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小心者の僕は神の遊戯の中で俺様として虚勢を張ってイキる!  作者: 安ころもっち


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第十一話「よく聞け、クソ虫ども!」


 七日目の朝が来た。


 木漏れ日が瞼を焼き、僕は浅い眠りから覚醒した。


 体の節々が痛むが、それは硬い地面で寝たせいだけではないだろう。


 連日の緊張と戦闘、そして精神的な摩耗が澱のように溜まっている。


 だが、起き上がると同時に、不思議と意識は鮮明になった。


 今日だ。


 今日、僕は森を抜けこの世界で初めての街へとたどり着く。


 その前に日課となった儀式を行わなければならない。


 僕は頭上のウィンドウを確認する。


『スキル:ログアウト・Lv1』


 アイコンは緑色に点灯している。


 僕は鬼竜一号を抱きしめるようにして、アイコンをタップした。


 視界が歪み、森の緑が灰色の部屋へと塗り変わる。


 七度目の帰還。


 鼻をつく腐臭はもう慣れたのか分からないが軽減されているように感じる。


 僕はすぐに部屋の入り口へと視線を向けた。


 今日はすでにドアを開け、見えない壁の向こう側で、姉ちゃんが待機している。


 だが、その姿を見て僕は言葉を失った。


 昨日に引き続き、姉ちゃんはチアガールの衣装を着ていた。


 どこで調達したのか、赤と白を基調とした派手なコスチュームだ。


 スタイルの良い姉ちゃんが着ると、まるでプロのモデルが撮影をしているかのようになっているが、場所はこの汚部屋の前だ。


 生活感のある草臥れた廊下の壁との違和感が半端ない。


 姉ちゃんは僕と目が合うと、パッと花が咲いたような笑顔を見せた。


 そして、手にしたスケッチブックのようなプラカードを掲げる。


『頑張れ!負けるな!竜ちゃん!』


 手書きの太い文字。


 両手にはポンポンが握られている。


 胸が締め付けられ涙腺が緩む。


 昨日に引き続き恥ずかしそうに頬を赤らめているが、姉ちゃんの意気込みを存分に感じながらも、こんな汚い部屋の前で引きこもりの弟のために、何やってんだよ姉ちゃん、と言ってやりたい。


 そんなことを考えつつも視界が滲み、姉ちゃんの姿がぼやける。


 ありがとう、姉ちゃん。


 心の中で何度もそう繰り返しながら、僕はまたも大げさに欠伸をするフリをして、袖で涙を乱暴に拭った。


 姉ちゃんは僕の反応を見て嬉しそうに頷くと、プラカードを一枚めくった。


 そこには、予想外の言葉が書かれていた。


『祝!ランキング入り!お・め・で・と・う』


「は?」


 僕は首を傾げた。


 ランキング入り?


 僕が?


 昨日の時点では三十二位とかその辺りだったはずだ。


 魔物を狩ったとはいえ、上位陣のポイント稼ぎに比べれば微々たるものだったはず。


 数秒後、ハッとした僕はつけっぱなしのPCのモニターを見る。


 キーを叩くとスリープモードを解除され、ランキングページが表示された。


 画面に並ぶ名前と数字。


 僕は自分の名前を探して視線を走らせた。


 スクロールさせるまでもなかった。


「嘘だろ」


 そこにあった。


 第八位・No.76 黒木竜也


 一桁台に僕の名はしっかりと書き記されていた。


 昨日まで平凡な順位だった僕の名前が、今はトップランカーたちと肩を並べている。


 昨日ログアウトした時に動画ランキングという話は聞いていたが、まさかこんなことになっているとは思ってもいなかった。


 ポイントのログを確認すると週間ポイントとして『動画視聴数ボーナス』『話題性ボーナス』『掲示板盛り上がり指数』といった項目で、大量のポイントが入っていた。


「なんだよこれ……」


 僕は呆然と呟いた。


 魔物を倒した数や強さといった基準とはかけ離れたポイント。


 僕がどれだけ晒し者にされたか、どれだけネットのおもちゃにされたか、その数字がそのままポイントに変換されているのだと感じた。


 俺は姉ちゃんの方に振り向いた。


 姉ちゃんは、プラカードを下ろし、両手で口元を覆っていた。


 泣いていた。


 その涙が、嬉し涙なのか、それとも別の感情なのか分からなかった。


 ただその姿を見て、僕も涙が出るのを堪えきれず、姉ちゃんに背を向けるしかなかった。


 歪む画面を見ながら、ニュースサイトのトップに自分の名前がトレンドワードとして表示されているのを見つけた。


『黒木竜也』『聖女の弟』『血濡れの修羅』


 僕は無意識にそれをクリックする。


 そこに書かれている文言を目にした瞬間、胸が締め付けられるような冷たい恐怖を感じた。


 最初の方は、まだよかった。


『動画ランキング、姉と共にワンツーフィニッシュで大量ポイントゲットwww』


『すげー修羅がいた!木の棒一本でボス級の猪を倒すとか、マジで何者?』


『俺様うぜw』


 だが、スクロールしていくにつれて、空気は一変した。


 そこには、純粋な悪意と、明確な敵意、そして卑猥な欲望が画面を埋め尽くしていた。


『卑怯者。自分だけ毎日安全圏に帰れてよかったな』


『何人死んだと思ってる?お前がヘラヘラしてる間に、他の参加者は死んでるんだぞ』


『姉ちゃんが無事だといいな。住所特定班、まだか?』


『あの部屋燃やしたらどうなるの?弟だけ焼け死ぬのかな?』


『姉ちゃん可愛い。ヤリたい!弟の目の前で〇して絶望させたい』


『弟はゴミだが姉は至高。さっさと弟〇ねばいいのに』


 他にも口に出せないような、おぞましい言葉が並んでいた。


 殺害予告。


 放火の示唆。


 そして、姉ちゃんに対する性的な暴言の数々。


「う、ぷ……」


 吐き気が込み上げる。


 胃の中が裏返るような感覚。


 これが、僕がランキング入りした代償なのだろうか……。


 僕が目立てば目立つほど、姉ちゃんが危険に晒される。


 僕へのヘイトが、姉ちゃんへの歪んだ執着へと変わっていく。


 怖い。


 自分のことなら耐えられる。


 でも、姉ちゃんが傷つけられるのだけは絶対に阻止しなくては。


 僕は椅子を蹴倒す勢いで立ち上がり、入り口へと走った。


 透明な壁に、思い切り体をぶつける。


 ドンッ!


 音は鳴るが、向こうへは行けない隔離された空間。


 姉ちゃんが驚いて顔を上げた。


 泣き濡れた顔で、僕を見ている。


 僕は吐き気を堪えながら、見えない壁に縋りついた。


「ごめんっ、ごめんっ!」


 声は届かない。


 それでも叫ばずにはいられなかった。


「姉ちゃん、ここから逃げて!あいつら本気で頭おかしいんだ!姉ちゃんが危ないんだよ!」


 必死に叫ぶ僕。


 イヤホン越しに僕の叫びを聞いているであろう姉ちゃんは、ゆっくりと首を横に振った。


 そして、口をパクパクと動かした。


『だいじょうぶ』


 そう言っていたのだと思う。


 その表情には恐怖など微塵もなかった。


 あるのは、弟を信じる強い意志と、深い愛情だけだろう。


 スマホを操作する姉ちゃんからのメッセージ。


『私は平気。だから竜ちゃんは自分のことだけ考えてね。私に何かあったら……』


 そのメッセージを確認した後に見た姉ちゃんは、ふふふと笑っている。


 ああ、姉ちゃんの苛立っている時の笑顔だ。


 あの笑顔の姉ちゃんは、無敵なのだと知っている。


 だけど僕は安心なんてできるわけはなかった。


 いくら姉ちゃんでも、不特定多数の人間から目をつけられ、無事でいられるはずはないのだ。


 守らなきゃいけない。


 姉ちゃんを、このネットの悪意という暴力から守り抜かなければならない。


 そのためには、僕がもっと強烈な悪役になって、すべてのヘイトをこの身に集めるしかない。


 皆が恐怖で震えるほどの圧倒的な力を持った悪役に……。


『ログアウト時間終了』


 無機質な声が脳内に響く。


 視界が歪む。


 姉ちゃんの姿が、汚い部屋の風景が、光の粒子となって消えていく。


「姉ちゃん!」


 伸ばした手は空を切り、次の瞬間には、湿った森の空気が僕を包み込んでいた。


 森の中に戻った僕は、鬼竜一号を握りしめ、地面を踏みしめた。


 体の中からどす黒い怒りと殺意が湧き上がってくる。


 それは魔物に対するものではない。


 画面の向こうで安全な場所から石を投げ、姉ちゃんを辱めようとする顔の見えないクズどもへの殺意だ。


 僕はPCがあったであろう虚空を見上げ、カメラがあることを意識して、腹の底から叫んだ。


「お前ら……!」


 声が震える。


 恐怖ではない。


 怒りで震えているのだ。


「よく聞け、クソ虫ども!」


 精一杯の睨みを聞かせて叫ぶ。


「姉貴に何かしたら……、指一本でも触れたら……」


 喉が張り裂けそうになる。


 怒りで血管が切れそうだ。


「家族や親戚、その他纏めて全員〇す!地獄の果てまで追いかけて、必ず無残にぶっ〇してやるからな!覚えとけぇぇぇ!!!」


 精一杯の虚勢。


 だが、そこには正真正銘の本音が籠められている。


 これは演技ではない。


 魂の叫びだ。


「うぉぉぉ!!!」


 僕は叫びながら、近くの大木に向かって鬼竜一号を振り抜いた。


「斬撃!」


 スキルを発動させる。


 ドゴォォォン!


 硬い音が響き渡り、大木の幹が大きく抉れた。


 木片が飛び散り、僕の頬を掠める。


 ハァハァと肩で息をする。


 手のひらがジンジンと痺れている。


 あいつらの興味は僕に集中させなくてはならない。


 狂った弟。


 殺害予告をする異常者。


 そう思われてもらわなくては困るのだ。


 姉ちゃんに危害を加えたら、地獄の底まで追い詰める。


 奴らに安全な場所など存在しないことを、その腐った魂に刻み込む必要があるのだ。


 姉ちゃんに危害が及ぶくらいなら、僕は喜んで世界の敵になってやる。


 僕は抉れた木を見つめ、乱れた呼吸を整えた。


 行こう、街へ。


 次の街で、僕はさらなる悪名を轟かせ、最強のヒールとして君臨してやる。


 僕は鬼竜一号を肩に担ぎ直し、北の方角を睨みつけた。


 その目にはもう、昨日のような迷いはなかった。


 僕はゆっくりと息を吐き出し、街を目指し歩き出した。


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