第46話 【影よりも深く】と【空白の原罪】
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その扉をくぐった瞬間、世界は闇に沈んだ。
視界は曖昧で、音も色もない。
ただひとつ、足元に続く“細い道”だけが、虚空に伸びていた。
「……ここは、ルーナの記憶層?」
レオルが周囲を見渡しながら呟いた。
「これは……“影の中の記憶”。
ルーナが歩んできた過去は、文字通り“誰にも見えない道”だったんだ」
ノアの声が低く響く。
彼らが影の道を進むと、次第に視界が明確になっていく。
そこに現れたのは、幼いルーナだった。
壁にもたれ、膝を抱えて、震えている。
場所は王都の地下、牢獄のような暗い部屋。
空気は冷たく、光は一切ない。
「……お前は道具。人を殺すために造られた、“使い捨ての影”」
記憶の中で、誰かが冷たく言い放つ。
ルーナはただ黙って頷くだけ。
心の感情を押し殺し、命じられるまま生きる“暗殺者”だった。
次の瞬間、視界が切り替わる。
今度は、初めて“殺し”に成功した夜。
血の匂いが充満し、少女の目には涙があった。
けれど、その涙は誰にも見せられず、誰にも気づかれなかった。
「私は……いなくても、誰も困らない。
誰も私を、覚えてないから、、」
記憶のルーナは、そう呟いていた。
「ルーナ……」
ミルが小さく手を握る。
「こんなに……ひとりだったなんて」
けれど、その記憶の流れが変わる。
現れたのは、かつてレオルを暗殺しに王都から来て、村でみんなに出会った夜のルーナ。
そして、レオルに向けて放った言葉、、
「私は、あなたを殺すためにここに来た、、
でも、それでも、、一緒にいたいと思ってしまった」
あの時の声は震えていたけれど、確かに“自分の意志”で出たものだった。
さらに時が進む。
今度は、仲間たちと共に畑を耕し、温泉を楽しみ、笑顔を浮かべるルーナ。
表情は不器用だが、そこにはかつての“無”ではなく、確かな“存在”があった。
「……私は、ここにいていいんだって、最近ようやく思えるようになったの」
その言葉とともに、ルーナの記憶の中に“影の花”が咲いた。
黒い花弁に、淡い紫の光が灯っている。
「これは……?」
セラが目を丸くする。
「“記憶の具象化”。おそらくルーナの心が育んだ、新しい力」
ノアが頷く。
花はやがて変化し、ルーナの足元から生まれた影が彼女の体を包む。
そして現れたのは、、
新たな戦装《夜影ノ装・カグヤ》
黒い外套に月の文様、背には影を滑空させる翼。
「……ありがとう、みんな。私はもう、ただの“影”じゃない」
現在のルーナが、記憶の中の自分に語りかける。
「私は、私を選んでくれた人たちのために、生きる」
その瞬間、影の世界に光が射し、記憶の空間が霧と共に晴れていった。
◇ ◇ ◇
「影って、寂しいものだと思ってた。でも、ルーナはその影に“色”をつけたんだな!」
レオルの言葉に、ルーナは少し照れくさそうにそっぽを向く。
「変態!……勝手に覗かないでよ。私の恥ずかしい記憶までさ…」
「ごめん!でも、君がここまで歩いてきた道を、ちゃんと見れてよかったよ!」
レオルの言葉にセラが笑うと、ミルも続く。
「そうだよね。ルーナも“私たちの一員”なんだよ」
ルーナはしばらく何も言わなかった。
けれど、、
「あのさぁ、、……これからも、よろしくね」
その一言に、仲間たちが自然と微笑んだ。
そして、記憶の世界に新たな扉が浮かび上がる。
◇ ◇ ◇
その扉の中は、、静寂。
足元には、果てのない“記録紙”が広がっていた。
どこまでも白く、どこまでも冷たい。
レオルたちはその上を歩いているが、音がまるで響かない。
「ここが、ノアの記憶階層……?」
ミルがそっと足を止める。
紙の世界は空をも覆っており、見渡す限りの“白”。そこには色も、感情も存在しなかった。
「ノア……最初から“こう”だったのか?」
レオルの声に、誰も答えない。
だが次の瞬間、紙の山がめくれあがり、ひとりの少女の姿が浮かび上がった。
それは、表情のないノア。
銀の瞳は虚ろで、長く伸びたピンクの髪は風も受けずに垂れている。
「……これは、“記録”以前の私」
ノアの声が響いたが、それは今の彼女ではない。
まるで過去に刻まれた“声”のようだった。
「私の役目は、世界の全てを観測し、記録すること。
“感情”を持ってはならない存在……だった」
次の瞬間、映像が紙に映し出される。
神々が語り、滅び、幾千もの争いが起こり、消えていく。
どの歴史にも、ノアの姿は映っていた。
彼女はただ見て、ただ書き、ただ記録していた。
「私は何度も人々を見捨てた。
“介入”は禁じられていたから」
「……つらかった、だろ」
レオルが静かに呟く。
ノアの姿はやがて“空白”の中へと消えた。
記録紙の中に、ひとつだけ“何も書かれていないページ”が現れる。
「……ここが、私の“原罪”だ」
ノアの現在の姿が現れ、そう言った。
「このページには、本当は“ある戦争”の記録が残るはずだったの。でも私は……“観測しなかった”。」
「なぜ?」
「怖かった。私の“記録”が、誰かの未来を殺すことになると、初めて思ってしまったから」
“記録者”が“記録しなかった”、、、
それは、ノアにとって最大の禁忌だった。
「だから私は、記録者として一度“処分”されたの。けれど記録媒体に残った意識だけが、細い意志として残り続けた」
「……それが、俺たちと出会った“ノア”なんだな」
レオルが目を伏せる。
「ノアと出会えて良かった」
そう言ったセラの声に、ノアはゆっくり微笑んだ。
「ありがとう……そう言ってくれる人が、いる世界に出会えてよかった」
すると、空白だった記録紙が、淡い光で満ちていく。
かつてノアが“恐れて書けなかった”記録に、、
新たな一文が浮かんだ。
「私は記録する。命の願いも、怖れも、優しさも、全てをこの世界に残す」
その瞬間、ノアの体に新たな魔法紋が浮かぶ。
《記録解放術式・クロニクル=セレス》
「これが……私自身の、選択としての記録魔法」
ピンクの瞳が強く輝く。
「もう私は、“神の装置”じゃない。“私”の意思で、世界を書き残していく」
仲間たちがそっと寄り添い、ノアを囲む。
「ノア……これからも、一緒に歩こう」
「もちろんそのつもりです、レオル」
そして、光に包まれた記憶の書庫が消えていく。
新たな扉が静かに開かれ、、
次の“記憶の旅”が、彼らを待っていた。
続