第47話・開かれた文字
「ん~……。つまり、本来のルートから外れた行動をとると、それ以降の内容が変わってしまうって事だよね?」
颯太は要から本を受け取り、同じようにパラパラとめくった。
「そう。だから本の通りに勧めれば、安全にミッションクリアができるはずなんだ」
「そうは言っても、ねえ……」
颯太の言う通り、『そうは言っても』だ。内容がわかっていれば安全だとしても、ここにある全ての本を記憶するなんてまず無理だろう。
「ひとつわからないのがさ、【没落令嬢】は本の通りに進めたのに、1000万の負債が1億になったんだよね。これっておかしくない?」
「あの……水瀬くん?」
なぜかキョトンとする颯太。鈴姫さんや要もだ。僕、またなにか言ったかな?
「えっと、なに?」
「それなら、水瀬くんが男の娘になった時点で、180度逆行ってない?」
「あ……」
「最初の物語は、男装したお嬢様なんでしょ?」
……返す言葉がなかった。
最初の一手目で大間違いを犯していたのか。僕が男の娘令嬢になった時点で、すでに小説とは違う流れになっていた、と。
「じゃあ、あの苦労の原因を作ったのは……」
視線を合わせようとしない葵さん。彼女は窓の外を見ながら、ぎこちなくフーフーと音のでない口笛を吹いていた。
「もう、葵さんってば……」
でもまあ、責めても仕方がない。無事に戻れたのだから、それでヨシとしておこう。なにより、口移しもリバースも本人にバレていないのだから、余計な事は言わない方がよさそうだ。
「ねえ、ちょっとこれ見て」
鈴姫さんは黒い本を開いて、みんなの目の前に置いた。
この部屋に閉じ込められ、なにか脱出の手がかりがないかと探していた時に見つけた黒い本。開いたこのページには、まったく読めない文字がつらなっているだけだった。
しかし今、そこに書かれていたのは……
——あなたの冒険は、その世界を新たに創造するかもしれません。
——ᛗᛟᛋᛁᛁᛋᛖᚴᚪᛁᛞᛖᛋᛁᚾᛞᚪᛒᚪᚪᛁ, ᛏᚪᛗᚪᛋᛁᛁᚺᚪᛋᛟᚾᛟᛋᛖᚴᚪᛁᚾᛁᚾᛟᚴᛟᚱᛁ, ᚴᚪᚱᚪᛞᚪᚺᚪᚵᛖᚾᛋᛖᛁᚾᛁᛗᛟᛞᛟᚱᚢ
僕らは目を見張った。なぜか一部だけ、読めるように文字が開かれていたからだ。
「このページって、全部読めない文字だったよね?」
「ええ、間違いないわ。それと……」
腕を組みながら、口に手を当てる鈴姫さん。余計な情報が入らないように目を伏せながら推理をするその姿は、まるで、映画で観る探偵のようだった。
「このスゴロクも黒い本も、私たちの行動のあとに変化が起きていると思うの」
つまり、なにかを仕掛けてきたと言うよりは、僕らの行動に対する反応みたいなものって事か。『なぜこのタイミングで読めるようになったのか?』と思いもしたけど、それなら説明がつく。
「僕が物語改変の話をしたから、つまり、スゴロクの仕様が判明したから、文字が開いたって事?」
「もしかしたら……他の説明文も、最初は読めない文字だった可能性はないかしら?」
「と、言うと?」
「過去にも同じように、この異世界スゴロクに囚われた人がいるんじゃないかな?」
――そうか。僕らが最初から読めた文言は、過去に誰かが開いた可能性があるのか。そしてずっと判明していない要素が、謎の文字のままだと。
突拍子も無い話だけど、僕個人としては、鈴姫さんの推理がストンと腑に落ちた。どこにも矛盾がないからだ。……しかしそれは同時に、今までもこんなゲームが秘密裏に行われていたって事になる。
「でも、それならいい話じゃないッスか?」
「えっ……要?」
……なぜそうなるのだろう?
見た目はチャラチャラしている要だけど、颯太の骨折や葵さんの件でもわかるように、親身になって人に接する事ができる、人情に厚い人間だ。
だから、こんなデスゲームもどきを前にして、『いい話』と言い切った彼の真意が全くわからなかった。
「えっと、鈴姫ちんと水音っちの考察が当たっているなら、過去の人はこの部屋から脱出できたって事っスよね?」
要は黒い本のページをめくり、トントンと指し示した。この部屋に閉じ込められてから、最初に読んだルールの部分だ。
——プレイヤーは、マスに書かれた効果とアイテムを持って、異世界に転移します。どこに行くかはルーレット次第!
――ゴールにたどり着けば部屋の扉が開放されます。
——転移先で与えられるミッションをクリアすれば帰還できます。
——手に入れた魔法や武器、アイテムは持ち帰ることができます。
――転移者には、身体/魔法能力に補正がかかります。
「そうか、この二番目だ!」
「そう、それっス」
「過去の誰かがこの部屋から脱出したから、『扉が解放されます』って明記されている、と」
これは『希望が見えてきた』と言うべきなのだろう。この部屋からでられる。方法はまだわからないけど、確実に答えがあるとわかったのだから。
「こんなの、よく気がついたわね……」
葵さんのひと言に、ニコリと笑ってサムズアップで答える要。
「ただのうぇいバカだと思っていたけど、役に立つうぇいバカだったのね」
「葵ちん、二度目の辛辣っス……」
この一件で、なんとなくだけど、みんなの表情が明るくなった気がする。気持ちも少し軽くなった。
まだまだ謎が多いけど、なんかうまくやれそうな気がしてきた。




