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小心者の僕は神の遊戯の中で俺様として虚勢を張ってイキる!  作者: 安ころもっち


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第十六話「それでも私に何かするようなら……」

本日二本更新。二本目。


 視界には神フラッシュの文字。


 僕は声に出して弱音を吐き出した。


「急に下の名前で呼ぶなんて、嫌われたよね?」


 誰に聞いているのか。


 それは自分自身にだった。


「これでクソ野郎たちからのヘイトはもっと強くなるんだろうな」


 掲示板に書き込まれるであろう、僕への罵倒の言葉が目に浮かぶ。


「でも必要なことなんだ!藤田さんを守るため、姉ちゃんへのヘイトを向けないため」


 誰もいない空間に、僕の声だけが響く。


「分かってくれなくても良いんだ!ただ、僕が我慢したらいいんだ!」


 唇を噛み締める。


 その痛みで気を紛らわす。


「我慢だ。我慢……、彼女を鍛えて、厳しく、鬼教官のように」


 自分に言い聞かせるようにそうつぶやき、湧き出る感情を押し殺す。


「そして、強くなったら、僕から逃げてもらえばいいんだ!」


 涙がにじみ、視界が歪む。


「僕から逃げるために、必死で強くなって、そして、こんな世界だけど、少しでも幸せに暮らしてほしい……」


 それが僕の願いだ。


 僕の目的だ。


「その為に、やらなくちゃならないんだ……」


 僕は涙を拭い顔を上げる。


 決意を新たに俺様の仮面を貼り付ける。


 便座から重い腰を上げると、視界から神フラッシュの表示が消えた。


 吐き出した弱音は誰も聞いていない。


 それが唯一の救いだ。


 僕はベッドに腰掛け膝を抱えた。


 そのまま意識を遮断しよう。


 そう思ったが、こんな弱気な姿を見せられないなと考えた時、その恐怖から震えが全身を襲ってくる。


 僕は「ダー!」と叫ぶと、ベッドの上に放り出していた相棒を手に取った。


 備え付けのバスタオルで、丁寧に鬼竜一号を磨いてみる。


 僕の心の汚れも綺麗に落ちたら良いのにと思いながら。


「これで美織を鍛えてやる!」


 震える声でそう言ってみた。


 だが、思った以上に声が震えてしまう。


「あの、弱っちい体を鍛えて、心を強くして、最強の下僕に仕立て上げてやる!」


 弱弱しい俺様という仮面の上に、鬼教官の仮面を重ねる。


 一時間ほどが過ぎた。


 心の整理がついた。


 そして、布団の中に潜り込むと手足を伸ばし意識を遮断する。


 久しぶりに柔らかいベッド。


 僕の意識はすぐに遠のいた。




 どれくらい眠っただろう。


 気付けば部屋は真っ暗だった。


 そしてログアウトのアイコンがクリーンに変わっていた。


 ベッドの上に立ち深呼吸をした後、スキルを発動する。


 視界がホワイトアウトした次の瞬間、いつものように僕は自分の部屋に立っていた。


 あけっぱなしのドアのすぐ向こうで、姉ちゃんが毛布に包まり寝ているのを確認する。


 その顔は、以前よりは安らかに見えた。


「ね……、姉貴」


 その瞬間、姉は目を開けた。


「竜也!」


 久しぶりに聞いた姉の声に涙がでそうになった。


 忘れていた。


 外からの声が聞こえるようになっていたことに。


 その優しい声が、僕の作った仮面を壊そうとする。


 だが弱気な姿は見せられない。


「姉貴っ!こんなところ寝てんなよ!この部屋無敵なんだろ?ここは大丈夫なんだろ?だったら姉貴は、さっさとどっかへ行っちまえよ!」


 僕は意識を喉に集中させ、力の限りそう叫ぶ。


「姉貴がいると集中できないからな!」


 姉の表情が凍りつく。


 目には悲しみが浮かぶ。


「竜也……」


「さっさと誰も知らないようなとこに行っちまえ!ほんとマジ、姉貴は邪魔、なんだからな!」


 少し言いよどんでしまう。


 想像以上に不安が声に滲みでてしまったことに戸惑う。


 姉を突き放した。


 これが姉を守る唯一の方法だ。


 僕の傍にいることが、一番の危険なのだ。


 姉は少し微笑んだ。


 その微笑みは、僕の予想とは違っていた。


「大丈夫よ。姉ちゃん、強いから!」


 その言葉に僕は胸が熱くなった。


 僕よりもずっとこの状況を受け入れている。


「それにね、警察が二十四時間警備してくれるって」


 姉は続けた。


「あと、悟や朝子たちも交代で見張りするってさ」


 悟さんは姉ちゃんの知り合いだ。


 見た目はちょっとやばい感じの、でもとても優しいお兄さん。


 姉ちゃんに惚れているが、僕が見たときは下僕のようにこき使われていた。


 朝子さんというのは、姉ちゃんの付き人のようなお姉さんだ。


 同じレディースの副総長だったと聞いている。


 今でも一声かければ数百人単位で仲間が集まると豪語していた。


 正直、その話は信じていないけど。


 姉ちゃんは僕とは違って心も体も強いのだ。


「それでも私に何かするようなら……」


 そう言って笑う姉ちゃん。


 この笑顔は、姉ちゃんが本気で苛立っている時の顔だった。


 過去のトラウマがよみがえる。


 僕の心配は杞憂だったんだと、体を強張らせながら安堵した。


 姉ちゃんは僕が守るべき対象ではなかった。


 姉ちゃんは僕なんかとは比べ物にならない程、精神的にも、肉体的にも強かったのだ。


「ちっ、勝手にしろよバカ姉貴!」


 僕はそう言いながら背中を向けた。


 これ以上、姉ちゃんの顔を見ていたら、涙がこぼれてしまいそうだった。


 涙を堪え、残りの時間をPCに向かう。


 震える指を動かし、情報を得ようと掲示板などを見て回る。


 自身のランキング順位には変化が無かった。


 依然として8位をキープしている。


 昨日の今日なので当然ではあろう。


 だが、最下位は六十二位となっていた。


 また減っている。


 もう何人も死んでいる。


 まだ一週間程度しか経っていないのに。


 その現実に唇を噛み締めながら、僕は平気な顔をした。


「どいつもこいつも、雑魚ばかりだせ!」


 誰に聞かせるわけでもない、俺様の声。


 そう言った後、僕の視界は宿屋の闇へと戻っていた。



◆◇◆◇◆



 そこは、色という概念が存在しない空間だった。


 上も下も、果てしなく続く純白の世界。


 その中心に、無数の映像がシャボン玉のように浮かんでいる。


 森で魔物に追われる少女。


 街で商人と交渉する男。


 あるいは、既に息絶え、肉塊へと変わりゆく者。


 地上で繰り広げられる「神々の遊戯」の全景が、ここではリアルタイムで投影されていた。


 その映像の奔流の中を、一人の青年が遊泳するように漂っていた。


 透き通るような白い肌に、色素の薄い金色の髪。


 纏っているのは、この空間と同じ白一色の簡素な装束だ。


 彼は楽しげにハミングしながら、指先で一つの映像を弾いた。


 映像が大きく拡大される。


 そこには、薄暗い部屋でPCのモニターに張り付き、絶望と怒りに顔を歪ませる少年の姿が映し出されていた。


「あははっ!人間っていうのは、本当に面白いなぁ」


 青年、ことこの理不尽な遊戯の主催者である『神』は、鈴を転がすような声で笑った。


 その瞳には、慈悲も悪意もなく、ただ純粋な好奇心だけが輝いている。


 昆虫の観察日記をつける子供のような、無邪気で残酷な瞳で目の前の光景に見入っている。


「特にこの76番。やっぱり、この人間にログアウトを与えて正解だったよ」


 神は満足そうに頷き、空中に浮かぶ映像を愛おしそうに撫でた。


「僕の当初の予想では、もっとこう、感動的な展開になると思ってたんだよ?」


 彼は独り言つように、誰に聞かせるでもなく語り始めた。


「76番の能力は、唯一外部と連絡が取れる命綱だったんだ。だから地球の人間たちは彼を英雄視し、協力して情報を集め、他の参加者たちを助けるための司令塔として機能させることができたんだ」


 楽しそうに語る神は、少し悲しそうにトーンを落とす。


「そんな、絆を感じる物語を期待してたんだけどなぁ……」


 神はわざとらしく肩を竦め、深いため息をついた。


「まさか、寄ってたかって石を投げつけ、彼の姉を人質のように扱って精神的に追い詰めるなんてね」


 打って変わって楽し気に弾んだ声をあげる神。


「人間の悪意ってやつは、僕の想像力を遥かに超えてくるから凄いよね!」


 期待は裏切られた。


 だが、予想外の展開に興奮し、その頬を紅潮させている。


「この展開の方が楽しめそうだよね!」


 76番は悪意に晒されることで悪役として覚醒した。


 守るべき者のために、世界を敵に回すことを選んだ。


 その歪んだ成長こそが、神にとっては極上のスパイスなのだ。


「さて、と。このまま彼が順調に強くなるのも面白いけど、もう少し刺激が欲しいかな?」


 神は空中に指を走らせ、新たな操作盤を展開した。


 そこには、参加者たちのパラメーターや、今後のイベントスケジュールが羅列されている。


「来週には、もう少し情報を与えてみるかな?例えば、お互いの『位置情報』や『所持スキル』を、条件付きで公開するとか?」


 もし、76番がログアウトというチートスキルを持っていることが、他の参加者に知れ渡ったらどうなるだろうか。


 もし、彼が上位であることがバレたら?


 嫉妬。


 欲望。


 疑心暗鬼。


 それらが渦巻く中で、孤独な悪役はどう立ち回るのか。


「あはっ、想像するだけでゾクゾクするよ!」


 神の口角が、不気味なほど大きく吊り上がった。


 それは、人間には不可能な角度にまで裂けた、三日月のような笑みだった。


「ねえ、76番。キミはどんな絶望を見せてくれるのかな?どんなふうに足掻いて、どんなふうに壊れていくのかな?」


 にっこりと笑う青年は、手元の映像を握りつぶすような仕草をした。


「さあ、もっと楽しませておくれよ。僕の思考の遊戯の中で!」


 神は思考の海へと沈んでいく。


 どうしたらもっと、この遊戯が混沌とし、鮮血と絶望で彩られるのか。


 その最悪なシナリオを思案するために。


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