「逃げ場はないのか?」
「もうすぐだ」マイク・ベンコが言った。ジェナ・グレイはシートから頭を上げ、ぼんやりと窓の外に広がる無人の街並みを眺めた。彼らの車はノースジャージーのギャレット山に沿って走る高架道路を進んでおり、遥か彼方の東の地平線に、アパラチア山脈が淡い影となって横たわっていた。
パターソン市は、ルート80の下にひっそりと横たわっていた。人影もゾンビの姿もなく、街は静まり返っていた。9月下旬の冷え冷えとした空に朝日が昇るにつれ、工業都市は黒く、まるで息をひそめているかのように見えた。
その夜は、紛争が始まってから十日目にあたる日だった。ジェナ・グレイが自宅から避難してから、ちょうど十日目の夜。
「もし俺が死んだら、ぐずぐずするな」マイク・ベンコは言った。「西へ、行ける限り遠くまで行け」
もし、俺が死んだら…
「力が必要?」ジェナ・グレイは、包帯を巻いた腕を露わにして尋ねた。マイク・ベンコは苦々しく頷いた。湧き上がる殺意を制御しようと、奥歯を噛みしめる。完全に抑え込むことなど、決してできない衝動。こんなことが、いつまでも続くはずがない。
彼女はポケットからナイフを取り出し、その刃をまだ柔らかい皮膚に当てた。慎重に小さな動脈を切り開くと、腕を差し出した。
滴る血が、マイク・ベンコの視線を捉えた。それは内臓をえぐり取るような激しい欲望を掻き立てる。苦痛に腹が引き裂かれそうになり、彼は彼女を貪り喰らいたいという衝動に駆られた。
彼は彼女の肩と手首を押さえつけ、その青白く、血で赤く染まった肌に口を寄せ、血を飲み込んだ。
「やめて…めまいがする」ジェナ・グレイはかすれた声で呟いた。
荒い息を吐きながら、マイク・ベンコはゆっくりと口を離した。その視線は、血の滲んだ傷口に釘付けだった。彼女が腕を引こうとすると、マイクはさらに強く掴んだ。恐怖に満ちたジェナの目が彼の視線と絡み合う。きつく握りしめられた手首から、再び血が流れ出た。
「離して、マイク・ベンコ」
彼が手を放すと、彼女は力なく腕を抱え込んだ。マイクが再び椅子に深く沈み込むのを、ジェナは横目でちらりと見ながら、傷口にガーゼを巻きつけた。
マイク・ベンコは車のエンジンをかけ、ルート80を東へ、ハッケンサックへと向かった。心の中では、ジェナ・グレイが二度とこんな苦痛を味わわずに済むようにと切に願っていた。彼女の血は彼を強くするが、彼女の静かな痛みと恐怖は、肉を求める欲求では決して満たされない方法で彼の心を苛んだ。
このままでは、いられない。
ルート80をさらに進んだハッケンサックの裁判所の階段から、デリング大統領は街の防衛状況を視察していた。彼の隣には、青白い顔をしたやせ細った副大統領のエフィングが立っており、ハッケンサックへと続く橋には、司令官や将軍たちが陣取っていた。
45口径のマグナムを大切に抱えながら、エフィングが言った。「もう時間だ」「ゾンビどもを差し向けろ!」
「ラッセル、私にはできない」デリングは呟いた。「ここに、いることはできない」
「ならば行け」エフィングは簡潔に答えた。
ハッケンサック川の石だらけの対岸から放たれたロケット弾の赤い閃光が夜明けの空を切り裂き、裁判所の前の広場に火の爆発を起こした。米陸軍の将校たちが部隊を指揮するため、一斉に前線へと駆け出した。
「私はここを離れられない」エフィングは固く言った。「いいか、大統領。戦いが始まるんだ」デリングは静かに向きを変え、立ち去ろうとした。エフィングは横目で彼を睨んだ後、拳銃を手に彼の後を追った。
最終決戦が、足元で始まった。対岸には、弓を構えたり、ライフルを伏せていたりするゾンビがずらりと並び、川を越えて激しい銃撃の雨を降らせていた。矢はアスファルトの上を滑り、大きな放物線を描いて飛んでいく。
ゾンビが爆弾を投げ、アメリカ軍が応戦して弾幕を張ると、頭上で爆発が炸裂した。デリングを除く最高位の将校であるライアン将軍は、小隊を率いて川岸へと進み、広場へと向かっていった。
デリングとエフィングが裁判所から出てきて、その大混乱をじっと見つめていた。モルタル弾が舗装道路で爆発し、衛生兵たちが四散する。川の向こうでは、ゾンビと州兵が遠くで銃撃戦を繰り広げていた。
「我々は終わりか?これが最後か?」エフィングはリボルバーを握りしめ、問いかけた。
空中で砲弾が炸裂し、デリングは身をすくめ、降り注ぐ破片を避けようと柱の下に飛び込んだ。「ラッセル、ここは危険すぎる!早く!」
「私はこの国を見捨てない!」エフィングは吠えた。
「甲板を切り替えろ!」ライアンが広場から叫んだ。別の爆弾が彼の脚を吹き飛ばし、彼は道路に動けずに倒れた。衛生兵が将軍のもとへ駆け寄ると、デリングは額に手のひらを当てた。
「私は行く」デリングは宣言した。「私は辞任する」
エフィングは静かに銃を撫で、橋に近づくゾンビから目を離さずに囁いた。「ジョン、逃げ場などない。だが、行け。私は残る」
デリングは、大統領として最後に自国を振り返り、裁判所の柱の陰に姿を消した。エフィングは一人、取り残された。今や大統領となったエフィングは、閣僚を探すため建物の中へ戻っていった。
ロビーでは、役人たちが脱出計画や軍事文書をひっくり返して探していた。エフィングは彼らを通り過ぎ、隣接する部屋へと向かった。そこには、大統領閣僚の最後の一人であるアンナ・デュポンと、スティーブ・マーケットが待っていた。
二人は並んで立っていた。デュポンは怯えている様子で、マーケットはデリングと同じように今にも壊れそうに見えた。
「核のコードだ」エフィングが言った。「6、1、1、9、4、4、1、2、7、1、9、4、8、1、7、2、6、6。もう一度言う。書き取れ」
マーケットは震える手でその数字の羅列を書き留めた。
エフィングはアンナに告げた。「デュポン長官、あなたは解任だ」。彼女が当惑していると、彼は続けた。「この街を出ろ。すぐにだ。我々は20マイル以内をすべて破壊する」
デュポンは思わず敬礼し、「ありがとうございます、副大統領」と答えた。安堵の表情が彼女の青白い顔を照らした。
「デリングは辞任した。今は大統領だ」
彼女は硬い表情のエフィングと動揺したマーケットを抱きしめ、「ご一緒できて光栄でした」と言い残して去っていった。
「さて、スティーブ」エフィングは始めた。「行動しよう」
マーケットはごくりと唾を飲み込み、続けた。「悪い知らせがあります」
「なんだ?」
「今日、報告を受けました」マーケットは言った。「ラッセル、東京はもうありません。ヴァリアントCの手に落ちました。サンフランシスコ、ロサンゼルス、シカゴ、そしてワシントンD.C.でもゾンビ細胞が活性化しています。たとえ戻ろうとしても、もう故郷はないのです」
「全てが?」エフィングは静かに地面を見つめながら尋ねた。「全てが、なくなったのか?」
マーケットは険しい顔で言った。「最後の砦はグレート・プレーンズです。シンシナティ、ニューオーリンズ、デンバー、アトランタ…アメリカの主要都市は全てヴァリアントCに侵されています。逃げ道はありません。私たちはここで、最後まで戦うのです」
エフィングは深く考え込むように目を閉じた。彼らは四方八方をゾンビに囲まれている。
「コードを準備しろ」彼は促した。「サウスダコタ州知事と回線を繋げ。ヴァリアントCに侵されたアメリカの全ての都市を、塵に変えたい」
マーケットは書類と電話を手に取った。
エフィングは頭を揺らしながら付け加えた。「ローマ、ロンドン、パリ、北京、東京、ニューデリー、ヨハネスブルグ、カイロ、バグダッド…世界のために、ミサイルを発射しろ」
最後の戦いが始まった。トビー・コリンズは武装したヴァリアントCの部隊を率い、ハッケンサック橋を襲撃した。彼らは弾丸に囲まれていたが、アメリカ軍の抵抗は崩壊した。
「市街へ!」トビーは叫んだ。彼の将軍たち、ソーペン、フォン・ドルネン、そしてファーザー・ロブソンは、彼に続いて敵陣を突破し、歓声を上げた。
「人間を見つけ次第、皆殺しにしろ!」ロブソンが命じた。ヴァリアントCの流れはハッケンサックの街路にあふれ出し、時折、激しい機関銃の火に阻まれた。トビーはボディガードたちを集め、工業地帯の煙が立ち込める川岸を横切っていった。
彼の時が来た。裁判所が眼前にそびえ立っていた。
マイク・ベンコとジェナ・グレイがハッケンサックの端に到着した時、すでに戦闘の喧騒が響き渡っていた。VIPたちが乗るサターンはルート80のオフランプ近くで停車し、黒い車に乗り換えられて東へと急いでいた。
西には、オフィス、診療所、病院が点在する丘が広がっていた。ルート80は東へと続き、ハッケンサック川を渡って急峻で湿地の多いオーバーピーク地域へと伸びていた。北東には打ち捨てられたティーネック兵器庫があった。ハッケンサックのダウンタウンでは、中層のオフィスビルやアパート、学校に挟まれて、裁判所が北にそびえ立っていた。
裁判所の前では、ロケット弾が空を走り、煙が立ち昇っていた。車から降りたマイク・ベンコとジェナ・グレイは街を見渡した。銃声とゾンビの甲冑の音が空気を満たしていた。
「私たちは、どうすればいいの?」ジェナ・グレイは不安げに身じろぎ、包帯から血がにじみ出ていた。
マイク・ベンコは赤い線に視線を向け、彼女に近づいた。彼女は後ずさった。
「マイク・ベンコ、怖い」
彼はナイフを取り出し、歯を食いしばった。「ジェナ・グレイ」と彼は言った。捕食者のような飢えが彼の瞳をきらめかせた。彼は橋の端で、彼女に向かって歩み寄った。
彼はうなり声を上げ、ブレードを振り上げた。ジェナ・グレイは手すりに背中を押し付け、拳を握りしめた。
「やめて、マイク・ベンコ!」
彼が突進してくると、彼女は素早く身をかわし、自身のナイフを抜いた。彼は困惑した表情で、剣を掲げたまま硬直した。彼女はすかさず彼を押し戻し、その胸に大きな切り傷を負わせた。
「近づかないで」彼女は震えるナイフを構えながら警告した。日が沈んでいく。マイク・ベンコは立ち止まり、その茶色い瞳を大きく見開いて彼女を見つめた。
彼は武器を下げて言った。「ジェナ・グレイ」。彼女は出血している傷口を袖で覆った。
彼女は叫んだ。「下がって!」そして車へと引き返した。彼女が車のボンネットに辿り着き、十フィート離れたところで、マイク・ベンコは茫然として手すりにもたれかかった。
「ジェナ、行け」彼は厳しい声で命じた。「西へ向かえ、ペンシルベニア州まで。ここを出て、安全な場所に」
ジェナ・グレイは、つい数分前の彼の襲撃にもかかわらず、ナイフを静かに下げた。「あなたはどうするの?」
「俺が行けば、お前を殺してしまう」彼は答えた。「車で平野部へ向かえ。俺はハッケンサックで戦う。長くは続かないだろうが」
「マイク・ベンコ…」彼女は懇願した。「私には、どうすればいいか分からない」
「頑張ってくれ、ジェナ・グレイ」彼は静かに返した。恐れと悲しみを解き放ちながら。「俺は大丈夫だ」
彼女は運転席に座り、エンジンをかけた。近くで銃声が爆発すると、彼女はアクセルを踏み、車を発進させた。一瞬、彼が手を振ったので、彼女も振り返して応えた。
ジェナ・グレイが西の平野へと消えていくのを見て、マイク・ベンコはかすかに笑った。彼は向きを変え、街を振り返った。世界の終わりを最前列で眺めるために。
トビー・コリンズは、裁判所の花壇に立っていた。装甲部隊が彼を取り囲んでいる。奪われたアメリカの砲が建物を砲撃し、州兵が立てこもるオフィスを破壊していた。
ヴァリアントCがひざまずき、窓に向かって発砲する中、裁判所の内部には絶望とは無縁の空気が漂っていた。エフィングは地下のバンカーで最後の戦いを計画していた。
彼はテーブルに手を叩きつけ、狂気じみた喜びを露わにした。「奴らは、合衆国大統領に勝てると思っているのか」「兵器を始動させろ。コードをセットしろ」
「はい」スティーブ・マーケットは答え、サウスダコタ州に電話をかけた。「すべての標的を確認しました。東部時間07:30にミサイルを発射します」
「確認した」という返答があった。「以上」
上空から爆発と衝撃波の音が響き渡る中、エフィングは背もたれにもたれた。ホロコーストに影響されることなく、彼はバンカーの中で安全に座っていた。
「俺たちが知る世界は、終わりを迎える」彼は安堵したかのように思った。「そして、俺は気分がいい」
モルタル弾が命中し、裁判所は根元から揺れた。エフィングは満足げに見上げた。「この歌が、たまらなく好きだ」