第8話 【記録者の休日、未来を綴る日】
見て頂きありがとうございます。励みになりますので、良かったらブックマーク、評価、コメントよろしくお願いします。
その朝、ノアは珍しく寝坊した。
鳥のさえずりとともに目を覚ました時、すでに陽は高く、村の空気にはいつもの喧騒が満ちていた。
起き抜けのぼさぼさ髪を手ぐしで直しながら、ノアはふと、窓の外を見た。
、、空が、ちゃんと青い。
それだけで、ほっとする。
「んん〜……今日くらい、記録しなくてもいいかな」
背伸びをして呟いたその声は、少しだけまだ眠たそうだった。
ノアは“記録者”だった。
かつて神々の観測を担い、世界の誕生と死を紙に書き綴ってきた存在。
だが今、彼女は《ひとりの村人》として、アルシェリアにいる。
小さなテーブルに朝食を並べると、外からバンザイが覗き込んだ。
「おーい、ノア!今日こそ“鍋日誌”まとめようぜ!
俺、ページ数ならノアの記録超えてる自信あるぞ!」
「あなたの鍋日誌は“音”で綴るレベルでうるさいから、別冊にするわ」
「おぉい!最高の褒め言葉だなっ!興奮するぜ☆
“爆裂鍋烈伝”ってタイトルでどう?」
「あははっ!ひどいタイトル…それ、出版したらなぜか、村が滅ぶ未来が見えるわ……」
思わず笑ってしまう。
そんな何気ないやり取りさえ、今のノアには心地よかった。
◇ ◇ ◇
昼下がり。
ノアは、森の奥の静かな池にいた。
記録紙と羽ペンを膝に乗せ、足だけ水に浸けながら、空を見上げている。
ここは、彼女が“自分と向き合う場所”だった。
、、私は、何のために記録をしてきたのだろう。
、、ただ、“世界の終わりを伝える”ためだったはず。
でも今、彼女の手は、過去ではなく“これから”を描こうとしていた。
「ふふ……不思議ね」
ぽつりと呟いた声が、水面に弾けた。
「昔の私は、感情を記録に混ぜてはいけないと思ってた。
でも……今なら、少しくらい混ざってもいいって思うの。だってそれが、生きてるってことだもの」
風がそよぐ。
ノアの記録紙が、優しく揺れた。
その時、、
「ノアぁぁぁぁーーっ!」
リリムの声が遠くから響く。
「おかしなキノコ見つけたよー!食べていいか判断してー!」
「えっ?!ダメです!絶対ダメ!それ、なんか光ってるでしょ!?赤黒いし、、」
リリムは満面の笑顔でおかしなキノコを口元に持っていく。
「うんっ!わかった♪食べてみるねっ!!」
ノアは驚き、、
「このバカタレっ!私ダメって言ったぁぁぁっ!!」
ノアは紙とペンを池に放り出して立ち上がり、ずぶ濡れのまま、リリムに向かって森を駆け出した。
記録者というより、保護者である。
◇ ◇ ◇
日が暮れる頃、ノアはレオルと焚き火を囲んでいた。
二人だけで静かに過ごすこの時間は、彼女にとって特別だった。
「……レオル、私ね、最近よく夢を見るの」
「夢?」
「うん。知らない未来。まだ記録されてない時間。
でも、そこにあなたたちがいるの」
「俺たち?、どんな風に?」
「みんな、笑ってる。あなたは、子どもたちに創造魔法を教えてて、セラは隣で笑ってて。
ミルは図書館に住みついてて、バンザイは食堂の主。ディアボラは村の警備隊長で、エルフィナは王都と行き来してる。……ルーナは……」
「ルーナは?」
「夜な夜な“見回り”って言って抜け出してるけど、実は甘いお菓子を盗み食いしてる」
「それ……普通にルーナにありそうで怖いな……」
二人がくすくす笑うと、焚き火がぱちりと弾けた。
「ノア、君はどうするの?」
「私?……私は、“未来を書く人”になれたらいいな。
記録じゃなくて、物語として、“こんな世界があったんだよ”って、いつか誰かに読ませてあげられたら……」
「それ……きっと、ノアにしか書けない物語になるよ」
「うん…そうだといいな」
火の粉が宙に舞い、星のように光った。
「ねえ、レオル。私、あの時“あなたに出会わなかったら”、きっとまだ“終わり”しか記録できなかった」
「俺もだよ。君がいたから、俺は“創造する意味”を見つけられた。これからもよろしくな!」
言葉の代わりに、ノアはそっと笑った。
それは、“記録者”としてではなく、“仲間”としての、今ここにいる笑顔だった。
続