第45話 【満腹の約束】と【月影の矢】
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次に開いた扉は、赤い暖簾のような布に覆われていた。
鼻をくすぐる香ばしい匂い、包丁の音、そして……子どもたちの笑い声。
「んっ?ここは……食堂?」
ミルが驚いたように言った。
「いや、これは……」
ノアが少し目を細めて言葉を探す。
「たぶん、“思い出の厨房”。バンザイの記憶ね」
そこにいたのは、まだ幼さの残る小柄なパンダの少年だった。
分厚い鍋より小さな身体で、必死にまな板にしがみついて料理している。
「火、熱いけど……みんなのごはん、作らなきゃ……!僕がやらなきゃ…」
記憶の中のバンザイは、汗をかきながら野菜を刻んでいた。
見れば、厨房の奥には子どもたちが十数人。
皆、戦争孤児のようだった。
その中心にいたバンザイは、炊事と面倒をひとりで請け負っていた。
「これ、孤児院か……?」
レオルが呟くと、ミルが隣で小さく頷く。
「バンザイ……昔、戦争孤児だったって、少しだけ言ってた。あれが、その時代……」
◇ ◇ ◇
「よぉし、今日のごはんは“バンザイ特製満腹シチュー”だぞー!」
子どもたちの歓声と笑い声が響く。
記憶の中のバンザイは、笑顔を浮かべながらも、どこか疲れたようだった。
「明日、また食材が届かなかったらどうしよう……」
帳簿を見つめるバンザイの顔は、子どもらしからぬ真剣なものだった。
「でも、俺が頑張らないと、みんな……」
「あの時は夢中で思わなかったけど…
我はその責任、全部自分で背負ってたのか…」
現在のバンザイが、記憶の自分を見つめながら呟く。
「バンザイ……」
セラが切なそうに呟く。
「だから、あんなに“食”にこだわるんだね。
みんなを“満たしたい”っていう想いが……」
そのとき、記憶の中で扉が激しく叩かれた。
「バンザイ! 街が……魔族が攻めてきた!」
「な……!」
バンザイは急いで子どもたちを隠そうとする。
でも、そのとき、、、
仲間の子どもが、小さな声で言った。
「……バンザイ。お腹すいた」
瞬間、彼の目が潤んだ。
そして笑った。
「あはは……よーしわかった。俺がなんとかするって!ちょい待ってな!」
そして、バンザイはたったひとり、包丁二本と鍋を持って街に飛び出した。
彼の戦いは、刃ではなくそれは“料理”だった。
「お前らこれを食え! 満腹になったら戦争なんて馬鹿らしくなるぞ!いいから食えっ!!」
街の兵士たちに、自ら作った鍋を振る舞う。
だが、鍋はひっくり返され、無情にも足蹴にされていく。
それは無謀で、滑稽で、そして、、
誰よりも勇敢な男の戦いだった。
◇ ◇ ◇
「我は、、あの時誓ったんだ」
現在のバンザイが、記憶の中の自分に声をかける。
「“腹いっぱいにする”って。
誰であっても、敵であっても、飢えや悲しみで戦わせたくないって」
「……それが、今の俺の武器なんだ」
すると、記憶のバンザイがゆっくりと立ち上がり、目を合わせた。
「じゃあさ、教えてくれよ!!」
「、、今のバンザイに、誰かを満たせる料理……作れる?」
その問いに、現在のバンザイはにっこりと笑った。
「あははっ!任せとけってんだ!!
今の俺には、世界一頼れる食材がついてるからな!!」
バンザイの手に、分厚い中華鍋が現れた。
それは記憶の象徴ではない。
今ここにある“本当の力”だ。
◇ ◇ ◇
白い霧の空間に戻ると、バンザイの身体に炎のような力が宿っていた。
ただの料理スキルではない。
それは[祝福をもたらす料理術]
《満腹の祝宴グラトニー・バンケット》
戦いの最中でも、食べる者に“心の飽和”をもたらす、世界にひとつの調理魔法だった。
「よっしゃああ! 腹が減った奴から並べぇ!」
「いやっ、まだ誰も戦ってないよ!?」
ミルが即ツッコミを入れる。
「でも、ありがとうバンザイ。
あなたの料理に、私……救われたこと、何度もあるよ☆」
セラが微笑むと、他の仲間たちも次々に頷いた。
「むふふ……そう言われると、我、照れるぜ」
そして、次なる扉が、そっと開き始める、、
◇ ◇ ◇
開いた扉の奥は、静かな水面に囲まれた庭園だった。
夜のように暗く、月も星もない。
けれど、どこか凛とした空気が漂っていた。
「ここって……」
ミルが囁くように言う。
「王国の“月影庭園”……エルフィナの育った場所よね」
セラが記憶を辿るように呟く。
レオルたちは気づく。
ここは、王女エルフィナが孤独と戦っていた頃の記憶だった。
◇ ◇ ◇
その中央に、小さなエルフィナが佇んでいた。
ドレスの裾を風に揺らしながら、ただ一点、、
空ではなく、“地上”を見つめていた。
「……また、父上は“神託”の話」
「私は“未来の王”にはなれないのに。
弓を引けるわけでも、戦えもしないのに、、」
彼女の声は、涙を堪えるように震えていた。
「どうして、“生まれ”だけで決められるの……?」
「私の価値って、“誰かの娘”っていうだけなの?」
その時、背後から声が響いた。
「違います、エルフィナ様」
声の主は、、ひとりの侍女だった。
彼女は王宮に仕えていた、名もなき者。
だが、ただのひとりだけ、エルフィナの本心に寄り添っていた人物だった。
「あなたは……“誰かの娘”じゃない、、
自分の意志で弓を引いた日から、あなたはあなたになれるんですよ」
侍女は小さな弓を取り出して、エルフィナに渡す。
「いつか“誰かの背中”を守れるようになりたいって言ったじゃないですか?
…だったら、引きましょう。自分のために」
その言葉に、記憶のエルフィナが小さく頷く。
エルフィナの初めて放った矢は、月のない空に向かってまっすぐ飛んでいった。
その瞬間、何もなかった空に、白銀の月が浮かんだ。
「……これが、エルフィナの“原点”か」
レオルが呟く。
「うん。誰にも見てもらえなかった弓、、
でも、それを引いたのは、自分の意志だったんだ」
ノアが優しく答える。
◇ ◇ ◇
視界が切り替わる。
今度は、王国を逃れてからのエルフィナ。
村でレオルたちに出逢い、傷だらけになりながら、弓の訓練を重ね、、“仲間を守るための矢”を放つようになった彼女の姿。
「レオルが、仲間が、私に言ってくれた。
“お前の矢は、誰かを傷つけるためじゃない”って」
現在のエルフィナが、記憶の少女に語りかける。
「私の矢は、“選んだ居場所”を守るための矢なんだ。もう、誰かのためだけじゃない。
自分の選んだ家族のために、、私は戦える!」
その言葉に応えるように、月光が差し込み、
彼女の手に、銀の装飾を帯びた新たな弓が現れる。
《月影の弓・ルナティア》
それは、孤独の夜を越えてきた少女が手にした、“未来を照らす弓”。
◇ ◇ ◇
記憶階層の霧が晴れると、エルフィナの背中に、銀の矢筒と新しい弓が浮かんでいた。
「……エルフィナ、かっこいいね……!!」
ミルがぽつりと呟く。
「弓の音が……なんか、心に沁みるね」
セラも笑う。
レオルが静かに言った。
「これから先、どんな闇が来ても、君の矢は俺たちの灯りになる。頼りにしてるよ、エルフィナ」
その言葉に、彼女はほんの少し照れながらも、、
まっすぐ頷いた。
「ありがとう、レオル。私の矢は、もう迷わない」
仲間の絆が、ひとつまた深く結ばれた瞬間だった。
そして次なる扉が、音もなく静かに、開かれようとしていた、、、。
続