第46話・改変
「え……水瀬くん……なにやってたの?」
と、最初に戸惑いの声を上げたのは颯太だった。
僕はというと、頭からびしょ濡れの状態で、裸の葵さんとベルノを抱きかかえていた。そんな状態で廃墟部屋の真ん中に転移してきたのだから、彼が驚くのも仕方がないと思う。
……そして僕はパニックだ。
「まってまって、違うから! そうじゃなくて! これは、えっと、その……」
おまけに二人を覆っている布には、〔ハッピースリーピーのハグ&チェキ 3000G〕と書かれていた。この文言も、今は状況説明を困難にする要素でしかない。
「ハグ&チェキって、葵ちゃん……」
「水音っち、な〜にやってんスか〜」
鈴姫さんも要もジト目だ。ハッピースリーピーの名前は、自己紹介の時に葵さんが口にしたハンドルネーム。だからそこに書かれている文言には、嫌でも反応してしまう。
「え、いや……あの、違くて……」
そして運の悪い事に〔女性100名限定!〕の部分だけ、温泉に浸かってしまい、文字がにじんで読めなくなっている。
おかげで頭の中は、言い訳の単語で大渋滞。パニックに拍車がかかるどころか、急降下中のジェットコースターのごとく手に負えない。
「あ、葵さん、と、と、と、とりあえず服を……」
布の隙間から、チラチラと白い肌が見えるたびに心臓が跳ねる。僕は慌てて目を伏せて、煌びやかな舞台衣装と、乾いたタオルを二人に渡した。
「ベルノも、ちゃんと拭いて」
「はいですニャ!」
こんな時でも、元気にビシッと手を上げる猫耳幼女。彼女の天真爛漫さがうらやましい。
ちなみに、二人の服とタオルは、僕らと一緒に転移してきた。と言うか実はこれ、ナロー執事長が転移寸前に投げ込んでくれたものだった。
……まるで、僕らがあのタイミングで消えるのがわかっていたかのように。
彼は、【バイキング・オブ・カリビアン】の糸目のカシラに間違いないだろう。
『中継機のないインキャなんて、圏外のスマホと同じやで』
今にして思えば、違和感を覚えた“あの時のひと言”で気づくべきだった。スマホが存在しない異世界の人間が、なぜそんな例えを言えるのか、と。
さらには、僕が紫のポーションを持っている事まで知っていた。【没落令嬢】の世界では、上級ポーションを持っているなんて、ひと言も話していなかったのに。
――間違いなく、彼はなにかを知っている。
いや、それどころか、このゲームを仕掛けた犯人である可能性もあると思う。
もっと早くに気がついていれば、問い詰める事くらいできたかもしれない。そう思うと無性に悔しい。……とは言え、次に会った時にどう対処すればよいのだろうか。
「ね、水音くんも、身体を拭いた方がいいよ」
と、優しい言葉をかけてくれたのは鈴姫さんだった。混乱している頭の中に、この優しさが染みてくる。まるで、排気ガスだらけの街中に、高原の清涼な風が吹き込んだかのようだ。
しかし……
「でも、その恰好のまま抱き合っていたいのなら止めないけど」
「……鈴姫さんも意外とキツイなあ」
ぼやきつつ身体を拭き始めて気がついたけど、なぜか僕は元の服に戻っていた。もちろん髪形もだ。あの格好をみんなに見られなくてよかったけど、なんだかよくわからない仕様だ。
「えっと、葵さんがバッグに詰め込んだ本の中に、偶然転移先の話があったんだけどさ」
僕はマジックバッグから本を取りだし、みんなの目の前に置いた。とりあえずでも最初から話をしなければ、収拾がつかないと思ったからだ。
「令嬢ものっスね」
パラパラとページをめくる要を横目に、僕は転移してからの事を全て話した。令嬢と執事の役割を与えられた事。フラグ乱立とその回避、巨額の負債を返す為のダンジョン配信、そして温泉。
「でも、ひどいんだよ。この本には1000万の負債って書いてあったのに、いつの間にか1億になってたんだ」
「でも水音っち、本には1億って書いてあるっスよ?」
「うん……えっと、信じられないと思うけど。実は、異世界での行動が、本の内容を変えてしまうらしくて。ただ、それを認識できるのがなぜか僕だけなんだ」
当然だけど、みんな半信半疑だった。誰一人、改変前の記憶がないのだから、証拠は存在しないのと同じだ。
「ごめん、黙ってて。話しても理解されないと思ってさ……」
「じゃあ、この【没落令嬢のダンジョン生配信】も別の話だったっスか?」
僕は黙ったままうなずき、【没落令嬢】の本来のストーリーをみんなに話し始めた。




