第十七話「あの、着替えたいのですけど、いいでしょうか?」
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城塞都市バルド。
大陸の北に位置するこの都市は、今、かつてないほどの熱気に包まれていた。
街の中央広場から放射状に伸びる大通りには、武骨な鎧を纏った戦士や、杖を手にした魔術師風の人間が行き交っている。
その多くは、この世界の住人である冒険者たちだ。
だが、その中に混じって、明らかに異質な空気を纏う集団がいる。
神によって強制的にこの世界へ転移させられた、僕たち「転生者」だ。
この世界には主要な都市が全部で四つ存在するという。
それぞれの都市は、広大な大陸の東西南北に位置し、その中心には必ずダンジョンが存在する。
そして、それら四都市は、ダンジョンの入り口付近に設置された古代の転移陣によって繋がっているらしい。
使用料は金貨一枚。
100,000$は決して安い金額ではないが、命懸けで荒野を旅するリスクを考えれば、破格とも言える値段だ。
ゆえに、運良く四都市のいずれかにたどり着けた転生者たちは、情報を求めて、あるいはより強い力を求めて移動を開始する。
ここ、城塞都市バルドは最大規模の都市であり、最も難易度が高いとされるダンジョンを擁している。
必然的に、戦う意志を持った転生者、あるいは一攫千金を夢見る者たちが、このバルドへと集結しつつあった。
僕たちがここに来たのも、ある意味では必然だったのかもしれない。
転移から八日目の朝。
宿の食堂は、朝から肉の焼ける匂いと喧噪に満ちていた。
食事の必要ない体。
それでも食の楽しみはある。
僕は窓際の席で、硬いパンをスープに浸しながら、向かいに座る藤田さんに視線をやった。
彼女は昨日よりも少しだけ顔色が良く見える。
恐怖が消えたわけではないだろうが、少なくとも絶望の淵からは這い上がったようだ。
「あの、黒木く……、黒木様……」
藤田さんがおずおずと口を開く。
その呼び方に背筋がむず痒くなるが、表情には出さない。
俺様ロールを維持するためだ。
「なんだ食事中に」
不機嫌そうに答えると、彼女はビクリと肩を震わせ、小さな声で続けた。
「私の天賦のことなんですけど……」
「あん?」
「その、ステータスを見たら、狩人って書いてあって。スキルに危険察知っていうのがあったんです」
彼女は申し訳なさそうに言った。
戦う力がない自分が、そんなスキルを持っていてごめんなさい、とでも言いたげだ。
だが、それは僕にとって既知の情報だった。
すでにログアウトの際に確認済みの能力。
狩人。
弓や罠の扱いに長け、索敵能力に優れた天賦。
危険察知は、奇襲や罠を未然に防ぐ、生存率を劇的に上げるスキルだ。
正直、喉から手が出るほど優秀な能力だ。
藤田さんでも鍛えれば、自分の身ぐらいは守る力を十分に持てるだろう。
そう確信できるだけのポテンシャルがある。
だが、それを素直に褒めるわけにはいかない。
「ふん、知ってる」
僕は短く切り捨てた。
「え?」
「お前がビクビクしてんのは、そのスキルのせいもあるんだろ。周りの殺気を感じ取ってるだけだ。この、臆病者が」
適当な理由をつけ嫌悪感を煽る。
「まあ、俺様の盾になるくらいには役に立つかもな。せいぜい磨いておけ!」
「は、はい!頑張ります!」
藤田さんは、役に立てるかもしれないという言葉に、パッと表情を明るくした。
単純な奴だ。
だが、それでいい。
必死で僕に取り入ろうと技を磨き、そして、強くなって僕から逃げ出し幸せになれば良いんだ。
そんなことを考える。
朝食を終えた僕たちは、装備を整えるために宿を出た。
目指すのは、昨日魔石を換金したあの店だ。
朝の街は活気に溢れているが、僕たちの周りだけ少し空間が空いている。
僕が放つ殺気立った雰囲気と、藤田さんの怯えた様子が、人を遠ざけているのだろう。
カランコロンとドアベルを鳴らして店に入ると、カウンターの奥から昨日のおばあさんが顔を出した。
「おや、また来たのかい。景気のいい兄ちゃんたちだねぇ」
「装備を見繕いに来た。実用的なやつを頼む」
僕は横柄に言いながら、カウンターに金貨を数枚置いた。
まずは、最低限の備えだ。
僕が指定したのは、『魔導袋』と呼ばれる収納アイテムだった。
腰に装着できるベルトタイプのもので、見た目は小さなポーチだが、中には見た目以上の空間が広がっているらしい。
価格は金貨二枚。
それなりに高額だが、背負い袋を持ったまま戦闘するのは限界がある。
何より今は金がある。
「これも入るなら買うが?」
鬼竜一号を見せ確認する。
「そうさね。入り口を通るサイズならもう少し長くてもはいるさね」
歪で、血と脂が染み込んだ木の棒。
この一週間、僕の命を繋ぎ止めてくれた相棒。
愛着がないと言えば嘘になる。
だが、これからの戦いには耐えられないだろう。
僕は鬼竜一号を魔導袋の口に押し込んだ。
ズルズルと飲み込まれていく感触。
それと同時に脳内に木の棒Aという文字が浮かぶ。
もう一度手を突っ込むと、同じように脳内に浮かび、その文字を確認しながら手を引くと鬼竜一号がしっかりと握った感触があった。
なるほどな。
そう思いながら再び相棒を押し込める。
しばしのお別れだ。
心の中でそう呟く。
夜には取り出して、手入れをしてやるつもりだ。
初心を忘れないために。
好奇心に駆られた醜悪な奴らへの恨みを消さないように。
そして、新たな相棒を探す。
店内の壁には、剣や槍、斧などが所狭しと並べられている。
どれも実用的で、飾り気のない武骨なものばかりだ。
僕の目は、一本の武器に吸い寄せられた。
ウォーハンマー。
長さは1.5メートルほど。
僕の身長より少し短い程度だが、その存在感は圧倒的だ。
太い持ち手は滑り止めの革が巻かれており、握るとしっくりと手に馴染む。
先端のヘッド部分は鉄鉱石の塊でできており、片側は鋭く尖ったピック状、もう片側は岩をも砕きそうな四角いハンマー状になっている。
「いいな」
思わず声が出た。
剣のような華麗さはない。
だが、この暴力的なまでの重量感と破壊力。
叩き潰す。
粉砕する。
その分かりやすいコンセプトが、今の僕の「俺様ロール」に合致している気がした。
「お目が高いねぇ。そいつは鉄鉱石を鍛えて作った特注品。重いけど、振り回せるのなら、その威力は折り紙付きさねぇ」
おばあさんがニヤリと笑う。
「いくらだ」
「金貨一〇枚」
「高いな」
全財産の半分以上が吹き飛ぶ。
だが、命を預ける相棒だ。
ケチるわけにはいかない。
僕はウォーハンマーを手に取った。
ずしりとした重みが腕にかかる。
今のステータスなら、片手で振り回すのは難しいかもしれないが、両手なら十分に扱える。
斬撃スキルを乗せれば、昨日のボアですら一撃で粉砕できるだろう。
「貰おう」
僕はウォーハンマー、いや、鬼竜二号を手に入れた。
次に防具だ。
僕も藤田さんも、着ているのは薄汚れたジャージと制服だけ。
これでは紙装甲もいいところだ。
僕は古着の山から、サイズが合いそうな丈夫なズボンとシャツを数枚選んだ。
そして、藤田さんに向き直る。
彼女は店の隅で、小さくなってこちらの様子を伺っていた。
「おい、お前も選べ」
僕は金貨を数枚、彼女の手に押し付けた。
「えっ、でも……」
「俺様の連れがボロボロの制服じゃ、格好がつかねえんだよ。さっさと着替えと武器を買ってこい!」
「は、はい!」
藤田さんは慌てて店内を物色し始めた。
僕はその間に、自分用の防具を探す。
動きやすさを重視したい。
見つけたのは、革と鉄板を組み合わせた軽い胸当てだった。
銀貨三枚程度。
急所である心臓と肺を守れれば、あとは回避でなんとかなるだろう。
それらをまとめてカウンターに置く。
しばらくして、藤田さんが戻ってきた。
腕には服の山と、二本のナイフ、そして鎖帷子のようなものが抱えられている。
「あの、これ……、どうでしょうか」
彼女が差し出したのは、目の細かい鎖で編まれたボディスーツのような防具だった。
「チェーンメイルか。重くないか?」
「いえ、すごく軽いんです。ミスリルが少し混ざってるって……」
「ミスリルだと?」
おばあさんが口を挟む。
「ああ、そいつは掘り出し物だよ。昔の冒険者が売っていったやつさ。サイズが小さいから売れ残ってるさねぇ」
確かに小柄な藤田さんならぴったりだろう。
防御力も高そうだ。
「いいじゃねえか。武器は?」
「このナイフです!」
二本の短剣。
速度補正などの魔法効果はないようだが、刃は鋭く、作りもしっかりしている。
「二刀流か。まあ、お前には合ってるかもな」
おばあさんは藤田さんの手に持っている商品をチラリと見た後、金貨一枚で良いと言う。
「あの、着替えたいのですけど、いいでしょうか?」
「早く行ってこい!」
語尾を強めてそう言うと、藤田さんは嬉しそうにそれらを抱いて、店の奥にある試着室へと消えていった。
僕は会計を済ませ、ウォーハンマーを背中のホルダーに固定した。
その重みが、心地よい緊張感をもたらす。
見た目もかなり厳つい雰囲気を出していることだろう。
しばらくして、試着室のカーテンが開いた。
「あ、あの……、どうでしょうか?」
出てきた藤田さんの姿を見て、僕は一瞬言葉を失った。
ボロボロの制服姿ではない。
黒を基調とした体にフィットする服の上に、銀色に輝くチェーンメイルを纏っている。
足元は動きやすそうな革のブーツ。
腰には二本のナイフ。
長い髪は高い位置で結い上げられている。
それはまるで、物語に出てくる「くノ一」か、アサシンのような出で立ちだった。
元々整った顔立ちをしていたが、その凛とした姿に、不覚にもドキッとしてしまう。
「馬子にも衣装だな、まあマシにはなった」
僕は視線を逸らし、憎まれ口を叩くことで動揺を隠した。
「そうですか……、ありがとうございます」
藤田さんは少し残念そうに、でも安堵したように微笑んだ。
「あ、これ、着替えのです」
彼女は、まとめ買いした普段着用の服と、今まで着ていた制服などをまとめて差し出してきた。
「ちっ……」
僕は舌打ち交じりで乱暴にそれを奪うと、何も考えずに魔導袋に突っ込んだ。
その時だった。
脳内リストに文字が表示される。
――――――
女子高・制服A(上)
女子高・制服A(下)
下着A(下・黒・S)
下着B(下・白・S)
下着C(下・白・S)
下着D(下・白・S)
下着E(下・黒・S)
下着A(上・黒・S)
下着B(上・白・S)
タンクトップA(S)
ワンピースA(S)
ワンピースB(S)
――――――
「ッ!?」
僕は弾かれたように手を引っ込めた。
顔がカッと熱くなるのが分かる。
心臓が早鐘を打つ。
まずい。
これはまずい。
いくら下僕扱いとはいえ、年頃の女子の下着を僕の袋に入れて管理するなんて、変態の所業だ。
俺様キャラの威厳どころか、ただのセクハラ野郎になってしまう。
僕は慌てて回りを見回し、カウンターにあるガラスケースを指差した。
「ばあさん!これくれ!」
指差したのは、指輪タイプの収納魔道具だった。
「あいよ。容量は小さいけど、金貨一枚さねぇ」
そういって収納サイズであろう大きさを手で示すおばあさん。
「くっ……」
僕は金貨を叩きつけ、取り出した指輪をひったくった。
収納スペースは本当に小さな小箱サイズ。
だが、衣服程度なら十分に入るだろう。
僕は藤田さんに、まとめて取り出した衣服と、その指輪を押し付けた。
「自分のものぐらい自分で管理しやがれ!俺様に手間をかけさせるな!」
精一杯の罵倒。
「えっ?」
驚く藤田さんは少し嬉しそうに指輪をはめると、僕から戻ってきた服のひとまとまりを近づける。
するりと吸い込まれるように指輪に入って行った。
「おお」
思わず声がでる。
「あっ」
恐らく藤田さんの脳内にあのリストが出ているのだろう。
慌てた様子で顔を赤くする藤田さん。
「ご、ごめんなさい」
蚊の鳴くような声で謝る藤田さんを無視して、店を出る。
ちらりと振り返って見た時、おばあさんが、ニヤニヤしながらこちらを見ているのが視界の端に見えた。
殺意が湧いて鬼竜二号を繰り出そうとしたが、足を止め深呼吸で乗り切った。
「さっさと出るぞ!」
僕は声を張り上げ、固まっている藤田さんを呼びつけた。
「は、はい!待ってください!」
外の空気は冷たかったが、僕の頬の熱はなかなか引かなかった。
「さあ、俺様に貴重な金を使わせたんだ!たっぷり稼いでもらうぞ!」
僕はそう叫ぶ。
「今日は死ぬ気で働け!元を取るまでは帰さねえからな!」
「はい、黒木様!」
顔にまだ熱が残る中、僕たちは初めてのダンジョンへと足を速めた。
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