第9話 【知の森、昼下がりの夢】
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ミルは朝が好きだった。
まだ誰も目覚めていない時間帯、静かな森の奥に一人座って本を開く。
鳥のさえずり、朝露の匂い、そして自分の手で綴ったノートのページをめくる音。
それらが混ざり合って、まるで世界そのものが、
「おはよう」と言ってくれている気がした。
「よーし、今日は“精霊循環の法則”をまとめようかな……。あ、でも昨日の星座の位置関係もまだだったし……」
自作の研究ノートを開いたミルは、悩ましげに首を傾げる。
モフモフの毛が風に揺れ、その耳がぴくぴくと揺れた。
ふわりと、朝の光が差し込む。
アルシェリアの空気は、今日も優しい。
ミル、、賢族のモフモフ少女。
膨大な知識と生来の好奇心を武器に、レオルの村を“知”で支える存在。
だが彼女にとって、本を読むことや知識を記すことは、戦いや支配の手段ではない。
それはただ、“誰かを大切にするための準備”なのだ。
「みんなが安心して暮らせるように、私が知らなきゃいけないこと、たくさんあるから」
そう言って微笑むミルの目は、どこまでも真っ直ぐだった。
◇ ◇ ◇
午前中は、森の中で薬草を採取。
午後は、図書の間で記録整理。
夕方は、リリムの勉強を見る時間、、
「……ミルせんせぇ、むずかしい。
なんで“魔力分岐”って、こんなにややこしいの?」
(なぜ、、リリムは魔力分岐も知らずにあんな強力な魔法をぶっ放せるんだ……?)
「リリムそれはね、魔力って“感情”にも影響されるから、いつも一定じゃないんだよ。
だから、分岐点を理解するには、、」
「うぅ、頭が爆発しそう……セラおねえちゃーん、氷枕ちょうだーい!」
「ああもう、リリム!ちゃんと聞いて!」
わちゃわちゃと騒ぎながらも、リリムが少しずつ文字を読めるようになっているのを見ると、ミルはやっぱり嬉しくなる。
(誰かが、できなかったことを“できるようになる”)
その瞬間が、何より好きだった。
◇ ◇ ◇
夜。
ミルは焚き火のそばで、静かにノートを綴っていた。
レオルがふと近寄り、横に腰を下ろす。
「勉強か?それとも、研究?」
「えへへ、どっちもかな。最近、魔族の記憶継承について面白い仮説を思いついてね」
「魔族の記憶継承?」
「うん。ディアボラが言ってたんだけど魔族って、ときどき“先祖の声が聞こえる”って言うんだよね、、
まぁ、大体が《壊せ》とか《滅しろ》とからしいけど……」
「あははっ!ああ、なんか言ってたな」
「それってきっと、“知識”が単なる情報じゃなく、“感情の記録”として遺されてるからだと思うの。
だからこそ、“思い出”っていう形で、記憶が魂を渡っていくんじゃないかって」
「……それ、いいね!なんかロマンチック」
レオルが微笑む。
「ミルが考えることって、いつも“誰かの生き方”とつながってるんだな!」
「……ふふ。だって、私……みんなが大好きだもん」
その一言に、レオルは少しだけ顔を赤らめて、、
「ミル、ありがとな」と言った。
夜も更け、ミルは星の観測に出かけた。
セラと一緒に作った“星読みの塔”の上で、静かに空を眺める。
今日の星々は、ひときわ澄んで見えた。
「……アルシェリアの星座も、ずいぶん数が増えたなぁ」
自分たちで命名した星の群。
仲間の名前を冠した星々が、空に輝く。
、、セラの星は、やっぱり北極の上にあって。
、、ルーナの星は、一番影の濃いところにあって。
、、ノアの星は、記録紙みたいに広がっていて。
「私の星は……うーん、どうしよう。やっぱり“知恵の実”にしようかな?」
いたずらっぽく笑って、ミルはペンを走らせた。
その記録は、誰に読まれるわけでもない。
けれど、彼女にとっては大切な“希望の物語”。
「いつかね、この星々が全部揃ったら、、
その時は、アルシェリアが“ほんとうに平和になった”ってことなんだと思うの」
小さな声で、星々にそう呟いた。
風が優しく吹き、ページが一枚めくられる。
そこには、こう記されていた。
【“みんなと過ごせる日々が、私の宝物です”】
ミルの知識の記録は続く。
それは、知の少女が紡ぐ、世界で一番あたたかな物語。
続