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07-リナリアの回想③

 え? 夢じゃない?


 目を開けた瞬間、見知らぬ天井が視界に映った。

 どこか高級そうな天井の模様。見慣れないシャンデリアが淡く灯っている。


 身体を動かすと、腰のあたりに何かが巻きついていた。視線を下ろせば、男の太い腕。

 その瞬間、全身に冷水を浴びせられたような衝撃が走った。

 まさか、そんなはず……



 そっと布団をめくる。素肌が露わになった自分の体が、そこにあった。

 一糸まとわぬ姿。

 しかも、下腹部が鈍く痛む。そして身体は重く、節々に疲労感が残っている。

 これは、二日酔いだけじゃない。

 昨夜の出来事が、徐々に断片的に蘇ってきた。



 斗真との食事。高級和食レストラン。美味しい料理と、進む日本酒。楽しくて、つい飲みすぎた。

 あの時の会話も、朧げながら思い出す。

「莉奈、そのお酒美味しそうだね。俺も一緒に飲みたいから、俺の部屋で飲み直さないか?」

「えー? そんな誘い方って……でも、飲み直すのは賛成です。このお酒、美味しいから」

 その時、私は笑いながら応じた。


 嘘……まさか、本当に行ったの?


 それから……えーと……たわいもない話をしていたような……気がする。それで……



 次に思い出されたのは、斗真の柔らかな声だった。

「倉橋さんは、今付き合ってる人とかいないの?」

「いませんよ。私は仕事に生きる女です。モテないんですよ、私」

「そんなことないよ、莉奈は可愛い。……俺と付き合わない?」

 そう、確かそんなことを言われたんだった。ああ、そうか私口説かれたんだ。

 その時は、ただの冗談だと思って笑った気がする。でも、その後の記憶ははっきりしている。ふとした瞬間に唇が触れて、体温が重なって……。


 うわぁ! まずい! まずいわよ! こんなこと。私の初めてがぁぁぁぁ……。


 心の中で身悶える私。


 顔が熱くなる。恥ずかしさと後悔とが入り混じった感情で、心がかき乱される。


 私、どうかしてた。何やってるの……?



 アルコールが入ると思考能力が低下することを身をもって実感した。

 いやいやいや、だめでしょ。そんな男の上等文句に引っかかったなんて。


 いやぁぁ! もう、私のばかぁ! 


 なんで? なんで私ってばこんな簡単な手に引っかかってるの?


 自分自身を叱責するが、過ぎてしまったことは覆らない。


 まんまと敵の罠に嵌ったのだ。……敵ではないけど。


 兎に角、ここは冷静になって考えてみる。


 私、きっと遊ばれたんだ。こんなモテモテイケメンドクターが私を相手にするわけがない。

 自分に靡かない女は珍しいもんだから、ゲームの様に私を落としたんだ。

 私は自分の疎かさ加減に辟易した。どう考えてもこれは自分の落ち度だ。


 無理矢理連れ込まれたわけではないのだから、成人女性としては自己責任としか言えない。


 私はその太い腕の中で溜息を吐いた。


 まさか、こんな展開になるなんて……



 自分自身を責めたくなる。

 斗真の甘い言葉に酔わされて、簡単に心を許してしまった。こんな軽率な自分が情けなくてたまらない。


 でも、現実は変えられない。

 その時、背後から声がした。


「やあ、目が覚めたんだね莉奈」

 斗真だった。微笑みながら、私の顔を覗き込む。

「今日から君は俺の恋人ってことで、よろしく」

「えっ?」

 昨夜のことを思い出した為か、斗真に見つめられボンッと音が出そうな程顔が赤くなったことを実感した。


「当たり前だろ? 莉奈のすべては、もう俺のものなんだから」

 そう言って、ぎゅっと私を抱き寄せる。



「えっ? 遊びじゃないの? そんなにイケメンでモテモテなのにもしかして本気で私のこと好きなの?」

 私の脳内はパニック状態だった。だから、つい本音を言ってしまった。


「当たり前だ。俺、本気で莉奈のことが好きなんだ。初めて会った時から惹かれていた」



 斗真はそう言って私を抱く腕に更に力を入れた。

 耳元で、低く甘い声が囁く。


 ……ベッドの中で言う「好き」って、信じちゃいけないっていうけど……


 この時、私は斗真の言葉を半信半疑で受け取った。


 だから、まともに信じてはいけないと自分自身に言い聞かせていた。それなのに私は斗真の甘い態度に次第に絆されていった。


 あの顔で惚けたように何度も愛を囁かれて無視できる人がいるのなら誰か教えて欲しい。今まで会っていたというのに何時も別れ際には離れがたくなった。



 病院で彼を見かける度に胸がきゅんとなった。仕事で仕方が無いとは言え、彼が他の看護師と話しているのを見かけただけで胸がもやもやした。


 自分が自分じゃないと思えるほど彼に溺れていくのが分かった。


 そして怖くなった。


 彼を失うことが……。


 私の不安は現実となり、その後彼の裏切りを知る事になるのだった。



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