第6話:機械神の遺産
意識が戻ると、視界が驚くほど鮮明になっていた。だが、それだけではない。周囲の空間が数値として脳内に流れ込み、まるで世界そのものを解析しているような感覚があった。
「……これが機械神の遺産か」
「適応率100%。システム完全統合」
脳内に響く機械的な声。次の瞬間、膨大なデータが解放された。
「なるほど……これはただの強化装置じゃないな」
このチップは、遺跡全体を支配するための「鍵」だった。つまり、俺は今、この遺跡の管理者と同等の権限を手にしたことになる。
「なら、試させてもらうぜ」
右腕をかざし、意識を集中する。すると、壁に埋め込まれた無数の機械が作動し、新たな通路が開かれた。
「やっぱりな」
遺跡は俺を受け入れた。そして、この先にあるものを示そうとしている。
俺はブースターを軽く吹かし、新たな道へと進む。すると、眼前にそびえ立つ巨大な扉が現れた。
「ここが最深部か……」
扉には、機械神の象徴である歯車と回路が絡み合うような紋章が刻まれている。ゆっくりと手を伸ばすと、俺の腕が自動で反応し、扉に触れた。
――ゴォォォォン
低い振動音とともに、扉が開いていく。
最深部に足を踏み入れた俺が目にしたもの――それは、ただの「機械」だった。
黄金に輝く財宝などではない。石柱の間にそびえ立つ円筒形の巨大装置。その表面には無数の光る文字が浮かび上がり、低い振動音を発している。
「……これは、データバンクか?」
装置の前に立ち、思わず息をのんだ。これは俺がいた地球でいうところの「サーバー」に似た何か……そんな直感があった。
装置の表面に手をかざすと、突然、機械音声が響く。
『ようこそ、〈中央信用管理システム〉へ』
「信用管理システム……?」
次の瞬間、目の前にホログラムが浮かび上がる。そこには無数の名前と数値が並んでいた。俺はそれを見て、すべてを理解した。
「この遺跡……いや、この装置は、古代文明の金融システムだったのか」
貨幣は存在せず、人々の「信用」がデータ化され、それを基に取引が行われる社会――それが、機械神の時代の経済のあり方だったのだ。
だが、文明の崩壊とともにこのシステムは放棄され、人々は新たな貨幣制度を生み出した。そして、それが現代の経済の基盤となったのだ。
「もし、俺がこのシステムを復旧させたら……」
その可能性に気づいた瞬間、脳裏に一つの考えがよぎる。
この遺跡の機能を回復させれば、この世界の経済そのものを掌握できるのではないか……?
俺は慎重にシステムを操作し、試しに自分の信用値を確認してみた。
【神崎玲司 信用値:0】
当然だ。この世界において、俺はデータに存在しないはずだった。しかし、ならば――
俺は、自分の信用値を書き換えた。
【神崎玲司 信用値:999999999】
――その瞬間。
世界のすべてが変わった。
突如として、この世界に生きるすべての人間が、俺の名を知覚した。
「……これは、まさか」
俺は、世界で最も「信用のある者」となったのだ。
数年後。
たった一言で、どんな宝石も、どんな軍隊も、俺のものとなった。しかし、俺は何も得た気がしなかった。
ある日、街を歩いた。そこには、途方に暮れる人々の姿があった。
「何も買えない……」
「一度、信用が落ちると元に戻らない!」
国中が混乱していた。なぜなら、「信用」は変動するのだ、親が貧しく一度盗みをしただけで信用は落ちる、どんなに悪いことをしていても、見つからなければ信用は落ちない、このシステムは破綻していたのだ。
悟った。
「信用なんて、結局、人が信じているだけの幻想だったんだ」
俺は、システムの最終設定に手を伸ばした。
『信用データを完全削除しますか?』
迷わず「YES」を押す。
――次の瞬間。
世界中の信用が、消えた。
しかし、それと同時に、人々は「信用」に縛られなくなった。誰もが自由に物を交換し、助け合い、再びゼロから経済を築いていった。
俺は、静かに遺跡を後にした。
数年後。
新しい経済が生まれ、人々は再び貨幣を作り出していた。
それを見て、俺は苦笑する。
「結局、形を変えて同じことを繰り返すのか」
信用が消えても、また新たな「信用」が生まれる。人間とは、そういう生き物なのだ。
ふと、元いた世界を思い出す。銀行、電子マネー、株式市場――すべては幻想の上に成り立っていた。
だが、幻想であっても、それを信じることで世界は動く。
「ならば、俺は次こそ“本当の価値”を見つけよう」
俺は再び旅立つ。
今度こそ、幻想ではないものを探すために。
~完~