第48話・ジュラ……
きゅ〜〜〜〜〜〜…………
ベルノの腹が可愛く鳴いた。考えてみれば、ダンジョンの休憩所で食事をとってからなにも食べていない。空腹を感じるのも当然だろう。
「ふにゃ〜。お腹空いたニャ~」
「マシュマロだすっスよ」
「あ、まって。いいものがあるんだ」
僕は【没落令嬢】の世界から持ち帰った焼き菓子を、マジックバッグから取りだした。
「今までに食べた事のない、超美味いお菓子があったから持ってきたよ」
あの時と同じ轍は踏まない。中身のわからない箱を慌てて持ち帰ったりしないように、今度はあらかじめ保管しておいた食料だ。
「周りがサクサクしていて中はしっとり。一口食べるとアーモンドとバターの風味が口いっぱいに広がってね、それで……」
この”未知の激うま焼き菓子“には、みんなも感動する事間違いないだろう。僕は、一口食べた時の感動をできるだけ伝えようと、頭の中から必至で語彙をかき集めた。
「え~と、ミナミナ? これ、ガレット・デ・ロワだと思うんだけど」
「うん……そうだね」
と、よくわからない名前を口にする葵さんと鈴姫さん。
「ガレット・で……?」
「ガレット・デ・ロワ。たまにローストアーモンドが入っているんだけど、どうだった?」
「……入ってました」
まさか、すでに存在しているお菓子だったとは。
「あ、オレもガレット好物っス!」
「自分も好きですね」
要に颯太まで。もしかして知らないのは僕だけだったの?
……マジで?
「自分、実は高校時代にケーキ屋でバイトしてて」
と、恥ずかしそうに頭をかく颯太。
「え~、徳川くんが?」
「颯太には似合わないわね」
和気あいあいな雰囲気に、一人置いて行かれた気分だ。『未知の激うま』とか言っていた自分が恥ずかしい。
「もう、なんでみんな知ってんだよ」
そんな僕の”ばつの悪さ“なんて気にする事なく、口いっぱいにガレット・なんとかを頬張るベルノ。僕の膝をよじ登り、ちょこんと座ってキラキラとしたまなざしを向けてきた。
そのものすごく幸せそうな表情は、見ているこちらも笑顔になってしまう。……なんかもう、それだけで救われた気分だった。
「ところで、ベルノの世界について、なにかわかった?」
僕の手元には、【ジュラシック・テイル】と書かれた本がある。しかし、その中身はまっさらの白紙。
これがベルノの世界なのか、それとも可能性の一部なのか、はたまた無関係なのか。さらにはどうやってこの世界に行くのか、なにもかもまったくわからなかった。
「タイトルから、恐竜がでてくると思われる本は四冊に絞れたんだけど」
颯太は、机の上にあった本を手に取ると、一冊ずつタイトルがわかるように並べた。
「思われる、か。そうするとやっぱり?」
「うん、白紙だった」
これで中身のない本が五冊。タイトルだけが書かれた、真っ白な装丁の本だ。……あやしいなんてもんじゃない。
「この【ジュラシック・パンク】は、もともと映画だよね?」
「——それ観たよ?」
僕のひと言に反応したのは、意外にも葵さんだった。
「遺伝子操作で現代によみがえった恐竜たちが暴走して、テーマパーク内をガンガン破壊しまくるの」
主人公は売れないパンクロッカーだが、魂のシャウトで恐竜たちを鎮め、暴れる恐竜にはヘッドバンギングをブチかます、現代ファンタジー物語だそうだ。
「あまりよく覚えてないけど、少なくともベルノはでてなかった。もちろんネネって人も」
他には、【ジュラサン】【君はジュラノサウルス】【ジュラ紀ダイナ荘の日常】とある。僕はその三冊に【ジュラシック・テイル】を並べて置いた。
「そうすると、【ジュラシック・パンク】をのぞいたこの四冊が有力候補か」
「あとはどうやってその世界に行くかだけど……」
「あ、話の途中でゴメン。そろそろ行かないとマズそう」
催促するコマを見ながら、颯太は食べかけのガレット・デ・ロワを口の中に押し込んだ。
「ちょっと待って。さっきの冒険で紫のポーションを半分使ったから、残りの量を確認しといて」
「うん、わかった」
「ちなみに、猛毒でも2~3滴で大丈夫そうだったから、飲み過ぎない方がいいと思う」
間違っても、『口いっぱいに含むと大変な事になるから!』などとは言えない。
「あれ、使ったっけ?」
と、首をかしげる葵さん。
……使いましたよ。ええ、使いましたとも。どこでとか、どうやってとかはとても言えませんが。
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(注)ガレット・デ・ロワ 水音が知らないだけで有名なお菓子。
パイ生地の中にアーモンドクリームが入っていてサクサク甘くて美味い。中には「フェーブ」と呼ばれる小さな人形がひとつ入っていて、それがでてきた人は王冠をかぶり、その日一日王様や女王様として祝福を受けるという、イベント要素がある。元々はキリスト教の祝日を祝う為のお菓子。
日本ではアーモンドの粒をひとつ入れて、人形の代わりにしている場合が多い。衛生面と、食べ物の中には食べ物を入れるという日本人的配慮が垣間見える。(やり始めたのが日本かどうかは不明だが)
※作中では、”あえて“異世界でもアーモンドを入れている設定にしています。




