命じながら、そんなことを考えていた。
二人から返事が返ってくるのを確認し、僕は気合を入れなおす。
佐々木くんは戸惑いの表情だ。
だが、藤田さんは嬉しそうに袋を抱きしめながら、僕のことを見つめている。
まるで尊敬……?違うな。まるで愛する人を見つめるような……。
いや、何を考えている?
それは僕の思い過ごしだ。
そうあって欲しいと願う願望が見せている、愚かな虚構。
そう思いながらも、藤田さんを直視ができない。
僕はその視線から逃れるように横を向き、廊下を拳で殴りつける。
意味不明の行動をしてしまった。
「血、流してくるからな!お前たちはそこで待機だ……、大人しくしてろよ!」
そう言って部屋に入ると、音を立て乱暴にドアを閉める。
そして、脱衣所に入り装備を脱ぎ捨てる。
『神フラッシュ発動中』
その文字を確認し、集めのシャワーを浴びる。
「あー、しんどい!けど、やらなきゃ!佐々木くん、まずは盾を上手く扱えるようになってもらいたいな」
ため込んだ弱音があふれ出す。
「それにしても、一回寝ないとまずいかな?でもなー、早く二人を鍛えておかないと……、もうすぐ二週間、何があるか分からないし……、それに……」
顔に湯を浴びせ、冷静になろうと努力する。
「あー、もうっ!可愛すぎだよぉー!」
先ほど向けられた藤田さんの視線を受け、心臓が高鳴っている。
「どうかしているだろ!」
藤田さんが僕に愛情を向けているように夢想するなんて、明らかに脳に異常をきたしているのだと感じた。
「気を引き締めなくちゃ……、じゃなきゃこの世界を生き抜けないから!」
僕は両手でバシンと頬を刺激し、雑にタオルで全身を拭くと、ぼさぼさの頭のまま新しいインナーを着込んだ。
そして血濡れた装備を軽くタオルで磨く。
少しだけ落ち着きを取り戻した僕は、それを身に纏い部屋を出た。
「お前ら、準備ができてるなら行くぞ!ぐずぐずするな!」
出てきて早々、大人しく待機していた二人に喝を入れ、廊下をドカドカと進み宿を出る。
精神的な疲労は限界が近い。
だが、止まるわけにはいかない。
酒井くんたちに追いつかれる前に、もっと先へ。
誰も手の届かない場所へ。
「は、はい!行きます!」「待ってくれ!俺も、行くから!」
二人の力強い返事が心地よい。
僕は疲れた体を引きずるようにして、再びダンジョンへと戻って行った。
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