第38話・【没落令嬢のダンジョン生配信 その8】
三階層に降りて少し歩くと、左右にわかれる分岐があった。
「タマキ……失礼、アナキンは右ですわ」
とイノリさん。普通なら彼らがどちらに進んだか迷うところだけど、今回その心配はなかった。アナキンのチャンネルでライブ配信がされているからだ。
分岐地点の岩壁には、アナキンが打ち込んだリレーピックがあった。これがなければ配信ができなくなるから、彼らにとっても大事なシステムのはず。
にも関わらず、あまりに雑だ。適当なヒビ割れに差し込んであるだけで、すぐにも抜け落ちそうな状態だった。
「まったくもう……」
「待って。うちのを使います」
僕が新たにリレーピックを打ち込もうとしたら、微笑みの暴風団のスティーブ団長に止められた。
「あ、なにかまずかったです?」
「いや全然そんな事はないですよ。うちは業務として請け負っているから、大量に持ってきているのですよ」
だから、別行動になった時の為に温存して置いて欲しい、と。彼は、バックパックからリレーピックを数歩取りだすと、分岐地点の三か所に打ち込んだ。
「分岐は中継地点の要になるから、故障があっても問題ないように数本打ち込むんです」
微笑みの暴風団と雷光の一撃は、冒険者ギルドからダンジョンマッピングとリレーピックのエリア拡大の依頼を受けて動いている。
だから、こう言った作業を抜かりなく行う知識と技術は半端ない。
「では、私たちは予定通り左ルートに行きます」
それだけ言い残すと、雷光の一撃はさっさと左の通路に入って行った。そんな訳で僕らは、微笑みの暴風団と行動を共にする事になった。総勢11名の大所帯だ。
しばらくは何事もなく進んだが、不意にツンと鼻を突く悪臭を感じて、全員の足がパタリと止まった。
――血と獣の臭い。
壁や天井に飛び散った血痕は、ぽたり……ぽたり……としたたり落ち、足元には、生々しい獣型モンスターやスライムの死体が散乱していた。
「なんか……グロいね」
「うん、これはちょっと……」
【バイキング・オブ・カリビアン】の世界でも、人間や動物が死ぬところを何回も見ている。だけどこれは、そう簡単に慣れるような光景じゃない。
少なくとも、僕や葵さんにとっては日常風景ではないのだから。
僕が思った事を、彼女も直感的に感じとったのだろう、眉間にシワを寄せて目をそらせていた。
「あちらのローグウルフの肉は食用になります。それとレッサークロコダイルの肉も一部の好事家に人気ですわ。唐揚げがおいしいと聞きます。持ち帰りますか?」
「あ~いや、今は先を急いだほうがいいと思う」
アナキンは僕らが後方にいるのがわかっているから、素材採集をしないで先に進んだのだろう。先にボス部屋にたどり着きたいのはわかるけど、そういう焦りは禁物だと注意事項にあったはず。
……ま、読んでないだろうな。
「そうですか、残念です、非常に。このうっとりしてしまう鮮やかなピンク色、内臓がこんなに状態がよいまま残っているのに。皮も防寒具になりますし。そうそう、皮をはぐ時のズリズリズリって感触はなにものにも代えがたいものがあるのですわ。一度やれば病みつき間違いなしなのですから、お嬢様に一度経験してもらえばわかっていただけるかしら? あ、骨をパキッといくのもオススメですね。プチプチを潰す時のような快感が一度に押し寄せる感覚がストレス解消にもよくて……」
「怖い怖い怖い! イノリさんやめて。顔が恍惚ってるってば!」
……もう、みんな引いてますって。微笑みの暴風団から、笑みが消えてるじゃないか。
「と、とりあえず、進みましょうか」
「……あの、ミナミお嬢様。なぜアナキンにこだわるのですか?」
「あ、それ、自分も聞きたかったっす。追いかける意味あるのかなぁ、と」
現状を考えると、ショーンとコネリーがこの疑問をぶつけてくるのは当然だった。微笑みの暴風団の人たちも気になっていたのだろう。興味がないフリをしながら、耳を傾けているのがよくわかる。
目的は、アナキンの四人を死亡フラグから助けだす事。これはこの世界における、ミッションクリア条件のひとつだ。
しかし、それをわかっているのは、僕と葵さんだけ。ここにいる仲間たちは知る由もない。ましてや、『スゴロクでこの世界に来ました』なんて言えるはずもなかった。
だから、まあ、前回と同じく……
「僕……わたくしには未来を予知する力があるのですわ! その予知能力がアナキンの全滅を見せてきたのです」
「ええ! そんなちからがおじょうさまにぃぃぃ!?」
……葵さん、セリフ棒読みですよ。
「それがわたくしの力なのです。このお嬢様ドリルは伊達ではありませんのよ! おほほほほ……」
「そやったんか……」
「まさか、そんな……」
これには、ナロー執事長もイノリさんも言葉を失い、ショーンに至ってはキラキラとした羨望の眼差しでこちらを見ていた。
「お、俺は、お嬢様のドリル様に助けられたのですね……」
……は? ドリル……様?
「ドリル様、すげ〜っす」
「いや、ドリルはその……」
「たまらんわ〜。ドリル様がそないな事になっていたなんて知らんかったわ」
「もはやドリル様がミナミお嬢様本体と言ってもよろしいかと」
……もう、ドリル様の力でいいです。とりあえず拝むのやめてもらえません?
――チャリンチャリン!
「あ、ドリル様に投げ銭が来ましたわ」
配信画面を見ると〔ドリル様最強!〕とか、〔ダンジョンドリラー・ミナミ様〕とかのコメントで溢れていた。
「投げ銭ありがとうございます。ドリル様に代わってお礼を……」
ドリルに投げ銭とか、もう、わけわからないって。苦笑する者、呆れて笑う者、『チョロいですわ』とほくそ笑んでいる者とさまざまだ。しかしその時――。
「静かに!」
ほわんとした和やかな空気をぶち破るように、ナロー執事長の声が響く。尋常ではない声と表情が、その場にいる全員に緊張を走らせた。
「耳澄ませてみぃ。戦いの音や」
うながされるまま目をつむり耳を澄ますと、通路の少し先の方から剣戟の音に混ざって怒鳴り声が聞こえてきた。明らかにアナキンのものだ。
「イノリさん、なにが起こってるの?」
「すみません、ミナミお嬢様。彼らの配信映像が切れていて確認できません。リレーピックが繋がっていないようですわ」
途切れている!? リレーピックの持ち合わせがなくなったのだろうか。
「あかんやろ。中継機のないインキャなんて、圏外のスマホと同じやで」
ナロー執事長の言う通りだ。みんながいる廃墟だって、電波が届かなくて助けを呼べないのだし……って、あれ? なんだろう、この違和感は。
「どないしたんや、お嬢」
「いや、なんでもない。急ごう、彼らを助けるんだ」
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