第一話「神である私の渾身の傑作MMORPG、神々の遊戯へようこそ!」
いつものようにテレビゲームに没頭する僕は、唐突な浮遊感を感じた。
気付いた時には、僕は白一色の空間に立っていた。
視界の端から端まで何もない純白の世界。
そこには僕の知っている制服を着た男女が集められていた。
ざっと数えて五十人以上はいるだろう。
おそらく全員が僕と同学年程度だろう。
顔を知っている奴も多く、僕はとっさに顔を伏せた。
伸び切った前髪が視界を遮り外界との壁を作ってくれることに安堵する。
僕、黒木竜也は引きこもりだ。
高校も一年通っただけですでに二年近く引きこもっている。
一七〇センチほどの痩せた体は毎日の不摂生の証だ。
半年以上散髪に行けていないボサボサの黒髪は、鼻の辺りまで伸びて顔の半分を隠している。
肌は日光を浴びていないため病的に白く、目の下には常に濃い隈がへばりついていた。
着古したグレーのジャージが僕の唯一の防具だった。
周囲がざわめき始める。
「ここどこだ?」
「マジで何?」
「スマホ圏外なんだけど」
そんな声が響く中、頭上からファンファーレのような音が降り注いだ。
『おめでとう諸君!君たちは選ばれた!』
姿は見えないが、妙にハイテンションな声が空間全体に響き渡る。
『神である私の渾身の傑作MMORPG、神々の遊戯へようこそ!』
神と名乗る声は、ここが異世界であり、ゲームの世界であることを告げた。
ランキング一位には素晴らしい賞品を与えると。
そして、この様子は地球全土に無料中継されるという。
コンプライアンス順守のため、トイレとお風呂だけは神フラッシュという謎の光で隠されるらしい。
ふざけた話だ。
僕は自室でレトロゲームをしていたはずなのに。
誰とも関わりたくないから引きこもっていたのに。
こんな大勢の中に放り出されるなんて、拷問以外の何物でもなかった。
『ではそろそろだな。ゲームスタート!諸君の健闘を祈る!』
その言葉と共に、足元の床が抜け落ちるような感覚に襲われ悲鳴をあげる。
白い景色が歪み、視界が暗転する。
次に目を開けたとき、僕は鬱蒼とした草木が生える森の中にいた。
湿った土の匂いとどこかからか聞こえる鳥の鳴き声。
肌にまとわりつくような生ぬるい風。
すべてが現実的な感覚を伴って僕を襲う。
「嘘、だろ……」
震える声が出た。
周りには誰もいない。
どうやらランダムに転移させられたようだ。
僕は慌てて神とやらが言っていた言葉を思い出す。
「ス、ステータス!」
そう唱えると、空中に半透明の画面が浮かび上がった。
――――――
名前:黒木竜也
天賦:遊戯を極めし者
スキル:ログアウト・Lv1
――――――
これだけだった。
他の能力値らしきものは見当たらない。
天賦の説明をタップしてみる。
『遊戯を極めし者:ゲームに関する適性が著しく向上する』
曖昧な説明だ。
確かに僕は部屋にファミコンから最新機種まで山積みにするほどのゲーマーだが、オンラインゲームは専門外だ。
次にスキルの説明を見る。
『ログアウト・Lv1:毎日10分間、元の世界に帰還する』
心臓が跳ねた。
「帰れるのか?」
僕は迷わずそのスキルを選択し、発動と念じた。
景色が一瞬で反転する。
薄暗い照明。
鼻を突くのは、カップ麺の残り汁と湿った布団が混じったような、むっとする生活臭。
壁一面には積み上げられたゲームソフトの山。
「あ、あぁ……」
戻ってきた。
僕の城だ。
さっきまでの出来事は夢だったのかもしれない……、そう思って安堵のため息をつきかけた時、視界の端に浮かぶ半透明のタイマーが目に入った。
『残り時間 09:45』
数字が残酷な早さで減っていく。
どうやら夢ではなかったようだ。
この場に留まれるのは一〇分間だけだ。
僕は悲鳴を上げながらPCの電源を入れた。
中古で購入した安いPCがいつもの起動画面を表示するが、立ち上がるまでの時間が永遠に感じられる。
焦りで手汗が滲み、マウスを握る手が滑る。
ようやく立ち上がったブラウザでニュースサイトを開く。
トップページには、禍々しい赤字の見出しが踊っていた。
『都立高校の三年生、七六名が集団消失』
『神のゲームと名乗る謎の配信が全世界ジャック』
本当だった。
あそこで起きたことはすべてが現実だったのだ。
震える指で、リンクの一つをクリックする。
『神々の遊戯・公式ランキング掲示板』
そこには、あの白い空間にいたと思われるクラスメイトたちの名前がずらりと並んでいた。
ポイントらしき数字は、ほとんどが0だ。
ただ何人か、僕でも知っているカースト上位の連中はすでに数ポイントを獲得し、ランキングの上位に名を連ねている。
僕はスクロールバーを一気に下まで動かした。
あった。
No.76 黒木竜也。
ポイントは1。
取得履歴もあり、ステータス画面を開いただけでポイントが入ったらしい。
その時だ。
画面中央に『ランキング更新』という赤い文字が点滅した。
リストが自動で書き換わる。
そして、最下部に新たな名前が表示された。
No.12 佐藤健二。
名前の横には、どす黒い赤文字で【ゲームオーバー】と記されている。
佐藤健二。
クラスでも目立つグループにいた男子だ。
日焼けした肌に短く刈り込んだ茶髪。
サッカー部のエースでいつも教室の中心で大声で笑っていた男。
その名前の横にリンクが追加されていた。
見てはいけないと、本能が告げていた。
だが指が勝手に動いてしまった。
ポップアップで動画ウィンドウが開く。
映し出されたのは森の中だ。
佐藤が走っている。
自慢の足で必死に何かから逃げている。
その背後には巨大な影が迫っていた。
緑色の皮膚に隆起した筋肉。
丸太のような太い腕を持ち、背丈は三メートルはありそうな人型の怪物。
ファンタジーで良く見る風貌はオーガなのだろう。
佐藤が木の根に足を取られて転倒する。
「うわぁぁ!やめろ!俺はエースだぞ!こんなところで死ねない!」
佐藤の叫び声がPCのスピーカーから鮮明に聞こえてくる。
オーガが追いつく。
太い腕が振り上げられ佐藤の顔を殴りつける。
オーガに逆さ吊りにされた佐藤の顔は大きく腫れていた。
「いやだ!助けてくれ!母ちゃん!」
さっきまでの威勢は消え、子供のような泣き声に変わる。
オーガは下卑た笑い声を上げると、佐藤の頭を……、まるで熟した果実のように嬉しそうに口へと運んだ。
ボキリ。
生々しい音が響く。
ブチブチという咀嚼音が続く。
佐藤の足が痙攣しだらりと力なく垂れ下がった。
「う、ぐ……ッ」
胃の底から熱いものがせり上がってくる。
僕は椅子から転げ落ち、床に四つん這いになった。
「オ゛ェッ……、ガハッ……」
堪えきれず汚物を床に撒き散らす。
酸っぱい臭いが部屋に充満する。
喉が焼け付くように痛い。
涙で視界が歪む。
怖い。
死ぬ。
僕もあんな風に、訳も分からず食われて死ぬんだ。
嫌だ。
死にたくない。
部屋の隅に逃げようと這いずった瞬間、視界のタイマーが0になった。
『ログアウト時間終了』
無機質なアナウンスが脳内に響く。
「ま、待ってくれ!嫌だ!行きたくない!」
僕の叫びが狭い部屋の中で響く。
再びの浮遊感。
そして僕はまた、あの森の中へと戻されていた。
草の上に投げ出された僕は、体を丸めて震えることしかできなかった。
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