第二十一話「許すも何も、こいつは俺のもんだ」
翌日。
昨日の狂気的な周回の疲れは、一晩の睡眠で嘘のように消えていた。
僕たちは装備を整え、ダンジョンへと向かっていた。
目指すは二十一階層からの攻略だ。
街の大通りを抜け、ダンジョンの入り口広場に差し掛かった時だった。
前方に、見知った顔の集団がいた。
「あ……」
藤田さんが小さく声を上げ、僕の背中に隠れるように身を縮める。
そこにいたのは、ランキング一位の『勇者』、酒井幸助だった。
爽やかな短髪に、意志の強そうな瞳。
身につけているのは白銀に輝くプレートアーマーと、装飾の施された長剣。
まさに絵に描いたような勇者様だ。
その脇には二人の男女が控えていた。
一人は、ひょろりと背の高い男、池田篤人くんだ。
黒縁メガネの奥にある瞳は理知的で、手には自身の身長ほどもある木の杖を持っている。
魔法使いのようなローブを纏い、冷静に周囲を観察していた。
もう一人は、小柄な少女、堀田凛子さん。
栗色の髪を肩で切りそろえ、神官服のようなローブを着ている。
優しげな顔立ちだが、今は不安そうに眉を寄せている。
クラスでも目立つ、いわゆる一軍のグループだ。
酒井くんがこちらに気づいた。
その視線が僕に、そして僕の後ろに隠れている藤田さんに注がれる。
彼の表情がパッと明るくなった。
「黒木!それに藤田さんか!」
酒井くんが駆け寄ってくる。その顔には屈託のない笑みが浮かんでいた。
「無事だったんだな!よかった、心配してたんだぞ。他のクラスメイトも探してるんだけど、なかなか見つからなくて……、というか黒木もこっちに飛ばされてたんだな。その、久しぶりだな」
本当に、心底安堵したような声だった。
歯切れが悪いのは、引きこもりでしばらく会っていなかったからだろう。
酒井くんは、クラスでも人気者で、誰にでも優しかった。
僕みたいな陰キャにも、分け隔てなく接してくれた。
その善性が、今は眩しすぎて直視できない。
ここで馴れ合うわけにはいかない。僕は最強の悪役なのだ。
僕は口の端を歪め、わざとらしく顔をしかめた。
そして聞こえるように舌打ちをする。
「あぁ?誰だテメェ。朝からデカイ声出してんじゃねえよ」
「え……?」
酒井くんが足を止め、戸惑いながら僕を見た。
「俺だよ、酒井だよ。忘れたのか?」
「チッ、知らねえな。雑魚の顔なんかいちいち覚えてねえよ!」
僕は吐き捨てるように言った。
背後では藤田さんが僕の裾をぐっと引くようにして身を小さくしている。
酒井くんの笑顔が引きつる。
後ろにいた池田くんと堀田さんも、怪訝な表情でこちらを見ている。
「おい、黒木。冗談だろ?クラスメイトじゃないか?」
「うるせえな。俺様はこれから狩りで忙しいんだよ!」
僕は会話を遮るように、藤田さんの腕を乱暴に引いた。
「美織、行くぞ!グズグズするな!」
「あ、はい……」
逃げるようにその場を立ち去ろうとする僕の背中に、酒井くんの鋭い声が飛んだ。
「待てよ!」
酒井くんが回り込み、僕たちの前に立ちはだかった。
その視線は、もはや友好的なものではなく、不信感に満ちたものに変わっていた。
「なんだその態度は。それに、藤田さんに対するその口調……、どういうことだ?」
酒井くんの視線が、僕と藤田さんの間を行ったり来たり。
その視線を受け、藤田さんはなおも怯えたような様子を見せていた。
「藤田さん、大丈夫か?何かされたんじゃ……」
「余計な詮索すんじゃねえよ」
僕は酒井くんを睨みつけた。
「こいつは俺様が拾ったんだ、下僕としてな……。下僕にどう接しようが、俺様の勝手だろ!」
「下僕……、だと?」
酒井くんのこめかみに青筋が浮かぶ。
「ふざけるな!クラスメイトを下僕扱いなんて、許されると思ってるのか!」
「許すも何も、こいつは俺のもんだ。テメェらみたいな偽善者ごっこしてる連中とは違うんだよ!」
「貴様ッ!」
酒井くんが激昂し、剣の柄に手をかけた。
殺気はない。
だが、明確な怒りが向けられる。
「やめなよ酒井!街中だよ!」
堀田さんが止めようとするが、酒井くんは聞く耳を持たない。
「そこをどけ、黒木。藤田さんを解放しろ!」
「なんで俺様がお前の言う事を聞かなきゃならねーんだよ!それとも、力づくで奪ってみるか?勇者様?」
僕は鬼竜二号の柄を握り、挑発的に笑ってみせた。
一触即発の空気。
酒井くんが剣を抜きかけた、その時だった。
「やめて!」
悲鳴のような声が響いた。
藤田さんが、僕と酒井くんの間に割って入ったのだ。
「藤田さん……?」
酒井くんが動きを止める。
「どいてくれ、今その男から助けてやるから!」
「違うの!」
藤田さんは首を横に振った。
その体は震えているが、目は真っ直ぐに酒井くんを見ている。
「私は、無理やり連れてこられたわけじゃないの。私の意志で、黒木……様に、ついて行ってるの」
「な……、何を言ってるんだ?脅されてるのか?」
「違う。黒木様は、私を助けてくれた。私を強くしてくれるって約束してくれたの。だから……」
藤田さんは、一度言葉を切り、僕の方をちらりと見た。
そして、決意を込めて言った。
「私は大丈夫。だから、もう構わないで!」
その言葉は、なによりも重く、酒井くんを打ちのめしたようだった。
酒井くんは剣を下ろし、力なく項垂れた後、そのまま膝をついた。
「くそっ……!」
彼は悔しそうに地面を殴りつけた。
拳から血が滲む。
「酒井……。行こう?彼女がそう言うなら、僕たちにはどうすることもできないだろ?」
池田くんが冷静にそう言いながら、酒井くんの肩を叩いた。
その鋭い視線で僕を睨みつけている、
堀田さんも、悲しそうな目で藤田さんを見つめた後、僕を睨んだ。
「黒木くん。もし美織ちゃんに酷いことをしたら、私たちが許さないからね!」
捨て台詞を残し、三人は去っていった。
僕はその後ろ姿を見送りながら、内心で冷や汗を流していた。
怖かった。
心臓が口から飛び出るかと思った。
あんなキラキラした勇者パーティに睨まれるなんて、一般人の僕には荷が重すぎる。
だが、まだ終わっていない。
僕は去って行く三人に聞こえるように、精一杯の虚勢を張った。
「ふん、口ほどにもねえ!もう俺様に逆らうなよ!死にたくなければなー!」
心の中で、地面に額を擦り付ける勢いで土下座を繰り返す。
ごめん酒井くん。
ごめん池田くん、堀田さん。
君たちは正しい。
間違っているのは僕なんだ。
でも、こうするしかないんだ。
「美織、行くぞ!」
僕は吐き捨てるように言い、逃げるように歩き出した。
「は、はい!」
藤田さんが慌ててついてくる。
ダンジョンに入る気力は、もう残っていなかった。
「今日は気分が悪い。休みだ、休み!やってられっかよ、クソがっ!」
僕はそう叫び、踵を返して宿へと戻った。
部屋に入った瞬間、僕はトイレへと駆け込んだ。
便座に膝を抱えるように座り込む。
『神フラッシュ発動中』
この文字だけが僕の救いだ。
その安心感に、張り詰めていた糸が切れた。
「あああーーー!!!ごめんよ酒井くーん!!!」
情けない声が漏れる。
涙がボロボロと溢れてきた。
「あんな良い人を傷付けてしまうなんて、僕はなんて最低な人間なんだ……」
酒井くんは、本当に心配してくれていた。
そんな彼に、あんな酷い言葉を投げつけ、敵対してしまった。
「でも、仕方ないじゃないか……、僕はこのスタイルを変えられない!それに、藤田さんを守るためにも必要なんだ……」
自分への言い訳を口にするたび、惨めさが募る。
ひとしきり泣いて、少し落ち着いた僕は、トイレを出た。
部屋には誰もいない。
藤田さんは自分の部屋に戻っているだろう。
僕はベッドの上に鬼竜一号と二号を並べ、無心で磨き始めた。
単純作業に没頭することで、罪悪感を忘れようとした。
どのぐらいが経過しただろうか?
僕はいつの間にか布団へ入り、その意識を遮断していた。
◆◇◆◇◆
Side:藤田美織
宿に戻って早々、黒木くんは自分の部屋へと駆け込んでいった。
その背中は、どこか追いつめられているように見えた。
私は、つい彼を追って、そのまま彼の部屋に入ってしまっていた。
彼はそれに気づいていないようで、一直線にトイレへと入っていく。
バタン、とドアが閉まる音がした。
私は部屋の入り口で立ち尽くした。
出ていくべきか、声をかけるべきか。
ふと思い出す。
トイレの中なら『神フラッシュ』が発動することを。
この街にたどり着き、最初の夜、お風呂に入ろうと脱衣所に入った瞬間、あのメッセージが出たからだ。
それならと、トイレで試してみた時も同様だった。
トイレの必要はなかったけど、宿での夜はたまにトイレに逃げ込んで泣いていた。
便座に座ろうとしたら出る『神フラッシュ』は、私を一人にさせてくれたから。
張り詰めた緊張を解くことができる、唯一の場所。
黒木くんも、今、そこで一人になりたいのかもしれない。
そんなことを考えながら、どうしようかとあたふたしていると、トイレの中からうっすらと声が聞こえた。
神フラッシュは映像と音声を遮断するはずだけど、それは地球に配信されているであろう映像に対してなのだろう。
そう考えた。
微かだけど、黒木くんの泣き声のようなものが聞こえる。
私は気になって、恐る恐る扉に耳を近づけた。
「ごめんよー。でも、藤田さんは酒井君に任せた方が良かったかな?」
弱々しい、震える声。
いつもの威圧的な黒木くんの声とは、まるで別人のような声だった。
「僕なんかよりずっと男らしいし、大切に扱ってくれるだろうし……」
後悔と、自己否定の言葉。
黒木くんは、私のことを、本気で考えてくれていたんだ。
「でも、でもさ、藤田さんをもっと強くしなくちゃダメなんだよ!こんな世界なんだ……」
声に力がこもる。
「自分の力で戦えるように強くなってもらわなきゃ、そうじゃなきゃこんな危険な世界、生きてくことはできないんだから!」
その言葉を聞いた瞬間、私の胸が熱くなった。
心臓が早鐘を打つ。
顔に熱が集中するのを感じた。
黒木くんは、私をいじめたりこき使ったりしているわけではなかった。
私を奴隷にして、使い捨てにするつもりじゃなかった。
何度かそう感じたことがあったけど、ある種の依存がそう感じさせただけかと思ったけど、黒木くんは本当に私の身を案じてくれていたのだ。
不器用で、乱暴で、言葉は悪い黒木くん。
だけどそれは、誰よりも私の未来を考えてくれての行動だったのだ。
たしかに酒井くんたちは優しかった。
きっと私のことも守ってくれるだろう。
でも、黒木くんは違う。
私が、この世界に、自分の足で立てるように、心を鬼にして接してくれていたのだ。
周囲に対してどうしてあそこまで威圧的に接するかはまだ分からない。
だけど、黒木くんが 私をあの地獄のような場所から救い出してくれた人だという事実は変わらない。
私を鍛え上げてくれる人。
そして、私を守ってくれている人。
涙が溢れて止まらなかった。
私は声が出そうになるのを必死に堪え、音を立てないように部屋を出た。
自分の部屋の脱衣所へと逃げ込む。
膝に顔をうずめ、声を上げて泣いた。
悲しい涙じゃない。
嬉しい涙だ。
この世界に来て初めて、私は、独りじゃないと、心からそう思えた。
「私、黒木くんから離れないから!」
涙で濡れた顔を上げる。
鏡に映る私は、まだ弱くて頼りない。
でも、その目には、昨日までとは違う光が宿っていた。
強くなる。
黒木くんが望むように。
そしていつか、震える彼の背中を、私が支えられるようになるために。
私は強くなる!
そんな決意を胸に強く刻んだ。
ブクマ、評価、励みになります。感想お気軽にお書きください。




