無能
超がつくほどの短編です。どうか『ぼく』を見つけてください。
わたしはいつも『付属品』から抜け出せない。誰かのおまけ。『誰か』の友達。『誰か』の恋人。ステータス高めの人と知り合うことはできても、自分のステータスを持つことはできない。だからまたこの文も『誰か』が読んでいるものとなりさがる。『わたし』のものにはなり得ない。
どうして?と考えることは忘れた。わたしは『そういう』人間なのだ。わたしはわたしではなく『誰か』の情景。景色の一部。世界の部品。螺子ひとつに興味を示す人間がいるとでも?いたとしたら変わり者か気まぐれ。わたしは『わたし』として生きていくことができない。
痛むはずの心臓は傷付き過ぎて痛みを感じない。
この肉体が誰かのものになることはあっても、わたしのものになることはない。わたしはこの世界に存在しない幻覚なのだから。虚構。嘘。わたしという名の夢。だけどわたしは美しくない。醜くもない。夢としての役割すら果たせない。シンデレラにもなれない。
家もなく彷徨っているような感覚が抜けない。生きている心地がしない。『ここ』に宿っている感じがまったく感じられない。腕に包丁でも刺せば自分を認識できると思ったけれど、血が止まらないだけで何にもならなかった。それが証明というのなら、わたしはどこにいるのだろう。
日記をつけてみた。捲ればわたしが生きていたことを確認できる。ペンを取る。紙に置く。見当たらない。わたしの、わたしの肉体に刷り込まれた情報が見当たらない。どこ?探しても見つからない。朝に起きて昼に活動して夜に座っているはずのわたしは、どこ?
ならばわたしが残せるものとは何だろう。どうやったらわたしはわたしに『なれる』だろう。この巡る言葉は、回路は、動線は。実体を持ってわたしの前に舞い降りてくれる日は来ないのだろうか。肉体に触れる。しっとり湿った皮膚が肉を濡らす。濡らす、だけ。
わたしは存在しない。知った時に理解した。この肉体は必要ない。窓に足をかける。枠を両手で持つ。両足に力を込めて、グッと空を蹴る。月はなかった。星も見えなかった。走馬灯一つ光らなかった。ぎゅんと歪む視界。痛みを感じる暇なく私の肉体は破裂した。
そして、今がある。チューブに繋がれている。肺は、心臓は、息をしている。酸素を取り込んでいる。死ぬことすらできない。死にたいとも思えない。空っぽ。空洞。わたしという空瓶。